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6-5

 病棟に飛び込んだ瞬間、マルゴの悲鳴が耳をつんざいた。


 建物を手前と奥とに分断する鉄格子。その右端の引き戸に手をかけ、牢へ押し入ろうとしているアスタチンの背中が見えた。


 頭に一気に血が上る。


 目の奥が焼け、俺は鞘を投げ捨てる。もし剣に飲まれたら――というわずかな恐怖が脳裏をかすめたが、俺は構わず側面から斬りかかった。


 気づいたアスタチンが身体をひねり、手前に転がり込む。彼は大きくのけぞりながら手を伸ばし、木桶をつかんで掲げてくる。そのせいで、刃の芯を外される。それでも力任せに叩き込む。


 衝撃波が生まれ、鼓膜を震わせる轟音が響いた。


 木製の桶に巻かれた(たが)が弾け飛び、桶はバラバラに砕け散る。


 直撃は逸らされたが、衝撃波は止まらない。斬撃が、横一文字に鉄格子の中央を走っていく。火花が上がり、連鎖する金切り音とともに、格子が一本ずつ断ち割られる。上下の枠は床と天井に固定されたまま、真ん中だけが切断され、鉄格子は二段に分かれて歪んだ。


 空気の揺れが肌を打った。刃の延長線上のすべてが断ち切られていくと、轟音の果てに、建物左側の外壁が爆ぜるように吹き飛んだ。


 レンガが砕け、石粉が舞い上がる。衝撃で建物が揺れ、天井から木くずが降ってくる。梁が悲鳴を上げるかのように軋み、建物自体もやばいかもしれない。


 アスタチンが建物入口近くのテーブルに手をつき立ち上がる。直撃こそかわしているが、血反吐を吐きだし、胸の大傷からの出血もひどくなっている。


 俺もまた、衝撃波の反動をもろに食らっている。肺が潰れたように息が詰まり、濡れた床で踏ん張りきれず、片膝ついてしまっている。


 壁に手をつき体勢を立て直す一瞬、裂けた鉄格子越しに患者たちの姿が視界に入る。マルゴ、レイル先生、パイロン。瓦礫が飛び散る中、彼らは隅の方で身を伏せていた。


 アスタチンは血を撒き散らしながら穴の開いた奥側へと飛び退き、俺から大きく距離を取る。周囲に散らばるレンガを両手に拾い、中腰に構え、睨み合う。


 彼の背後、開いた穴から吹き込む風が俺の顔を切る。濡れて雫がしたたるアスタチンのマントがバサバサ揺れる。穴の向こうにどす黒い海が見える。向こうはもう崖だ。遠い波のざわめきが風と共に耳に届き、足元がひやりとする。


 俺は息を吸い込み、床を蹴った。直後、牢の中で何かが崩れる音がした。レイル先生の声も聞こえたが、無視して、矢継ぎ早に突きを入れる。懐に突っ込み斬り上げる。


 アスタチンは両手に持ったレンガで、器用に俺の剣をいなしていく。火花とともに刃の軌道を横へずらされ、勢いを殺される。ガリガリと重く跳ね返される。衝撃で腕が痺れ、握りの力を強くしないと剣が滑る。


 隙がない。


 俺は攻めあぐね、一歩退く。踏み込むたび、靴底がずれる。体が思うように動かず、焦りが胸を締め付ける。振りかぶろうとしても、力を加えすぎれば自分が滑る。建物も狭く、十分に振り切れない。


 レンガは脆い。だが、小回りが利く。アスタチンはレンガが砕けるたび、何度もそれを拾い直し、手数で俺の攻撃を散らしてくる。衝撃波を撃とうにも、踏み込みを潰され、刃に威力を乗せられない。


 ――なまってるな。


 無意識にそう毒づいた。しかし同時に、身体の芯が熱を帯びる。息がわずかに深くなっていることに気づき、我に返る。


 なまってるだと!?


 その瞬間、周囲の音が遠のいた。使い慣れたその刃に映り込んだ俺の顔もアスタチンと同じく救いようもなく笑っていて、胃が喉までせり上がる。剣がわずかに刃先の角度を変える。俺の腕が、自然と最適な軌道をなぞっていく。


 やめろ、と俺は俺に言う。だが指先は震えない。むしろ、軽い。


「そうだ」


 と、上ずった声でアスタチンが言った。


「それでこそお前だ」


 俺は何も言い返せなかった。ただ、胸が焼けるように熱かった。


 もう一度、全力で振り抜きたい――そう思いかけて、歯を食いしばった。

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