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72 ミリーサイド


★ミリーサイド



マーチンとの幸せな日々も、あの誕生日にもらった薔薇も、隣国から取り寄せた緑のネックレスも、今日貰ったピンクの花のネックレスも。彼は私個人を愛したのではなく、ただ、お嬢様の侍女だったから近づいたのだと。全てがドーソン伯爵の差し金だと。


まるで別人のように冷酷に事実だけを淡々と告げた。私の人生の全てが、根底から崩れ去った。


(全部、全部、全部が嘘だった……あの日々の全てが……)

 

結果、最悪の事が起きる寸前まで行ってしまった。無意識とは言え、主であり公爵令嬢のお嬢様に危害を加えたのだ、死罪にする理由はわかる。 


それでも旦那様と奥様は実の娘を傷つけた自分を庇ってくれた。なのに、オーランド様はそんなお優しいお二人をリュクソン家を侮辱した。


その醜悪な笑み、感情の読めない底なし沼のような冷え切った瞳。あれこそがオーランド様の真の姿。彼の存在そのものが、肌に粟を生じさせる。


(あんな残忍な方が次期当主様なんて……)


いざと言う時に冷酷な判断が出来るのは当主として相応しいのかもしれない。でも。オーランド様のそれは人間のそれとは思えない。


幸い、今のところオーランド様はお嬢様をかなり大切に思っておられるけど、いつお嬢様に牙を向けるか分からない。何より「不誠実な男」の仮面を被った悪魔のような人が隣にいると思うと恐ろしい。私が見せていた悪夢など、オーランド様に比べたら、まだ優しいものだったのかもしれない。


旦那様は自分を死罪にはせず、一週間の謹慎に留めた。リュクソン家には多大な恩が出来てしまった。リュクソン家に仕える事で恩義を返すべきだろう。だとしてもオーランド様のあの笑顔の下には自分への軽蔑の視線が向いていると知った今、オーランド様と次に顔を合わせるのが恐ろしい。


いっその事、侍女なんてやめてしまおうか。マーチンの話だってオーランド様とご友人のアレン様の想像だ。自分の目で確かめるまでは私だけは信じなければ。自分はマーチンの恋人なのだ。


一応子爵令嬢として文字と簡単な計算は教えてもらった。公爵家をやめても仕事はある。マーチンとどこか別の町で静かに暮らすのも良いかもしれない。


(けど……なんで、緑のネックレスをしていないと知ってたの?) 


違う。たまたまだ。きっとマーチンは本当に毎日つけてくれているか聞いただけ。それだけ。お嬢様が悪夢を見なくなったのを何かしらで感じ取って聞いた訳じゃない。あれは偶然だ。


(……全部事実だったら?) 

 

マーチンには騙されているとも知らず、簡単に靡く馬鹿な思い上がった女に映っていたのだろうか。


(マーチンに全てを捧げたの……)


マーチンだからキスもその先も全て許した。マーチンがドーソン伯爵家の手先ならきっとデート代だってドーソン伯爵からの「必要経費」として渡されていたに違いない。体のいい性欲処理にしか思われてなかったのかも知れない。


(ううん。嫌々抱いた可能性だってあるわ……)  


ああ、どうしたら良いのだろう。信じていた誰よりも愛していた人は私を裏切り、私は大切なお嬢様を殺しかけて、オーランド様はそんな私を殺そうとした。


旦那様と奥様が、こんな路傍の石のような存在の命を助けて下さったのに消えてしまいたい。オーランド様の言葉に従い死ねば良かった。いいや。今からだって死ねる。 


『おい、ミリー。公爵夫妻がお前の命を助けた。その意味を忘れるな』

 

オーランド様の声が頭の中で響く。彼は冷酷無慈悲な地獄の使者。いいや。地獄そのものだ。今の私には生きる事は地獄だと言うのに。きっと私の考えを見越してこの言葉を言ったに違いない。


「死ぬことも許されないなんて……」 

 

   

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