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ダモクレスの剣

 ここは東区画にある高官専用の酒場。


 東区画は歓楽街として最も利益を上げていたのだが、魔物大侵攻によって外部からの客が激減。


 食べ物屋から風俗に至るまであらゆる種類の店の経営が立ち行かなくなってあわやシャッター街という最悪の事態になりかけたが、俺は国を動かしてこの区画の店舗を登録制とし、失職して街にあぶれた彼ら彼女を軍隊へ随行させた結果、治安は他の区画と変わらないほど上がった。


 土台は出来上がったので後は元通り利益を上げることだけだが、復興へと動き出したので少しずつ外部の客が訪れて来ている。


 この分だと近日中に軍隊へ付随させた彼ら彼女を元に戻せるだろう。


 それも以前と比べて治安が劇的に上がっているというオマケ付きで。


 そして、その東区画の中でも治安が高い王宮よりの施設群がある。


 ここら一帯は一定の身分を満たした者しか入れないメンバー制の酒場だけあり、この地域の店を訪れる者もその相手をしている女もどこか高級感が溢れていた。


 酒場ということもあってそこらから笑い声と甘え声が聞こえてくるのだが、俺達のいる一角は葬式の様な雰囲気である。他と違って女などこのテーブルには存在せず、男4人が座っているので場の雰囲気からえらく浮いている。


 丸型のテーブルを中心と置き、その周りにソファが設置されているのがスタンダードなこの酒場の席。


 立場的に最も高い王の俺が12時の位置に座って3時に金獅子騎士団団長のクロス、9時に近衛隊隊長のルール将軍そして6時に秘書長のワークハードが座っていた。


「母君がそろそろ身を固めろと仰るんだ」


 バーボンを開けながらそう切り出したのはルール=ウェスタン=イザラニア。


 30代中盤と思えぬ厳つい顔立ちとクロス以上の大柄な体躯を持ち、両目からギラギラと猛禽の如く鋭い威圧感を発しているので無意識に相手を委縮させてしまうのだが本心は国を愛し、両親を何よりも大事にする忠義者である。


 そのせいか彼には多くの兵が慕っており、ベアトリクスさえも「もし彼が向こう側にいたのならヴィヴィアンは負けていたわね」と評するほど名将軍だった。


「そんな深刻にとらえる必要はないと思うが」


 ソファにもたれながらワインを含んだ俺は半ば呆れ調子の声を出す。


「ルール将軍の母は貴族など身分のある者と婚姻しろと言っているわけではないのだろう?」


「うむ、拙者を心から愛し、支えてくれる女性を選ぶという条件のみである」


 ルール将軍の答えを聞いた俺は頷きながら言葉を紡ぐ。


「そうか、ならミレーユという侍女がいただろう。彼女はルール将軍を慕っていただけでなく、リーザリオ帝国時代から共にいたからあまり問題はないな」


 ミレーユだけでなく、侍女の間ではルール将軍の人気は高い。


 元敵国の将軍に加えてその厳めしい顔立ちから貴族の中では評判が悪い代わりに、良く接する機会の多い侍女や兵からすればルール将軍の人となりを知って傾倒する者が多かった。


