5
★アリーヤサイド
夕食後、風呂も終わりアリーヤが一人部屋に居ると、トントンとノックの音が聞こえる。使用人が就寝前の紅茶を持ってきてくれたのだろう。「どうぞ」と声をかけると入ってきたのはミリーだった。
「ミリー!もう帰ってきたの!?」
ミリーは子爵家の三女で外見は平々凡々なアリーヤ付きの侍女だが、2人は主人と侍女というより姉妹のような関係だ。
そんなミリーは昨日23歳の誕生日を迎えた。誕生日に使用人に休みを与えるのはリュクソン公爵家では普通の事だが、今回はミリーに2日間の休みを出していた。と言うのも、ミリーに初めての恋人と誕生日を過ごして欲しかったからだ。
「本当はもう少し一緒にいる予定でしたが、相手に急遽仕事が入ってしまったので…」
「確か騎士様だったわね?」
「はい……なのでお嬢様とのお約束を果たそうかと。」
ミリーは恥ずかしいのか顔を赤くしながら話す。それもそのはず。約束と言うのはデートの報告だからだ。
アリーヤの今の婚約はレオナルドから求められたもので自分は興味がなかった。とは言え穏やかな家庭を築いていけるよう努力してきた。それでも今の自分とレオナルドの関係では、仮面夫婦になるのは目に見えている。
(……だからこそ!余計に人の恋愛が聞きたいの!)
自分には決して掴むことの出来ない話。顔つきは冷たく大人ぽいと言われるアリーヤだが、やはり17歳の少女なのだ。
ミリーはコホンと咳払いしてこの二日間のことを話す。その日は一輪のバラのプレゼントから始まり、人気のカフェやショッピング。少し高めのディナーとホテルに翌日は演劇に人気の公園を散歩。アリーヤは顔を赤らめながらも話に夢中だ。
「……で。帰り際にネックレスを頂いたんです」
「ネックレスを!?」
ショッピング中もミリーに服をプレゼントしたらしいが、その他にネックレスを用意しているとは相当ミリーが大切らしい。
「今しているの?見せて欲しいわ!」
アリーヤが、はしたなくもつい前のめりに聞いてしまうと、ミリーは静かに頷きメイド服の下からネックレスを取り出す。緑色の大きな宝石がついたペンダントだ。
「とても綺麗ね…」
エメラルドかグリーントルマリンか、はたまたかグリーンガーネットか。
(いいえ。どれでもないわね…)
「初めて見る石だわ…」
公爵令嬢として鍛えられた審美眼でも分からないが、どこか神秘的で目が離せない。そんな魅力のある宝石だ。
「なんでも隣国から取り寄せてくれたとか」
「まぁ!ミリーのためにわざわざ取り寄せるなんて素敵だわ!本当に大事にされてるのね!」
「羨ましいわ」と言う言葉は何とか飲み込んだ。そんな事を言ってはミリーはアリーヤを心配して、心からこのプレゼントを喜べないだろう。
「他には何か言われたの?」
気を取り直してアリーヤはアメジストの瞳を一層輝かせて質問すると、ミリーの顔が一段と赤くなる。何を言われたのかとじっと待っていると
「そ、その…これを自分だと思って毎日つけて欲しいと…彼の目は緑なので…」
「なんてロマンチックなの!」
アリーヤはミリーの話にパンと嬉しそうに手を合わせ、興奮した様子で嬉しそうに話す。物語の中でしか聞いた事のないような甘い言葉にアリーヤがときめいていると「よろしいのですか?」と遠慮がちにミリーが聞いてくる。
「ええ。勿論よ。服の下につけるなら構わないわ。寧ろ毎日つけてあげて!」
アリーヤは自分の事のように嬉しそうにミリーに微笑んだ。その後他愛ない話をしたあと、寝る時間になった。
アリーヤがベッドに潜るとミリーは優しく布団をかけいつものように頭を撫でては
「『分け隔てない幸福が永遠に続きますように』」
と優しく紡ぐ。建国物語の最後の一文だ。今では国民の誰もが知っているおまじない。ミリーが侍女になって何年になるだろう。彼女は、休みの日以外はいつもアリーヤにこの言葉を寝る前に贈る。
アリーヤの幸せを心から祈るとても優しい言葉。アリーヤはミリーにこの言葉を言われるのが好きだった。
「ミリーにも。分け隔てない幸福が永遠に続きますように」
アリーヤはそう言うと夢の中へと旅立っていった。




