密かな企み
ジグサリアス王国の謁見室には俺が玉座に座っており、その横に3人の元王女が控えている。
俺を含めた4人が注視しているのは眼前に礼を取っている使者だった。
その使者はラブレサック教から使わした者であり、表向きはジグサリアス王国の繁栄を讃えにきている。
まあ、それだけだったら俺もここまで不機嫌になったりしない。
しかし、その使者の用件はそれだけでない。
「カザクラ王、そろそろ洗礼の儀式を受けて頂きたいのですが」
それはラブレサック教の信徒で無い俺に早く入るよう催促することが本題だった。
俺としては1つの勢力が大きな力を持つことを避けたいのであまり乗り気でない。
「そなたの伝えたいことは良く分かっておる。しかし、王たる私が1つの宗教に入ることは平等という観点からみると好ましくないのだが」
なので遠回しに断るのだが。
「ラブレサック教以外の教えを擁護または信ずる者は必ず地獄に落ちます。まさかカザクラ様は地獄に堕ちることを是とするのですか?」
こう返してくる。
天国や地獄、そして神は存在していたとしても1つの宗教に入っているか否かで決まるわけではないだろう。
「その論理ならばシマール国やリーザリア帝国、そしてバルザック皇国の支配者層は全員天国へ召されていると取って良いのか?」
ここ1年の動乱は全てそのラブレサック教の信者が起こしたものだ。
俺から言わせると何の罪もない人を戦地へと追いやった彼らは地獄に堕ちてしかるべきだと考える。
痛い所を突かれたのだろう。
使者は僅かに詰まった後にコホンと咳払いして話題を変える。
「カザクラ様、これ以上洗礼を先延ばしにすると教会から異教徒としての烙印を押される羽目になりかねませんよ?」
今度は脅しか。
確かにユーカリア大陸に存在している国のほとんどがラブレサック教を国教として優遇し、各国の王族や支配者も信じている。
それに加えてこのジグサリアス王国はそれを国教としている3国を吸収して出来た国なので国民の中にも敬虔な信徒が多い。
ゆえにラブレサック教国から異端者として決めつけられれば、俺などあっという間に王座から落とされてしまうだろう。
「……話は分かった」
しばらくの沈黙後、俺は口を開く。
「洗礼の儀式を受けよう。ただ、準備もあるので1ヶ月後に行いたいのだが構わないかな?」
使者は俺が観念したと受け取ったのだろう。
特に異論をはさまず「賢明な選択です」と言い残してこの場を去っていった。
「うっとおしい」
使者の去った謁見室で俺は玉座に体を預けてそう息を吐く。
「俺は例え形だけだろうが神など信じる気にならん」
俺の知っている神というのは登場せず、ただ勝手に異世界に飛ばすだけの存在だ。
恨むことはあれど感謝することなどありえない。
俺がイラついていることを悟ったのかシクラリスはスススと俺に近づいて諌める。
「しかし、ご主人様。ラブレサック教の洗礼を受けなければ、他の国々そして自国の民すら敵に回しかねませんよ」
「まあ、その通りだよな」
俺は首肯するが。
「しかし、これ以上ラブレサック教をのさばらせておくのは我慢ならん。あいつらは国の方針すら口出してくる」
教会の建築費や人件費を国から支援したり、税の優遇措置でさえ噴飯ものなのだが、義務教育として神学を取り入れさせることや他の宗教の学問を教えることを禁じる要求はさすがの俺も許せない。
本来学問というのは自由であるべきであり、よほど危険なものでない限りは選ぶ自由を国民に与えなければならないのだ。
「ベアトリクス、何か良い意見はあるか?」
俺がそう尋ねるとベアトリクスはウーンと首を捻って。
「そうねえ、我が君の怒りも最もだけどここは大人しく従う他ないわね」
ベアトリクスは続けて。
「ジグサリアス王国は確かにユーカリア大陸において最大最強の国家だけど、それでも全体の3割ほどしかない一方、ラブレサック教を国教としている国は全体の5割。それに加えて国民や兵士も動揺しているのならばラブレサック教国を筆頭とする連合軍に万に1つも勝ち目など無いわよ」
「シクラリスとベアトリクスは賛成か……ヴィヴィアンはどうだ?」
俺が水を向けるとヴィヴィアンは少し視線を彷徨わせてから答える。
「まず断っておくが、私もベアトリクスもそしてシクラリスも心の底から賛成しているわけではないぞ」
その前置きに頷く2人。
「夫は悪いところばかり考えているが、夫は浮浪児からの成り上がりという事実を忘れてはいまいか? 他国の王族から見れば夫は自国民に余計な希望を植え付ける存在だ。ゆえにラブレサック教に保護してもらわねば反ジグサリアス同盟を結ばれかねんぞ」
詰まるところ俺以外の3人は洗礼を受けることをやむなしと捉えているようだな。
まあ、彼女達の言い分も最もだろう。
国の平穏を願うのであればここは頭を下げておくという考えは決して悪いことでなく、むしろ当然だと言える。