「ルール将軍もミレーユを嫌っていないのだろう?」


 俺の問いかけにルール将軍はうむと頷いたので続けて。


「彼女は良く気が付く性格だ。兵の調練に没頭するあまり食事や睡眠が疎かになりがちなルール将軍にピッタリだと思うが」


「しかし、拙者は将軍でミレーユは平民だ。そんな身分違いの婚約などユウキ陛下はお許しになるのか?」


「許すぞ?」


 間髪入れずに答えたのでルール将軍を含めた全員から呆気に取られる。


「と、いうか喜んで推奨するぞ。そろそろ婚姻に関しても古いしきたりを壊したかったところだ」


 ユーカリア大陸は身分というものがガッチリと決まっており、身分が違うと結婚は認められない。


 俺からすれば貴族だろうが聖職者だろうが奴隷だろうが同じ人なので外付けの身分によって縛られるのは間違いだと考える。


「やるんだったら盛大にやろう。ルール将軍とミレーユという前例を作っておけば後はなし崩し的に婚姻を望む者が増えるだろう」


 一平民と将軍との熱愛。


 これはルール将軍だけでなく、国にとっても利益がある。


 国が復興してきたとはいえ良い報せが無かったから、国民達の不満も多少抜けるかもしれないと目論んでいる。


 まあ、この決定に懸念事項なのは平民よりも官吏達だろうな。


 あの手この手を使って貴族の籍を手に入れようと仕事そっちのけで考える官吏達が出現しそうだから、その辺りの対策もきっちりと施しておく必要がある。


「障害など何もない。だからルール将軍は何も心配することなくその想いをミレーユに伝えれば良い」


 俺は自信満々にそう言い切ったのでルール将軍の瞳はそれもありかなと揺れ動き始める。


 もう一押しだと感じた俺は背中を押すつもりで言葉を重ねようとしたのだが。 


「ふむ、ユウキ陛下は身分の大切さを知らぬのかな」


 と、ここで無言を保っていたワークハードが口を挟む。


 背筋をピンと伸ばし、真っ白の髪を定規で斬ったかの様にキッチリとしている彼は老人と思えないほど若々しく、若者には負けぬとばかりに精力的に仕事へと取り組んでいる。


 屑しかいなかったシマール国において唯一の良心的存在がこのワークハードである。


 彼はベアトリクスの下で動いており、彼女が必要としている情報の識別を行っていた。


「私がこの国へご奉仕させて頂いてから僅かしか経っておらぬが、それでもユウキ陛下の方針は刮目する事柄ばかり。その非常識とも取れる斬新さがあったからこそ短期間で最大国へと成長させたのであろうな」


「前置きは良い。要件だけ言ってくれ」


 俺は鼻をフンと鳴らしながら単刀直入に尋ねる。


 わざとなのかそれとも元々なのか判断が付かないが、ワークハードは長々とよくしゃべる。


 まあ、ベアトリクスを含めたシマール国王族たちの教育係の大任を仰せつかっていたのだから性分なのかもしれないな。


 ちなみに余談だがベアトリクスはワークハードに頭が上がらない。


 何でも性格が最悪であるベアトリクスは頻繁にワークハードからお説教をされていたらしく、最長で2時間以上ずっとくらっていたと聞いている。


 この場合、そんなに長時間説教を受けても性格が治らなかったベアトリクスを呆れるべきか忍耐強く説教を続けたワークハードを褒めるべきか迷うところである。


「ユウキ陛下は革新的な事柄を次々に実行してきた。その恩恵は大きかったものの、歪みもまた大きい。ゆえにここで少し立ち止まってみてはいかがかな?」


「つまり一旦体勢を整えるべきだと?」


「左様、これまで実行してきた政策がどのような結果をもたらすのか確認する時期が来ていると進言する」


「ふーん」


 ワインを傾けながら俺はワークハードの言葉を吟味する。


 確かに俺が取ってきた方針はユーカリア大陸に住む者からすれば想像することすらできない事柄ばかりだっただろう。それゆえにワークハードは大きなミスが出るのではと危惧している。


 しかし、俺からすればこういった政策は遥か昔から検証されており、それどころか時代ごとに最大の成果を発揮する政策というものも弁えている。


 ゆえに俺はこの乱世を支配し、100年先の未来まで国が残る方針に自信を持っていた。


「少なくとも確認する時は今でない」


 これが俺の答え。


 検証したところで修正する時間は無い。


 相手より先じなければ全てが水泡に帰す可能性がある。


「ふむ。しかし、これ以上の改革は他国から反発を買う可能性がございますが」


 ワークハードの問いに俺は笑いながら。


「別に良いじゃないか。反抗したところでどうにかなるものではないし」


 ジグサリアス王国はすでに復興へと入っているが、他国ではまだ続いている。いや、それどころか存亡の危機に晒されている国も多いので、どの国だろうが少なくとも3年は他国と戦争する余裕が無いだろう。


