表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/29

2-3

 集団療法(ミーティング)は自己紹介から始まった。


「ボクはギャンブル依存のマルゴ」

 まず最初に、車椅子の女が言った。

「親の金で大損して入院させられたんだ」


 よろしく、という言葉がさっとは言えず、俺はもごもごしながら、小さく頭を下げた。


「それでこっちが……」


 マルゴは本を読んでいる男に顔を向ける。


 彼女に促され、男は本を片手で持ったまま、もう片手で首から下げたカードをつまみ前に突き出した。


 そこにはなにやら文字が書かれていたが、俺にはそれがわからない。


「ごめん俺、文字読めなくて……」


「あ、そうなんだ。こっちこそごめん」


 そう言って、マルゴは続ける。


「この人は放火癖(パイロマニア)のパイロンくん。住んでる村を焼いてここに来たんだ。口を開けば火炎魔法を唱えちゃうから、本当の名前は誰も知らない」


「え?」


 予想外な話に、俺はパイロンの顔を今一度見つめた。彼は本を見たまままぶたをぱちくりさせて、マルゴが代わりに言葉を継いだ。


「寝るとき以外ずうっと本を読んでいるのも、注意がそれて魔法を詠唱しないようにするため。文字を追うことがパイロンくんの代替行動ってわけなんだ」


「代替行動って?」


「代替とは、別のものに置き換えること。お酒を飲みたくなったら、かわりに飴をなめるとか掃除するとか、そういうことだね。火をつけたい気持ちを本を読むことで散らせれば、だれも傷つかないでしょう?」


「はぁ、なるほど。ま、……よろしく」


 俺はパイロンに頭を下げた。


 するとパイロンも本に目を落としたまま、小さく頭を下げた。口を開けば火炎魔法、戦場では出会いたくないタイプだな、そう思った。


 次いで、マルゴの視線が隣に移動する。


「それで、そっちの犬が窃盗癖(クレプトマニア)のクレープ。クレープみたいな色をしてるからクレープだね。その子はなんでも盗むから気をつけて」


「よろしく……」


 と言い終わるより早く、クレープの口元で何かが躍った。


「ん?」


 見ると、それは俺のガウンを止めていたはずの腰紐だった。それがクレープの牙の間にぶら下がっているのを見た瞬間、視界が真っ赤に染まった。


「あ、おい、返せ……クソ犬ッ!!」


 怒鳴り声をあげ、床を蹴った。敵に背後を取られたかのようなどす黒い殺意がせり上がり、右拳を勢いよく振りかざしたところで、首の裏にあの地獄の熱を感じた。


 しまった、と思った。


「あ……」


 場が凍っていた。


 マルゴが紫色の片目を瞬かせ、怯えた表情をしていた。彼女の肩に乗ったカモも目を点にして警戒していた。本を持つパイロンの手が小刻みに震え、レイル先生の白衣の裾は俺の血に汚れていた。クレープは紐を咥えたまま先生の椅子の下に潜り込んで、尻尾を股の下に巻き込み縮こまっていた。


 何よりも、俺自身が一番、自分の醜さに凍りついていた。


 俺のガウンは無残に左右へはだけ、前が全開になっていた。


 膿と血で汚れたガーゼが剥き出しの腹へとはりついていた。かつて誇りだった筋肉は、薄汚い垢と汗の膜に覆われていた。両の脚も明らかに昔より縮んでいて、


 さらに、決して人前に晒してはならないものが、皆の前に放り出されていた。


 顔面が火を吹くかのように熱くなった。それなのに、股の間を通り抜ける冷気は、内臓を直接撫でるかのように冷たかった。


 首輪の熱は、先生が何かしたのか、知らぬ間に引いていたが、それが喉に食い込むあの感覚は俺の脳裏に刻み込まれていて、俺は振り上げたままの拳をみっともなく下ろし、声を震わせた。


「……すまん」


 ひきつった指先でガウンの裾をかき集め、逃げるように座席へと沈み込む。視界がぐらりと揺れて、意識ごと泥の中に沈めてしまいたかった。何もかも、忘れてしまいたかった。


 だけど、


 胃の底からせり上がる吐き気を飲み下し、俺は蚊の鳴くような声を絞り出した。


「俺はタンタル。戦闘狂だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