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★アリーヤサイド
今日の執務室は空気が淀んでいる……重苦しい、鬱屈、気が滅入る、色々言葉はあるがアリーヤはもうこの部屋の中には居たくはない。そう感じる程に苛立ちもしている。それというのも
「お兄様!いい加減にしてくださいませ!!」
オーランドが珍しく落ち込んでいるのだ。行儀悪く机に突っ伏し演技ではなく本気で真剣に。この部屋に来るまでは嫌味やナルシストな台詞を得意気に話していたというのに、この部屋に来た途端に急変した。
やはり、仕事に来るのが嫌だったのかとも思ったがそれなら昨日のようにオーランド「すぐに帰ろう」「休もう」と言うはずだ。なので仕事関係ではないと思う。
しかし、自分の執務室に入った途端にあからさまに肩を落とされるとなんとも嫌な気分だ。今日はいつもと違い体が軽いからこそ、逆にオーランドの鬱陶しさが際立つ。とは言え、ここまで落ち込むオーランドをアリーヤは見た事がない。
「……子供の世話でやつれている野良猫の顔をしているアリーヤよ、私はなんと言う愚か者だろうか。私は自分を社交界一優秀だと口にすれどそれは謙遜でね、心の中では世界一優秀だと思っていたのだよ。何せ『私』だ。当然だ。けれど、それがどうだ!まさかこんな簡単な事すら気付かないなんて!私は世界で二番目の優秀さになってしまった……」
……そうでもなかった。これで落ち込むなど、本当に落ち込んでいる人に失礼だった。そんなオーランドは同情して欲しそうに、おいおいと大根役者もびっくりな泣き真似をしている。
(どうでも良いけど野良猫の設定は続いてたのね……)
何に気付かなかったのかは不明だが、アリーヤへの嫌味は健在だし、自分の頭脳を世界一だと思っていた事も、反省している癖に世界二位と宣っている事も。何も変わらない。寧ろ「社交界一」と言う言葉が謙遜だったことに驚きだ。
オーランドはいつも通り嫌味なナルシストのままだ。
「世界一も世界二位も変わらないと思いますが」
「本当か!?こう言う時の女性の言葉はやはり染みるな。これが野良猫ではなく美しい飼い猫達なら尚良かったのだが……仕方ない。社交界一心の広いと謳われる私だ。野良猫で我慢してやろうではないか!」
アリーヤは「ナルシスト発言は関係の無い自分達にはどれも一緒だ」、と嫌味を言ったつもりだったのだが、オーランドには斜め上に解釈されてしまった。しかも、野良猫と称し、あまつ我慢してやろうなどと言われるとは……
「美しい飼い猫をご所望なら、その飼い猫に会いに行かれてはいかがです?今なら執務も私一人で何とかなりますから。さぁ、どうぞ、行ってらっしゃいませ。」
アリーヤが最上級の淑女の笑みでオーランドを見て「さっさと行け」とドアへと視線を向ける、オーランドははぁとため息をつく。
「嫉妬したのか、アリーヤ?仕方ない。お前も美しい飼い猫にしてやろう。だからそう怒るな。シワが増えては野良猫に逆戻りだぞ?」
「嫉妬などしておりませんから」
どうして今の会話で嫉妬などと思われたのか。あれは単に野良猫で我慢してやると言う上から目線に、腹が立っただけだと言うのに。
「折角、体が軽いと言うのに。お兄様がそんな事では結局鬱々としてしまうでは無いですか」
「体が軽い?見た所背格好はあまり変わっていないように思えるが?」
「なっ!!!」
オーランドは顎に手をやりしみじみとアリーヤを上から下まで見つめるため、オーランドが何が言いたいのか直ぐにアリーヤには分かってしまった。
(誰も体重の事など言ってませんわ!)
「常々思っていたのですが、お兄様はどうしてそれ程に嫌味でデリカシーが無いただの女好きなナルシストなのにおもてになるのかしら?」
「ああ、残念な美人と名高いアリーヤよ、理由はひとつだ!『私』だからに決まっている!それからアリーヤ、私はただの女好きでは無い。麗しのご令嬢の奴隷だ!」
言い方を変えただけだろうと思うも、こんな事にいちいち構っていたらキリがない。それから自分は残念な美人で名高くはない。名誉の為に心の中で反論しておく。ミリーがそれを悟り小さく笑い
「ですが、お嬢様の言う通り、私も今日はいつもと違い何となく気分が良いです。お揃いですね。」
と優しく微笑む。持つべきものはナルシストで嫌味な兄ではなく、姉のように優しいミリーだとしみじみ思う。
「分かった、分かった。麗しのご令嬢二人の笑顔が見れただけでも良しとしよう……」




