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3-3

「そのまま押し倒して、首を絞めるほうに五万ダッ」


「だから賭けないって」


 マルゴがまとわりつくガーモを手で追い払うと、ガーモはバサバサと部屋の隅の棚の上に飛び乗った。


「ダッダッ。じゃあ殴り倒すほうに十万ダッ」


 甲高いその声を無視して、マルゴは俺に言った。


「ごめんね、うるさくて」


「こっちこそごめん」

 俺は今一度頭を下げた。

「もう二度と斧は使わないから」


 俺たちはマルゴの部屋にいた。


 あのあと、念のためにレイル先生に診てもらったが、やはりマルゴはどこも怪我をしてはいなかった。俺は「まだ仕事があるから」というマルゴを引き止め休ませようと、車椅子を押して彼女の部屋へと移動したのだった。


 向かい合うベッドに腰掛けたが、薄暗い部屋には湿っぽく物寂しい空気が漂っていた。二つのベッドが並んだその作りは俺の部屋と同じだが、ここには物がほとんど何もない。俺が風車を壊し、彼女の私物を瓦礫の下敷きにしてしまったからだ。


 その沈黙に耐えきれず、俺は続ける。


「これからは飯を食うときナイフやフォークを使わない。掃除のときホウキだって使わない。全部素手でやる」

 もう二度とあんな事故は起こしたくない、だから俺は繰り返し頭を下げる。

「荷物だって瓦礫から全部掘り出して持ってくるから。マジでごめん!」


「だから謝らなくていいって」

 マルゴはそう言って、俺の顔を上げさせる。

「むしろ、ありがとうだから」


「え?」


 紫色の片目。まっすぐに俺を見つめるその瞳がトリカブトでなく、アメジストのように輝いて見えた。


「キミがガーモを殺してくれて、正直、嬉しかったんだ」


「ダッ!?」


 マルゴの物騒な告白にガーモが素っ頓狂な声を上げるが、彼女はそれを無視して言葉を続けた。


「あいつのせいで、ボクはすべてを失った。……目も、脚も、あいつとの魔術賭博(ギャンブル)で奪われたんだ」


「えっ!?」


 思わず、間の抜けた声が喉からこぼれた。


 マルゴの両肩が震えていた。俺は何か言わなければと思った。が、言葉は見つからず、ただ胸の奥がずんと重くなった。


 数秒の沈黙の後、窓の外で雲が切れ、強い光が差し込んだ。カーテンが揺れ、マルゴの髪の隙間から、隠されていた左眼窩が露わになった。


 隠されていた彼女の左眼窩には、本物の宝石(アメジスト)が、生々しく埋め込まれていた。


「ガーモは殺しても殺しても、ずっとボクにまとわりついてくるんだ」


「失敬ダッ! 吾輩は吾輩を望む人間にしか取り憑かないダッ!」


「嘘つけっ! ボクはもう、賭けたくなんてないっ!!」


 宝石(アメジスト)が再び髪に隠されると、マルゴは俺のほうを向き直った。


「それに……、キミになら……」


 マルゴはそこで言葉を切り、視線を伏せた。ほんの一瞬、迷うように唇を噛む。その頬にわずかな赤みがさしていて、俺は一瞬、呼吸を忘れた。


「押し倒すほうに――」


「ガーモ、黙って」


 マルゴはもう一度、小さく息を吐いた。


「でもさ。キミがそばにいると、ちょっと安心するんだ。押し倒すかはともかく、もっと話さない? ボクと友達になってよ」


「友……だち?」


「うん。今すぐじゃなくていいから」


 俺はわけがわからなくて、答えに詰まる。


 ガーモがくちばしを開きかける。


「無視して!!」


 またしても喚かんとするガーモを遮り、マルゴが声を張り上げた。


「ガーモは暇に寄生する邪神なの。ボクが独りでいるとき、夜中ふと目が覚めたとき。そういう隙間を狙って囁いてくるんだ」


「……わかる。俺の拳が疼くときと、たぶん同じだ」


「でしょ。暇、なにより孤独が一番ダメなんだ。だから、キミが来てくれて良かった」


 ガーモがまたも何か言おうとするが、被せるように彼女は続ける。


「前はもっと患者がいたんだけど、先月みんな退院しちゃって、話せる人がいなくて寂しかったんだ。クレープは犬だし、パイロンくんはいい人だけど、あんな感じでしょう? ジクロロメタン卿は部屋から出てこないし……」


「たしかにそれはきついかも」


「そう。だからもっと話そうよ。あ、そうだ。ボクが文字を教えてあげる」


「え?」


 マルゴの意外な発言に俺は驚いた。


「そんな、いいよ。俺バカだし」


「そんなことないよ!」


 マルゴはベッドをきしませ、ぐっと体を乗り出してくる。


「キミはバカじゃない。難しい言葉だって知ってるし、習う機会がなかっただけで、文字くらい余裕だよ」


 そうなんだろうか、と俺は思った。


 俺は難しい言葉なんて知ってるか?


 マルゴが片目でじっと俺を見ている。そのアメジストじゃない瞳が、うるうるときらめいている。でもたしかに言われてみると、「アメジスト」ってどこで覚えたんだろう?


 わからない。わからないけど、それは悪くないアイデアのように思われた。


 そのとき、どこからか冷たい風が吹き込み、カーテンが揺れた。ガーモが不機嫌そうに羽を鳴らした。


 紫色の髪も揺れて、窓から差し込んだ光が本物の宝石(アメジスト)を輝かせた。


「なら、こうしよう」

 と、俺は言った。

「文字を教わるかわりに、俺がマルゴの分まで仕事する。それでどう?」

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