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★アリーヤサイド
「大丈夫か?私が付いていながらお前に嫌な思いをさせてしまったね」
オーランドはアリーヤの向かいには座らず相変わらずアリーヤの肩を優しく抱きながら苦しそうに話す。リリアーナから離れたからか恐怖は落ち着いたが、今度はオーランドに抱きしめられている事に別の意味で心臓が落ち着かない。
「い、いえ、大丈夫です」
オーランドは綺麗な眉根を下げ、アリーヤの頬を撫で、自分の額をアリーヤの額に当て体温を計る。そんなことをされては上がらなくて良い体温が急激に上がってしまう。
「お、お兄様!私はもう大丈夫です!ね?」
「……確かに顔色は良くなったが……しかし、あの阿婆擦れのせいで仕事が出来なかったな」
オーランドは再度アリーヤの肩を抱きしめながら、馬車の背もたれに背中を押し付け、文句を言う。適当で仕事嫌いのオーランドがどこか不機嫌なのが面白い。
「また明日お手伝いして頂けますか?」
「『社交界一の美丈夫』は麗しい女性の願い事は聞く使命にあるのでね。お前の趣味は些か理解できんが、勿論協力はしよう。……しかし」
「何かございましたか?」
「私のせいで阿婆擦れが神聖なあの場所に来てしまった。私の願い事を聞いてもらうのは少々申し訳なくなってな……」
(それはつまり、お兄様とのお出かけが無くなるってこと!?)
それはなんだかとても嫌だ。アリーヤはどうしようかと考え
「なら、そのお詫びに街へ付き合ってくださいませ。快気祝いを買ってくださるのでしょう?お兄様と街に行かなければお祝いも頂けませんもの」
「……ふむ。なるほど。物欲の多いアリーヤもなかなかに良いな。当日は好きだけ買ってやろう」
「なっっ!!そ、そう言う訳では!」
アリーヤが慌てているとオーランドはアリーヤの肩を支えていた手を離し、急に真剣な顔つきになり
「いいや。好きなだけ強請れば良い。私にはこれから何度かあの阿婆擦れと茶をせねばならん。吐き気がするが、これは公爵家としても必要な事なのだ。だから、その詫びも兼ねよう」
「……??」
公爵家としてもリリアーナと話す事が必要とは一体何なのだろう。やはり、自分が寝ている間に何かあったのではないだろうか。それとも、単に自分という婚約者がいるのだから近づくなと牽制をするだけか……
オーランドは心配と不安に揺れるアメジストを見て、さらに美しい眉を八の字に下げ悔しそうに口を開く。
「いいか、私の可愛いアリーヤ。私が阿婆擦れに何をしても、それは決して阿婆擦れを想ってではない」
「は、はい……」
アリーヤはオーランドの言葉にただ頷くと、オーランドはそんなアリーヤを見てくすりと優しい瞳で「本当に分かっているのか怪しいな」と軽口を交えて微笑む。「まぁ、いい……」オーランドはそう言うと今度はその骨ばった男性らしい長い両腕をアリーヤの背中に回し自分の方へ近付ける。
(!??)
これはもしかしなくても抱き締められているので無いだろうか。アリーヤはあまりに突然の出来事に目が回り心臓は早鐘のように鳴っていてオーランドの言葉はおろか自分の声すら聞こえない。
「俺は――――だけだ――」
アリーヤの脳内はパンク寸前で、耳元で小さく甘い声で囁かれたオーランドの言葉はアリーヤへは届かなかった。




