20 オーランドサイド
★オーランドサイド
時間は少し溯る。
オーランドはリリアーナとの茶会のあと、先触れを出しそのまま馬車でとある屋敷へと向かっていた。
「君ねぇ、もっと早く先触れ出せなかったのかい?」
金に近い薄い茶髪に、髪と同じ茶色の優しい瞳を持つ少し童顔な人畜無害そうな青年は、アレン・ルーク・ロイヤル。王家傍系の子爵家で王位からは遠い立場にあるが、王位継承権の意味を持つミドルネームの「ルーク」を持っている。
少し前の代までは伯爵だったが、当時の王が王子をロイヤル家の庭で遊ばせ、王子が転び怪我をした。そして庭の手入れを怠った罰としてロイヤル家は子爵家になった。
実際は当時の国王夫妻が王子に命じた自作自演だとか。要は王家の脅威と見なされた為、難癖つけて降爵させたのだ。なんとも身勝手な話だが、暗殺をし向けられるよりは、ロイヤル家としても良かったのかもしれない。
『納税が減り、逆に領が潤った。当時の当主の日記にはそう書いてあったよ』
と言う言葉は今も記憶にずっと残っている。ロイヤル家は昔から宮廷の政治には積極的に関わらず、欲も無く領民を第一に考えている。
「悪いとは思っているさ。だがお前にしか頼めないからな」
「それ、少しも悪くないと思っている人の言い方じゃないか。これだから公爵令息は……まぁ、いいよ。入って」
何より俺の事を唯一知っている頼りになる友人だ。
* * *
「ハロルド・ドーソン伯爵を?」
「そうだ。彼の事が知りたい。」
「知る程の事も無いでしょ?代々王家からの信頼は厚く、どのドーソン伯爵も欲はなくただ王家に実直に仕える人格者だ。当代の伯爵はその中でも指折りと聞いてるよ。」
オーランドとアレンは、アレンの部屋で酒を飲みつつ話し合う。アレンらしい上品で優しく大らかな温かみを感じる部屋だ。
レオナルドも最初はそう思っていた。何事も真面目にこつこつと仕事しをし、夜会で顔を合わせても「女好きでナルシスト」な自分にも嫌な顔をせず、かと言って公爵家に取り入ろうと言う野心も無い。良い意味で貴族らしくない彼は逆に印象に残った。
だが、リリアーナを見て思った。
「本当の人格者なら、あの阿婆擦れをなぜ馬小屋に閉じ込めておかない?」
「阿婆擦れって……リリアーナ嬢の事かい?」
「名前を聞くのも嫌だが、ソレだ。平民の子供の方がよっぽど礼儀がなっている。そんな女を人格者で有名な『あのドーソン伯爵』が王宮に連れてくるか?まぁ、馬小屋では一緒になる馬が可哀想だが」
「馬が可哀想」などとは「相変わらず」口が悪い。オーランドは正義感は強いが苛辣だ。女性に甘いキザな美男子が「こんなの」だと知ったらアリーヤはどう思うのか。アレンは小さくため息を漏らす。
「流石に馬小屋はないけど……確かに。言われてみれば……」
「その上、俺しか知らない事を知っていた」
「オーランドしか?」
オーランドはアリーヤが倒れた時の話をする。完璧に姿を消したのに、ドーソン伯爵だけが倒れた事を知っていた。養父母から強力な魔法を使うなと言われたあの日から、オーランドは弱い魔法でもアリーヤを守れるよう創意工夫し鍛錬し技術を培ってきた。
「俺は驕る事なく真実、自分を世界二位の魔法使いだと思っている」
「一位じゃないのかい?」
「当然だ。一位はアリーヤの笑顔に決まっている。アリーヤの笑顔は至高の魔法だ。その為なら俺はなんでもするからな」
「僕は今、アリーヤ嬢が優しく純粋で善良な女性である事に心から感謝してるよ」
それにしても、アレンはオーランドの実力を知っている。億が一に見られていた可能性を考え、一応アリーヤを連れていた時の魔法を見せてもらったが、完璧に姿は見えなかった。
あまりの素晴らしさに感動し、アレンはこれが普通の魔法で出来るなら自分にも出来るかも知れないと原理を聞いた。が、超絶技巧すぎるそれにオーランド以外にできる人間はいない、とアレンがショックを受けたのは別の話だ。
「話を戻すけど、ここまで巧妙なら余程の人間でなければまず気付くことは無いね」
「なら伯爵がその『余程の人間』か」
「或いは独自の情報網を持っている、と言う事だね」
「一番はアリーヤに影をつける事だが……」
護衛や監視の為にリュクソン家や王家が、もしくは欲深い人間が次期王太子妃の座を狙い、アリーヤ暗殺(そんな事はさせないが)を目論み影を送り込むなら話は分かる。
しかしドーソン伯爵家がアリーヤに影をつける意図が不明だ。野心のない人格者の彼がなぜアリーヤを監視する。何を考えているのか読めないから不気味だとオーランドは焦る。
「それに……あの宝石も気になる」
「宝石?」
「ああ。見た事もない気持ちの悪い緑の宝石だ。隣国産らしいが、俺はこれでも『リュクソン公爵家嫡男』だ。それなりの情報網は持っているがそんな話は聞いた事がない。伯爵に阿婆擦れが付けていた。いや…あと童貞も」
「童貞って……」
アレンはオーランドが誰を指しているのか一瞬でわかってしまい、額に手を当てる。貴族は閨の授業を受けはするものの、女性は勿論、男性も基本は結婚まで性交渉はしない。理由は簡単だ。外で子供が出来ないようにする為。
そして殆どの貴族は、幼少期から婚約者がいる。つまり、殆どの男性貴族も童貞なのだ。
まぁ、あくまでそれは建前で、女性は処女性を求められるが、実際は男性は多少の経験をすべしと言うのが認識で、ゆえにオーランドのような人間がいるわけだが。
「伯爵が阿婆擦れを通して渡したらしい。彼が危険性を知っているかは不明だが、伯爵の性格なら、二人を諫め婚約者を大切にしろと言うはずだ。大体阿呆すぎて傀儡にすらなれない童貞の機嫌を取って何の得がある!?」
「君ねぇ……」
「ハッ、事実だ。しかも勅命まで出して俺のアリーヤと婚約しておきながら……!クソガキ有責で婚約破棄は次期公爵の決定事項だ」
童貞とクソガキどちらが幾分マシなのか分からないが、これ程の暴言を吐いているのに、オーランドが口にすると気品が溢れて見えるから社交界一の美丈夫は伊達じゃない。しかし今日は一段と機嫌が悪いなとアレンは思う。
(アリーヤ嬢が倒れたからか……)
「それを一緒に調べて欲しいと?」
「『私はあの見た事もない隣国産の宝石がどうしても気になってしまったのだよ!ならば調べるしかあるまい!』」
オーランドはその場にすっくと立ち上がると、表の顔で俳優のように大きく身振り手振りを加えて朗々と話す。本当にこうして見ると同一人物なのだろうか。そして次の瞬間オーランドは表情をスっと変え
「……その中で、唯一の窓口であるドーソン伯爵領を調べる事になっても何ら不思議はない。そうだろう?」
とニヤリと甘く笑う。まるで悪魔の微笑みだ。




