71 ミリーサイド
★ミリーサイド
「おい、ミリー。公爵夫妻がお前の命を助けた。その意味を忘れるな」
旦那様の執務室を出た後、部屋に戻る前にオーランド様はそう一言だけ私の後ろから鋭い声で言ってきた。私はオーランド様の顔を見ずただ小さく首を縦に振った。
嫌味で適当でナルシストで女好き。だけど、どこか憎めず明るく優しい紳士な方。それがオーランドの様の印象だった。
でも違った。全てが欺瞞だった。巧妙に張り巡らされた、悪意の仮面。オーランド様の本性は氷すら平伏すような冷酷無慈悲なお方だった。
お嬢様がまた悪夢で魘された時、彼の中の何かが壊れた。火の魔法でカーペットに線を引き「そこから一歩でも動けば消し炭にしてやる」と睨み言ったその声は、まるで地獄の使者のようだった。
それから少しの間オーランド様はお嬢様のベッドに突っ伏すように寝てしまわれた。私を何重にも張った結界に閉じ込めて。
オーランド様の魔法は何度か見た事はある。最近では殿下とリリアーナ様の足元に風を起こし追い出したものだ。
お嬢様が仕組みを聞けばとても単純なもので、お嬢様の足元に風を起こし優雅にダンスをさせた時は、殿下やリリアーナ様に使われた同じ魔法とは思えないほど優しく美しくオーランド様らしい妹への愛に溢れた素晴らしい魔法だった。
普通の魔法でも極めればここまで出来るのかと内心感心していた。それすら彼のほんの一端だった。彼は自分に一瞬で詠唱なしに何重もの高等な結界を張ってみせた。オーランド様も私もお嬢様と同じで初級魔法しか使えないと思っていた。
その上あんなに頭の切れる方だとは。確かに嫌味の羅列を聞く度、その言い回しに頭が回る方とは思っていたが、まさか外に連れ出された時から私をお疑いになるほど思考が深くあったなんて。そしてあの女好きの仮面で私とマーチンの事を自然に聞きだネックレスを取り上げた。
(それだけなら良かった……)
私とマーチンの恋を何処までも冷たく否定し、言う事聞かずペンダントを渡さずにいれば、まるで人形のように勝手に体を操られた。自分の意思とは無関係に、ペンダントを掴みに行くあの手の感覚。
倫理など初めから持ち合わせていない目で自分を見つめ、指一本で操るその姿を思い出すだけで背筋が凍りつく。内側から支配されたかのような感触に恐怖した。
(あんな恐ろしい魔法を詠唱なしに指一本で……)
そして、知らされたのだ。自分が大切なお嬢様に悪夢を見せていた張本人だと。




