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集団療法は自己紹介から始まった。
「ボクはギャンブル依存のマルゴ」
まず最初に、車椅子の女が言った。
「親の金で大損して入院させられたんだ」
よろしく、という言葉がさっとは言えず、俺はもごもごしながら、小さく頭を下げた。
「それでこっちが……」
マルゴは本を読んでいる男に顔を向ける。
彼女に促され、男は本を片手で持ったまま、もう片手で首から下げたカードをつまみ前に突き出した。
そこにはなにやら文字が書かれていたが、俺にはそれがわからない。
「ごめん俺、文字読めなくて……」
「あ、そうなんだ。こっちこそごめん」
そう言って、マルゴは続ける。
「この人は放火癖のパイロンくん。住んでる村を焼いてここに来たんだ。口を開けば火炎魔法を唱えちゃうから、本当の名前は誰も知らない」
「え?」
予想外な話に、俺はパイロンの顔を今一度見つめた。彼は本を見たまままぶたをぱちくりさせて、マルゴが代わりに言葉を継いだ。
「寝るとき以外ずうっと本を読んでいるのも、注意がそれて魔法を詠唱しないようにするため。文字を追うことがパイロンくんの代替行動ってわけなんだ」
「代替行動って?」
「代替とは、別のものに置き換えること。お酒を飲みたくなったら、かわりに飴をなめるとか掃除するとか、そういうことだね。火をつけたい気持ちを本を読むことで散らせれば、だれも傷つかないでしょう?」
「はぁ、なるほど。ま、……よろしく」
俺はパイロンに頭を下げた。
するとパイロンも本に目を落としたまま、小さく頭を下げた。口を開けば火炎魔法、戦場では出会いたくないタイプだな、そう思った。
次いで、マルゴの視線が隣に移動する。
「それで、そっちの犬が窃盗癖のクレープ。クレープみたいな色をしてるからクレープだね。その子はなんでも盗むから気をつけて」
「よろしく……」
と言い終わるより早く、クレープの口元で何かが躍った。
「ん?」
見ると、それは俺のガウンを止めていたはずの腰紐だった。それがクレープの牙の間にぶら下がっているのを見た瞬間、視界が真っ赤に染まった。
「あ、おい、返せ……クソ犬ッ!!」
怒鳴り声をあげ、床を蹴った。敵に背後を取られたかのようなどす黒い殺意がせり上がり、右拳を勢いよく振りかざしたところで、首の裏にあの地獄の熱を感じた。
しまった、と思った。
「あ……」
場が凍っていた。
マルゴが紫色の片目を瞬かせ、怯えた表情をしていた。彼女の肩に乗ったカモも目を点にして警戒していた。本を持つパイロンの手が小刻みに震え、レイル先生の白衣の裾は俺の血に汚れていた。クレープは紐を咥えたまま先生の椅子の下に潜り込んで、尻尾を股の下に巻き込み縮こまっていた。
何よりも、俺自身が一番、自分の醜さに凍りついていた。
俺のガウンは無残に左右へはだけ、前が全開になっていた。
膿と血で汚れたガーゼが剥き出しの腹へとはりついていた。かつて誇りだった筋肉は、薄汚い垢と汗の膜に覆われていた。両の脚も明らかに昔より縮んでいて、
さらに、決して人前に晒してはならないものが、皆の前に放り出されていた。
顔面が火を吹くかのように熱くなった。それなのに、股の間を通り抜ける冷気は、内臓を直接撫でるかのように冷たかった。
首輪の熱は、先生が何かしたのか、知らぬ間に引いていたが、それが喉に食い込むあの感覚は俺の脳裏に刻み込まれていて、俺は振り上げたままの拳をみっともなく下ろし、声を震わせた。
「……すまん」
ひきつった指先でガウンの裾をかき集め、逃げるように座席へと沈み込む。視界がぐらりと揺れて、意識ごと泥の中に沈めてしまいたかった。何もかも、忘れてしまいたかった。
だけど、
胃の底からせり上がる吐き気を飲み下し、俺は蚊の鳴くような声を絞り出した。
「俺はタンタル。戦闘狂だ」




