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6-6

 そこから先はもう、一撃たりとも打ち込めなかった。


「やっぱ、お前変わったよな」


 急速に戦意を失っていく俺に、アスタチンが言った。


「前はもっと強かったのに」


 自分でもそう思う。だけど、強くなったら次こそ終わりだった。


 俺は辛うじて冷静さを取り戻したものの、防戦一方だった。


 手足を使ったアスタチンの連撃、硬軟織り交ぜ、きっちり嫌なところに叩き込まれるその打撃を、俺はかわし、受け流すだけで精一杯だった。


 いや、正確にはそうじゃない。


 本能が、最短で殺す軌道を脳裏に描く。それに従えば、アスタチンに反撃できる。しかし、それは没頭という名の快楽に繋がっている。攻撃の威力が強ければ強いほど、俺は理性を失ってしまう。おそらく戦うこと以外考えられなくなって、周囲を顧みず暴れてしまう。最初の衝撃波がそれだ。あれは運が良かった。もし剣の延長線にマルゴたちがいれば、全員跡形もなかったに違いない。


 牢の中には、今なおマルゴたちが残っている。俺たちが牢の手前側で戦っている以上、逃げようがない。先の衝撃波で、彼らは石粉だらけになっていた。レイル先生のメガネに走るヒビが見える。パイロンの左頬も腫れ上がり、血がにじんでいる。


 アスタチンが言う。「あいつらが気になるのか?」


「ならない」と、俺は嘘をつく。


 だが、そちらへの注意を避けられない。それを気にしなければ勝てるかもしれないが、そうすれば間違いなく俺は終わる。人間じゃなくなる。


 そんな隙を、アスタチンは容赦なく刺してくる。


 彼にかかれば、レンガも剣だ。トリッキーな連撃の後に繰り出される、空間を切り裂く軽やかな片手薙ぎ。はためくマントの死角から鋭い蹴りを飛ばし、そのまま体をスピンさせての凶悪な袈裟斬り。


 そのすべてを俺は打ち返す。重心を落とし真っ向からさばいていくが、徐々に押され、ただでさえ少ない体力が削られていく。アスタチンの自滅を狙うはずが、このままでは俺のほうが先にやられてしまう。


「そんなに気になるなら……」


 姿勢を低くして足を狙い、俺の剣を下に振らせたところで、アスタチンは、床と天井に固定されたままの格子の縦棒をつかみ、跳ね上がった。


 彼は空中で一回転し、俺の後ろに着地する。


 振り返った俺はすかさず投げつけられたレンガを、とっさに転がり込んでかわす。が、それはフェイクで、彼は素早く鉄格子の内側へと駆け込んだ。


「今すぐあいつらを殺してやるよ!」


「待て!」


 慌てて俺も牢に入り、アスタチンの背中に斬りかかった。


 そのとたん、視界が一瞬真っ暗になった。


 やられた、と思ったときには剣が絡めとられていた。


 アスタチンが投げつけてきたマントは、先の水魔法を吸って重く、ズザリ、と鈍い音を立て、巻き込んだ剣ごと落下する。


 開け放たれた鉄格子の引き戸、そのすぐ牢側にマントごと落下した剣に、アスタチンが手を伸ばす。だが俺の方が近い、と俺がかがみ込んだ瞬間、轟音とともに衝撃を横から叩き込まれる。


「ぐわっ!!」


 その瞬間、俺は悟った。


 俺は引き戸のレールをまたぎ、上半身だけを牢内に突っ込む格好になっていた。彼は剣ではなく、鉄格子を掴み、重い引き戸を力任せに叩き閉めていた。


 硬い鉄と鉄とに挟まれ、脇腹を潰された俺は悶えた。


 よろよろとへたり込む俺に、アスタチンの全体重をかけた踏みつけが降ってくる。立て直す間もなく、えぐるように胸を蹴り上げられ、俺は部屋の隅までふっ飛ばされる。テーブルに激突し、壊れたその木片が皮膚をえぐる。息すら吸わせてもらえず、続けて顔面めがけて飛び膝蹴り。皮膚の裏で何かが砕ける。何が折れたのかはわからない。ただ、世界の輪郭が遠のいた。


 そこから先は、防ぐことすらできなかった。


 これじゃまるで素人だ、と俺は思った。


 地形や状況を利用する。そんな基本すら、俺は忘れていた。


 立ち上がることができない俺に、上半身裸のアスタチンが言った。


「さっきのおっさんの方がよっぽど強かったぞ」


 アスタチンが剣を拾う音がする。一拍置いて、コツコツとブーツがこちらに迫る音がする。


「がっかりだな」


 俺は丸まってしのごうとするが、なすすべもなく蹴り転がされ、うつ伏せになったところを剣で一突きにされる。ロングソードが背中から腹へと貫通し、床のタイルを砕いて俺を縫い付ける。


「げぼっ……」


 喉から熱いものがこぼれ、口の中が錆びついた味でいっぱいになった。恐ろしいほどの寒けが全身を覆いつくす。とめどなく汗が噴き出し、肺が膨らみきらず息が苦しい。これは風車の下敷きになったときと同じか。いや、それ以上だろう。


 抜かなければ、と思う。だが柄は背中側だ。床に押しつけられ、指は届かない。俺はなんとか床と腹の間に手を差し込み、突き出た刃に手を伸ばす。刃をつかむも、指はすぐに裂け、血でぬめり、突き刺さった剣はびくともしない。振動が加わるたび、体の内側を刃がこすり、視界が白く炸裂する。


 どこからともなく、しゃがれた声が聞こえてくる。「狂えばいい」


 狂ってしまえば、痛みなんて気にならない。剣さえ抜けば、一発は衝撃波を放てる。マルゴたちなど見捨てればいい。勝つためには仕方ない。


 ほとんど勝ち目なんてない。そんな綱渡りに胸が高鳴る。それに手を出せば、楽になれる。


 指先が腹に巻き付けた紐に触れる。


 クレープがくれたその紐は俺の血でじっとりと重くなっていた。こんな大事なものを忘れていた自分が、許せなかった。


 今度は、ドスのきいた声がする。「お前の戦いは、ただの逃避だよ」


 反論できなかった。


 できなかったからこそ、俺は土と血に汚れた紐を握りしめ、ただギリギリと歯噛みすることしかできなかった。


 アスタチンが、長いため息を吐いた。


「お前は、()()()()……」


 その言葉は、腹の刃よりも古い傷をえぐった。


「殺すのは……」


 その声のトーンに、俺はわずかに顔を起こす。アスタチンはもう俺を見ておらず、彼の視線の先には、マルゴたちがいた。


  やめろ、という声は声にならず、喉に逆流した血にむせ込んでしまう。指に力が入らない。狂う以前に、体がもう終わっている。


 アスタチンが、マルゴたちに向かって歩き出す。


 みんなが、こっちを見ている。


 でも、もう、何も選べない。


 俺は――

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