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★アリーヤサイド
「ふむ。なるほど、なるほど…。」
オーランドは昨日と同じように執務室で書類を受け取り、そして昨日とは違いサラサラと手紙を書く。
「麗しのご令嬢…この手紙を貴女の上司に渡していただけないだろうか。」
(またやってるわ…)
もう何度目だろうか。女性の文官が来る度、彼は手紙を書いては渡す。
「こんな執務室な所まで御足労頂いたというのに、貴女を計らずも追い返す形になる事は、私とて本意ではないのです。美の女神も裸足で逃げる美しい貴女を困らせるだけの私はなんと罪深いのか!この心臓は今にも張り裂けそうだ。しかし、もし愚かな私がこの書類の判断を間違い、そのせいで貴女にまで累が及ぶような事があれば……この身は悔恨の炎に焼かれてしまう! どうか、どうか!この私の愚かな願いを上司殿にご理解いただくよう、お取り計らい願えないだろうか。」
辺鄙な場所で悪かったな、とアリーヤは冷めた目でオーランドを見つめる。どうせあの手紙の中は「公爵家から後程、改めてご挨拶に伺わせていただきたいので、貴殿の所属と名を教えていただきたい」という旨の、暗に脅す内容に違いない。
女性文官は、オーランドの真摯で甘い言葉に顔を赤らめ、はにかむように微笑んで深く頷いた。彼女はまるで宝物を触れるかのように、大切そうに手紙を胸に抱え、オーランドに何度も頭を下げながら執務室を後にする。
「それ、疲れませんか?」
アリーヤは呆れた声で聞いてしまう。女性が持ってきた書類なら受け付けると言う噂でも聞いたのか、今日執務室に訪れたのは女性文官や、誰かに指示されただろうメイド達だった。
オーランドはそんな彼女たちが来る度に心の底から申し訳ないと言った表情で同じ文言を言い、手紙を書く。アリーヤなら想像するだけで疲れてしまう。
「何を言う!?あらゆる女性を幸せにするのが社交界一美丈夫な私の役目!それなのに断る事しか出来ないなんて…私はなんて無力なんだ!」
オーランドはガタリと席を立ち、机に左手を置き、右手で涙を隠すように目を覆い、如何にも悲劇のヒーローと言った体で話す。
「……そんなに心苦しいなら仕事を請け負っては?処理をするのは私になりますが」
「おお、アリーヤよ。私が女性から誘いを受けているのに嫉妬しているのだな?」
書類を持ってくるだけで、女性からの誘いと勘違いできるオーランドの前向きすぎる思考力は見習いたいが、次期公爵として女性に甘すぎるのはどうだろうか。ハニートラップに引っかかって公爵家が没落など目も当てられない。
更に言えばどうして実兄に嫉妬しなければならないのか…
「嫉妬もしてませんし、それはお誘いでもありませんわ、お兄様」
アリーヤが大きく溜息をついていると
「まぁまぁ。そこまでにしてお二人共、一度休憩致しませんか?」
執務室のドアの隣でずっと静かに仕えていたミリーが微笑みながら提案してくる。
「それもそうだ。むくれているアリーヤもいじらしくはあるが、機嫌が麗しくないご婦人程怖いものは無いからな。そうするとしよう。」
アリーヤとオーランドは執務室のソファに向かいあって座る。ミリーの紅茶を一口飲むとアリーヤはほっと一息つく。なんだか今日はいつもより何処かだるい。昨日も今日も普段の仕事量より遥かに少ないし、昨夜も一度目が覚めて水を飲んだ他は特に「何も無かった」はずだ。
「ふむ。しかしアリーヤよ。今朝から思っていたのだが、私がいるのにその変な顔はなんだ?」
「変な…顔ですか?」
相変わらず失礼な言い方だなと思いつつ、その変な顔なのはオーランドが居るからではないか、とも思ってしまう。
「ああ、そうだ。社交界一の美丈夫がここにいるのだぞ!?私と居るだけでご婦人はみな頬を染め幸せそうにすると言うのに…お前と来たらくたびれた顔をしている。どう見ても変では無いか?それとも美的感覚が壊滅的なのか?いつの間にそんな脳内になっていたのか……同情するぞ可愛いアリーヤよ。今日は帰って夕食を済ませたら直ぐに寝た方が良い。そして美的感覚を戻すべきだ」
アリーヤは内心ため息をつく。これでもそれなりに美的感覚はある方だし、もしオーランドが実兄でなくとも喩え美丈夫だろうと、ナルシストで嫌味な彼といて頬を染める事はない。
(まぁ、昨夜のお兄様は恥ずかしかったけど…)
そんな事は置いといて。色々とオーランドに言いたいことはあるが、このだるさはストレスだろう。確かに早く寝た方がいいと言う言葉には賛成だ。