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3-13

「今日で断戦三十日目です」


 ついに一ヶ月。あの大雨の日から数えて三十日後の集団療法(ミーティング)で俺はそう宣言した。みんながじっと俺を見ていて、俺は続ける。


「実は、ずっと、先生を脅して首輪を外させようと思っていたんです」


 白々しい告白に、レイル先生がわざとらしく驚いた顔をしてみせる。みんなが笑って、俺も笑う。


「正直一ヶ月も持たないと思ってました。けど、なんとかここまでこれた。それはみんなのおかげです。ありがとう」


 拍手が起こり、胸の奥で小さな炎が灯ったような気がした。その余韻に浸りながら腰を下ろすと、隣でマルゴが小さく深呼吸するのがわかった。彼女は車椅子の車輪を回し、前へ出る。


「今日でギャンブルをやめて三十日目です」


 と、マルゴも言った。


「ボクだって、何度も挫折しそうになりました。でもボクはひとりじゃなかった。みんなが、この場があるから続けてこれた」


 マルゴは俺を見て、一呼吸置いてから付け加えた。


「本当はボク……、ガーモを自分で呼んだんです!」


 空気がピリッと引き締まり、その表情が硬くなった。車椅子がきしみ、声が震えても、彼女は話すのをやめなかった。


「ガーモは取り憑いたんじゃないんです。黒魔術を使って、死の危険を冒して、ボクが呼んだんです。召喚それ自体がギャンブルで、だけど、それくらいのスリルがないと面白くなかったから。どれだけお金を使っても、本物のスリルは買えないから……」


 彼女の肩の上で、ガーモがそっぽを向き、羽を震わせていた。俺たちは黙ってマルゴの話を聞き続けた。


 ギャンブルのことは、俺にはわからない。


 だが、彼女が求めた「スリル」の正体なら、嫌というほど理解できた。死の淵に立たなければ生を実感できず、血の匂いを嗅がなければ魂が震えない。戦場という究極の博打に身を浸してきた俺もまた、彼女と同類だった。


「でも、もうギャンブルはしません。いい加減ガーモとは決別するんです。ギャンブル以外にできることがあるはずなんです!」


 マルゴがそう言い切った瞬間、俺の手は自然と動いていた。


 ひときわ大きな拍手を送る。すぐにそれは重なり、大きくなってホール中に響き渡る。いつものようにクレープもまた前足で拍手していて、「ワンッ!」というひと鳴きに、心がじーんと熱くなった。


 まさしく、マルゴの言う通りだった。


 戦い以外に、あるいはギャンブル以外にできることは、まだまだたくさんあった。


 レイル先生のため、森から薬草を取ってくる。マルゴのため、倉庫に置いてあったサイコロやトランプを処分する。盗みをする直前でクレープを抑え込む。パイロンの目つきから言いたいことを読み取って、かわりに先生に話してやる。


 ジクロロメタンの本を気合で読み続けたおかげで、読み書きも随分できるようになっていた。今日パイロンが読んでいる本は『水柱魔法および逆浸透を利用した海水淡水化の可能性』で、彼もまた俺達を静かに見守り、何度も深く頷いてくれていた。


「ふたりともおめでとう」


 そうして先生が白衣のポケットから、二つのメダルを取り出した。


 表面には、相変わらずざっくりとした彫り跡で、不細工なトラが描かれていた。


 これを初めてもらったときは、何の動物かも判別できず、ただレイル先生の温かさが嬉しかった。


 でも、今は違う。


 それは、戦いへの衝動や、ギャンブルの誘惑といった荒々しい獣を、自分の意志で押さえ込んだ証。


 先生が俺たちのために、一彫りずつ時間を削って作ってくれたこの不格好な勲章こそが、今の俺にとっての誇りだった。


「よく頑張ったね」


 先生が、まずは隣のマルゴにメダルをかけた。


 木製の円盤が彼女の細い首で揺れる。かつては莫大な金銭を、そして命すらも賭けていた彼女が、今はなんてことない木片を、宝物のように愛おしそうに握りしめる。その手元をじっと見つめる片目は潤み、わずかな誇らしさと穏やかな安堵が宿っていた。


 次は俺の番だった。


「このペースで頑張っていこう」


 先生が俺の首にメダルをかけながら、優しく微笑んだ。


「はい。ありがとうございます」


 首輪の上からずっしりと感じるその重さを噛み締めながら、俺は答えた。


 拍手はいつまでも鳴り止まなかった。ホール全体を温かい空気が包んでいた。俺の目からも自然と涙がこぼれ、頬を伝った。

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