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★アリーヤサイド
「見て、アリーヤさん!私レオからこんな大きな指輪を貰ったの!」
いきなり執務室に現れたリリアーナが大きなピンクダイヤモンドの指輪を見せてきた。幼げなふわふわとしたピンクブロンドの髪とハニーブラウンの瞳を持つ可愛らしいリリアーナにそれはとても良く似合う。
(私は殿下から何か頂いた事があったかしら?)
そんな事より今は彼女を注意しなくては。
「ノックなしに執務室に入る事も、勝手に名を呼ぶ事も淑女以前の問題──!!」
声が出ない。アリーヤは何度も声を出そうとするが音にすらならない。リリアーナはそんなアリーヤを見てクスクスといやらしげに嗤っている。
(殿下……お兄様まで……)
いつの間にかリリアーナの両隣にはおとぎ話の騎士のように二人が立って同じように嘲笑っている。
(どうして…お兄様……)
いつしか3人は消え、アリーヤは上も下も右も左も自分がどこにいるのか分からない、ただただ薄暗い、粘つくような世界に立っていた。その中で3人の嗤い声だけがアリーヤの頭の中に木霊する。それと同時に、はっきりとしない薄い靄が視界の端を這い回り、その中に、どこかで見たような光が一瞬、きらめいた気がした。 耳の奥では不協和音のような囁きが響く。
「煩い、煩い!煩い!」
アリーヤは喉が痛くなるまで泣き叫ぶ。しかし声が音になることは無い。それどころか、叫ぶたびに喉が引き裂かれるような錯覚に陥り、霞が更に纏わりついているような気さえする。
ふと足元が消えたのが分かった。このままでは落ちる──!!得体の知れない薄気味悪い光の渦が、深淵の底から自分を飲み込もうと迫ってきていた。
何かを掴もうとして手を伸ばした瞬間、アリーヤはハッと目が覚める。
「……夢?」
美しい銀糸は顔にまとわりつき、身体中が冷や汗をかいているのが分かる。心臓がばくばくと煩い。アリーヤは何度か深呼吸をしたあと飲み物を取りに調理場へと向かう。
ベッドのサイドテーブルにも水差しはあったのだが、空気を変えたかった。アリーヤが調理場に向かうと調理場から光が漏れている。誰かいるのだろうか、アリーヤはそっと中を覗くと
「お兄様?」
「やぁ、私のアリーヤ。こんな夜更けにどうしたのだ?」
髪をおろしたオーランドは更に美しく色気が溢れ出ており、見てはいけないものを見た気分になる。いつもと違う優しい雰囲気と、甘く自分を呼ぶ声に先程とは別の意味で心臓が煩く鳴る。
「み、水を飲もうと……」
アリーヤは思わず逃げるように視線を逸らして答える。「部屋には無かったのか?」首を傾げるオーランドの髪がサラリと肩から滑り落ちる。兄だと言うのにその艶やかさに呑まれてしまいそうになる。
「い、いえ。ただ、少し歩きたくて…」
「ふむ。なら私が可愛いアリーヤの為に取っておきの美味い水を入れてやろう」
そう言って水を入れるオーランドの仕草は、一枚のの名画のようだ。アリーヤは差し出されたグラスに口をつける。オーランド大仰に言おうが、水はただの水だ。アリーヤはふふと小さく笑みをこぼす。
「どうしたのだ?その笑顔は天使のようで愛らしくて見ていたいがね」
オーランドの言葉に顔を赤くしながら
「美味しい水と言っておきながら味は普通なんですもの。甘い水でも出してくれるのかと思ってしまいましたわ。」
「なるほど。甘い水か…。私とした事が、それは考えが至らなかったな。次は用意しておこう」
オーランドがふわりと笑うと、アリーヤはその笑顔に安心したのか少しずつ眠くなってくる。
「さて。おねむな姫は、私が部屋まで送って差し上げなければな」
アリーヤはその言葉を最後にゆっくりと目を閉じる。いつの間にか悪夢の事は忘れていた。




