11 オーランドサイド
★オーランドサイド
翌朝。
オーランドはアリーヤの部屋の前に立ち、中から漏れる微かな咳払いの音に眉をひそめた。昨夜よりは落ち着いた魔力の流れを感じるものの、気持ち悪い何か「淀み」とでも言おうか、それが完全に消えた訳ではないと直感した。寧ろその「淀み」がアリーヤの咳払いの音に絡みついているように思えてならない。
安らかな眠りを与えるために魔力で水を甘くしても、一時しのぎにしかならないのが悔やまれる。
(やはり、あの気持ち悪い何かは、この屋敷の中にも蔓延っているのか…)
王宮はもっとひどい。特にレオナルドとリリアーナが中心にいるあの場所は、淀みの巣窟だ。愛しいアリーヤをあんな場所に行かせるなど、本意ではない。無理にでも休ませるべきだ。
扉をノックしようとすると、ミリーの困ったような声が聞こえた。
「お嬢様、今日は休まれては…?」
「いいえ、ミリー。仕事があるもの。お兄様が負担を軽くしてくれてるとは言え、殿下が執務をしない限り私にしか回せないものもあるわ。私が滞らせたら、王室の信用に関わるもの。休む訳にはいかないの」
アリーヤの頑なな声に、オーランドは小さくため息をつく。彼女のその生真面目さは、愛おしいが、同時に危うい。
(あの男がきちんと仕事をしていればアリーヤは休めたのだ…!)
オーランドは自分の無力さにたまらず顔を歪める。
けれど休めば、あの王太子とドーソン伯爵令嬢がここぞとばかりに何か仕掛けてくるだろう。
普段なら考え無しの童貞と阿婆擦れ二人に大それた事が出来るとも思えないが、なぜだか今の二人はアリーヤの立場を揺るがし、最終的には王太子妃の座を奪いにかかるだけの「何か」がある気がしてならない。そしてそうなれば、この国は終わる。
(勅命を出してまでアリーヤを婚約者に望んだくせに……!)
彼女自身も、それを悟っているからこそ、無理をしているのだ。アリーヤを蔑ろにする王家など放っておけば良いのに。
(しかし、だからこそ愛おしい…)
彼女が無理にでも王宮に行くのなら、自分が付き添い、その「淀み」から護る。そうすれば、気持ち悪いものが何なのか、より近くで探る機会にもなる。
オーランドはドアの前でいつもの軽薄な顔を作りわざとノックをしないで部屋に入る。
「やぁ、アリーヤ。なかなか朝食に顔を出さないから迎えに来てしまったよ。」
「お、お兄様!?ノックは!?」
「ちゃんと心の中でしたぞ。そしてお前は心の中で私に入室の許可をした。故に入ったまでだ。だから安心したまえ。何より女性はみな社交界一美丈夫な私が部屋に入ってくる事を望んでいるくらいだ。寧ろ感謝してくれても良いのだぞ?」
さぁ、「私」への怒りで少しは元気を出してくれるといいのだが…