が、俺は知っている。
俺が洗礼を受けなければならない前提条件が後1ヶ月もしない内に崩れ去ることを。
魔物大侵攻。
ユーカリア大陸の各地域で大量発生する魔物によって現在存在している大部分の国が滅び去る。
こうなると大同盟も異端者も何も無い。
ただ生き残るに必死になり、そんな宗派の違いだとか些細なことに拘っている暇などなくなるだろう。
その混乱をつく。
ラブレサック教を唯一教でなく、数ある宗教の中での1つにまで弱体化させる。
ラブレサック教には悪いが、ユーカリア大陸で謳歌していた栄耀栄華は後1ヶ月で終わらせてもらうぞ。
「……我が君?」
ベアトリクスの声で我に帰った俺は喉の奥を鳴らしながら手を振って。
「いや、何。考え事をしていただけだ」
するとベアトリクスが真正面に相対して前かがみとなり、俺の瞳を覗きこみながら問う。
「どのような悪だくみを考えていたのか教えて欲しいのだけど」
銀色の髪と瞳から人形の様な幻想的美しさを醸し出す元シマール国第1王女ベアトリクスにここまで接近されると僅かに鼓動が高鳴る。
「我が君は時折私達だと想像もつかないことを考えて実行するの。それって大抵直前まで何も言わないから心臓に悪くてね。だから教えて欲しいわ」
優しく甘い響きでベアトリクスがそう催促してくるが俺は微笑みながら首を振る。
この予想はプレイヤー時代の知識によるものであり、現実では起こるかさえ不明。
そんな不確定な事柄など話すわけにはいかないと考えている。
考えているのだが。
「ほほう、それは妻として聞いておかねばならんな」
今度はヴィヴィアンが俺の右横から抱き締め、耳元に口を寄せて囁く。
「夫は秘密主義ゆえに肝心要なことは妻である私にすら話さん。夫よ、私はそなたの妻なのだぞ。肉親という深い関係で繋がれた仲なのだからその胸の内を明かしてほしいのだが」
ヴィヴィアンは己の武器を知っているのだろうか。
いや、知っているからヴィヴィアンはこんな真似をしてくるのだな。
元リーザリア帝国第3皇女のヴィヴィアンはこの3人の中で最もスタイルが良く、その立ち姿は美の女神も裸足で逃げ出すほど神懸かっているので、密着体勢だと所々当たって色々と不味い。
さらにカリスマ性も持っているので、そう紡がれると何もかも喋ってしまいそうな誘惑に囚われてしまいそうだった。
「悪いな、こればかりは妻のヴィヴィアンでさえ教えられない」
凡人ならすでに終わっていただろうが、生憎と俺はこれまで凄まじい体験を積んできた。
これぐらいの煩悩などまだ許容できる。
「さて、俺はこれからアイラに用があるから2人とも離れてくれると嬉しいのだが」
本当はアイラに用など無いのだがそう言っておかないといつまでもこの体勢で居続ける気がしたので嘘を言う。
2人ともアイラを待たせるとどうなるのか理解しているのか俺を抑えつけている力が多少弱まった。
なので俺は2人をそっと押しのけよう立ち上がり、出口へと向かっていたのだが。
「ご主人様、嘘はいけませんよ」
シクラリスはニコニコと普段と変わらない笑みを浮かべながら看破する。
「ご主人様は嘘を付く時って少し詰まるんですよ。今回も0.1秒ほど溜めがありました」
「……そうだったのか」
俺自身気付かなかった事実を指摘されてそう漏らすとシクラリスは笑いながら。
「ほら、やはり嘘でした」
「……やられた」
シクラリスは俺にカマをかけ、それに俺は見事に引っ掛かってしまった。
「こんな単純な引っかけに掛かるなんて俺もまだまだだな」
俺がそう自嘲するとシクラリスは違うとばかりに首を振って。
「ご主人様が嘘を付く時に詰まるのは本当ですよ。何せ私はずっと見ていますからご主人様が今何を考えているか大体分かります」
「何だそれは? 少し怖いな」
俺はその事実に少し引いてしまうのだが、シクラリスは続けて。
「常にご主人様の動向を観察することはエルファ様から教えれらました」
「エルファかよ」
あの主を主とみなさない極悪メイドが俺の脳裏に過った。
「ふうん、我が君は嘘を付いていたのね」
ここで思い出したとばかりにガシッとベアトリクスが俺の右肩を押さえる。
「妻に隠し事はいかんな」
ヴィヴィアンもそれにならって俺の左肩を掴んだ。
「分かったよ、降参だ」
どう足掻いても無駄だと悟った俺は両手を上げて降伏の意志を示す。
こうなれば全てを洗いざらい話した方が良いだろう。
「他の人に聞かれたくない、場所を変えよう」
「ご主人様、それなら寝室がよろしいかと。あそこなら絶対に盗聴されることはありません」
シクラリスの提案に俺は頷いたのだが、後で振り返って考えると別の場所にすれば良かったと後悔する。
おかげで今日の予定を全てキャンセルする羽目になってしまった。
「だって最近忙しすぎて寂しかったんですもの」
白銀の髪を靡かせて白いメイド服に身を包んでいる元バルティア皇国第2王女は屈託なく笑った。