「今、ジグサリアス王国に対抗できるのはラブレサック教国だけだ。ラブレサック教の教典によると俺は戒律をまだ犯していないので攻めてくる可能性は低い」


 まあ、万が一のこともあるが、その時は教典を持ち出して向こうを弾劾すれば相手の士気が挫けて優位に運べる。


 むしろそっちの方が効率が良いので、ラブレサック教を国教としているどこかの国が教国を動かしてくれないかなと密かに願っていた。


「……そこまで意志が固いのならこれ以上申す事はありませぬ」


 俺を説得させることが不可能だと感じ取ったのかワークハードはシェリー酒を傾ける。


「ですが覚えておいて下され。上を見すぎて足元が疎かになると必ず手痛いしっぺ返しを食らいますぞ」


「確かにその通りだな」


 俺はワークハードの言葉を肯定する。


「しかし、俺に限ってはそんなことはない。何故なら俺には仲間がいるからな」


 俺は空になった杯を持っているクロスに麦酒を注ぐ。


「クロスやアイラ、キッカやユキを始めとした皆がいる限り俺は決して誤ることはない」


 自信満々にそう言い放った俺にクロスは苦笑しながら。


「そこまで言い切られると僕としては背中がかゆくなるよ」


 並々と注がれた杯を一気に呷った。


「でも、まあユウキが破滅の道を歩みそうになったら僕達は本気で止めるけどね」


「止まらなければ?」


 俺の冗談めいた口調にクロスはサラッと一言。


「殺そうかな?」


 左腰に携えた獅子の剣の鞘を撫でながらそんなこと言い切るクロスの目は全く笑っていなかった。


 クロスは本気だろう。


 もし俺の存在が害悪だと判断した瞬間クロスは俺を殺す。


「クロスは俺に命を捧げていたのでは無かったのかな?」


 冗談のつもりで俺は昔のことをほじくると。


「命を捧げているからこそ刺し違えてでも止めるんだよ」


 クロスは間髪入れずにそう返してきた。


「怖い怖い」


 俺は苦笑しながら空になったグラスをクロスの方へ差し出す。


「恐ろしいのはそれがハッタリでなく現実に可能だという点だな」


 クロスを含め、キッカ達4人が本気で牙を剥いた時点で俺の死は決定する。


 頼みの綱のエルファさえも今のアイラには勝てないだろうな。


 鍛えればいくらでも強くなれる。


 才能よりも努力と時間が物を言うところが現実世界と違うな。


「まあ、そんなことは絶対にないと思うけどね」


 俺のグラスにワインを注ぎながらクロスはそんなことを言った。


「……その様子なら心配することはないでしょうな」


 重々しい口調でワークハードはそう切り出した後に頭を深く垂れて。


「申し訳ありません陛下よ、出過ぎた真似でした」


「いや、良い言葉だった。俺も少し焦っていた節があったのかもしれない。ワークハード、明日にでも俺の部屋に来てくれるか? 少しばかり助言が欲しい」


「かしこまりました」


 俺の言葉にワークハードは了解の意を示した。


 俺はグラスを傾けながら目の前のワークハードそしてヒュエテルのことを思い浮かべる。


 思えばあの2人って耳に痛い言葉をよく俺に投げかけるよな。


 年長者としての自覚があるのか時たまうっとおしく感じることが多々ある。


 まあ、忠告してくれるだけありがたいか。


 どうでも良いのならわざわざ上司を不快にさせる必要はない。


 そんなリスクを負いながらも諌言してくれるのは、きっと俺なら聞き入れてくれると信頼しているからだろう。


 とりあえずその期待には応えてあげましょうかね。


 俺はそう結論付けてソファに深く背を預けた。

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