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5-5

 あれは、俺がまだ盗賊団にいた頃――六、七年目のことだった。


「殺せ」


 赤い髪の剣士が、息を荒げながら俺に言った。そいつは仰向けに倒れ、その体の下には血溜まりが広がっていた。


 その赤い瞳と向き合うと、そいつは右手につかんだ剣を手放した。そのまま両手を広げ、無防備な体勢となって目を閉じた。


 ただの剣士ではなく、位の高い騎士だろう。そいつは立派なプレートアーマーを装備して、鮮やかな赤いマントを羽織っていた。とはいえ、その中身は俺と同い年くらいの少年だった。外れた兜から覗く顔は、顎が細く幼く見えて、肩や首も大人ほどには発達していなかった。


 だが、こいつ一人に盗賊団が壊滅させられていた。


 ここは洞窟に作られたアジトの最奥で、天井の高い広間のようになっていた。足元には団員の死体が転がり、岩壁には血飛沫がこびりついている。焼けた木箱が爆ぜ、瓦礫の下からまだ煙が上がっていた。俺のそばには敵と味方の死体が折り重なっていた。


 そこまでは、見慣れた光景だった。


 だが、俺の近くに転がる頭領の首はきれいに断ち切られていた。すぐ近くで鉄張りの盾が真っ二つに割れている。他の奴らも全滅で、立っているのは俺だけだった。


 だけど俺は、特になんとも思わなかった。弱いから殺られるのだ。


 俺は剣を逆手に握り直し、そいつの心臓めがけ狙いを定めた。


 そう、弱いものは死ぬ。


 頭領を倒そうが、俺以外の全員を殺そうが、俺に負けた時点でこいつは弱い。たしかに、こいつが繰り出す、剣から衝撃波を放つ特殊な攻撃には少し手こずった。だが、それも慣れてしまえば、剣でさばけた。一発受けるたび、剣は刃こぼれし、腕の奥まで重い衝撃が残ったが、それでも押し切れた。


 だから、こいつもここで死ぬ。


 俺の剣がそいつの胸を貫かんとしたとき、そいつは言った。


「楽しかった。最後に、強い奴と戦えてよかった」


 そいつは目を閉じたまま、白い歯を見せ笑っていた。


「は?」


 手元が狂い、刃が弧を描いた。俺の剣はそいつの笑顔の右側をかすめた。頬の肉を半分ほどこそぎ取って、剣は地面に深々と突き刺さった。


「……楽しい?」


 首を傾げ、俺は言った。意味がわからなかった。


「お前は、楽しくないのか?」


 そいつは顔をしかめると、ゆっくりまぶたを開いた。口と頬の傷から血の泡を弾けさせながら、そいつは付け加えた。


「強いものに挑む。それこそ、戦う意味だろう?」


「……意味?」


 そんなこと、これまで考えたこともなかったが、俺は答えた。


「そんなの、生きるために決まっている」


 戦わなければ飢えて死ぬ、それ以上なんの意味があるというのか? なのにこいつはこの期に及んで笑って、そして言った。


「生きるために、戦うって……お前、獣みたいだな」


「……なんだと?」


「そもそも、生きるためって、なんのために生きてるんだ?」


「……え?」


「まぁ、いい。さっさと、殺してくれ」


 そう言って再び目を閉じたそいつの顔を見て、俺はイラついた。


 なんなんだよ、と思った。


 戦うことを楽しむ奴がいるなんて理解できなかった。しかも、言われた通りこいつを殺せば、余計に喜ばせることになる。それも苛ついた。なにより、なんのために生きているのか、その理由をまるで思いつけず、胸の奥がひりつくように気持ち悪かった。


 こいつの思い通りになるのだけは、癪だった。


 だから、俺は剣を地面から引き抜いた。軽く汚れを振り払って腰紐に引っかけると、そいつに背を向けた。


 そのまま出口へ向かって歩き始めたところで、そいつが叫んだ。


「待て!」


 振り向くと、そいつは地を這い、血まみれの剣を握り直した。そのまま肩を震わせ、剣を杖にし、無理やり体を半分だけ起こしてくる。その腕は震え、鎧の隙間から血が滝のように流れていた。


 それでも、騎士はほとんど倒れ込む形で剣を振ってくる。


 俺も剣を抜いて身構えた。刹那、怒涛の風切音。


 奴が袈裟斬りに振るった刃の軌跡をなぞるように、一直線の衝撃波が走った。


 空間を裂く斜めの白線が、洞窟の闇を真っ二つに断ち割ってくる。


 俺は体を押し戻す風圧に耐えつつ、正面から刃を合わせ軌道を逸らす。衝撃波はこれまでより明らかにパワーダウンしていて、ずれた軌道は広間を横断し、背後の岩壁に浅い裂傷を刻んで消えた。


 だが、受け流した直後、刃の根元に走っていた亀裂が閃光のように広がった。ここまで耐えてきた俺の剣は、ついに根元から砕け散った。


 俺は柄だけになった自分の剣を投げ捨てた。巻き上がった石粉と煙の隙間から、赤髪の騎士が燃えるような瞳で俺を見上げていた。


「……逃げるなよ」


 と、地面に伏しつつもそいつは言った。


 俺は答えず、そいつに駆け寄った。そのままそいつを思い切り蹴り飛ばしてやる。


 鎧を蹴った衝撃が足に鈍く返ったが、俺は構わず、騎士の手から弾き飛ばされた魔剣を拾い上げる。木箱の残り火に照らされ、刃の表面に俺の赤い髪が映し出された。


「そう。……早く、殺せ……」


 赤髪の息は途切れがちだった。やはり、あれが最後の力だったのだろう。突っ伏したままで、そいつが言った。


 俺は答えた。


「殺さない」


「……なに?」


「だって……」

 と、言いながら、俺はそいつの腰から外れ、地面に転がっている鞘を拾い上げた。赤地に金細工が施された、とても高そうな鞘だった。

「お前を喜ばせたくないから」


「なんだと!?」


 そいつの口調には怒りが滲んでいたが、口以外、もう体は動かせないようだった。無視して、剣を鞘に納めると、俺は深く息をついた。放っておいても死ぬ、そう思いながら、一歩ずつ歩き出す。


 この剣は使える。戦いは別に楽しくない。けれどこれからも、きっと戦う必要はあるだろう。


「俺の名は、アスタチンだ……」


 背後から、かすれた声でそいつが言った。


「忘れるな、必ず……、お前を……、殺す」


 俺にとって、そんな名前などどうでもよかった。ただ、こいつの望みを踏み潰せたことで、体が少し軽くなった。


「殺す……絶対に、殺してやる……」


 洞窟の中で、いつまでもこだまするそいつの言葉がうっとうしかった。

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