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第一話『魔女との契約』

 ようこそお越しくださいました。作者でございます。

 本作はベースとしてはラブロマンス……と申し上げておきます。けれど、作者という生き物は時に暴走するもの。と申しますか、私がちょっと頭をぶつけて【いっちゃってる】状態なものですから、ほんのり不穏な空気や、少し怖い場面が混じるかもしれません。ご容赦を。


 とはいえ、ご安心ください。ちゃんと甘い恋愛も描きます。胸を焦がすような、ときに切なく、ときに危うい愛の物語をお届けしたいと思っています。

 最後がどうなるかは……私にも分かりません(笑)。知らんけど。


 読んでくださる皆さまのお力が、物語を進める大きな原動力になります。

 どうか、ブックマークをぽちっと、そして感想をひとこといただけますと、作者が小躍りしながら続きを書くはずです。


 それでは、少し甘くて、ちょっと怖い恋の物語をどうぞお楽しみくださいませ。

 夜会の終わりは、必ず冷えを伴う。

 つい先ほどまで華やかな楽の音と笑い声に満ちていた広間は、いまや余韻を失い、片付けを始める楽士の靴音が乾いた響きを刻んでいた。

 床には羽飾りと花弁が散らばり、その甘やかな香りがむしろ虚しさを濃くする。

 燭台の光はまだ十分に明るいはずなのに、どこか陰りを帯びて見え、疲労ばかりを浮き彫りにしているようだった。


 私は壁際に立ち、ただ扇を動かしていた。癖のような仕草。口元には微笑をたたえていたが、それが作り物だと自分が一番よく知っている。

 人々の視線は若い娘たちへと集まり、花のように咲き誇る彼女らが舞台を飾っていた。艶やかなドレス、弾む笑い声、輝く瞳──そのすべてが場を支配している。


 私はただ、その輪の外で見つめるだけだ。

 ──今宵の主役は彼女たち。私ではない。

 それは当然のことだと分かっている。だが胸の奥で小さな針が刺さるように痛み、扇を持つ指先がわずかに震えた。


 思い出す。かつて私は社交界の花と呼ばれていた。

 誰もが振り返り、称賛の言葉を惜しまなかった。扇を一振りすれば視線を集め、微笑むだけで空気が変わる。あのころ、舞踏会の中心はいつも私だった。


 だが、あれから二十年。

 鏡に映る頬には、見慣れぬ細い皺が刻まれはじめ、一本、また一本と増えていく。

 いまも「美しい」と言ってくれる人はいる。

 けれどその言葉の奥に慰めの色が混じることに気づかないふりをするのは、もう難しい。

 若さという薄い絹をまとう娘たちと並べば、その差は残酷なほどに明らかだった。


 扇の陰で小さく息を吐き、心の中で呟く。

 ──私はもう、主役ではない。


 その現実を、広間に漂う冷気が突きつけていた。


 私の名はアリエット・ド・ヴァロワ。

 侯爵家に生まれ、かつては“社交界の花”と呼ばれた女だ。

 四十一歳になった今でも、鏡は私にある程度の美しさを映してくれる。けれど若き日の輝きは失われ、かつてのように人々の視線を集めることはない。私はそれを理解しているし、受け入れようとしている。──けれど、心が追いつかない夜もある。


 広間の扉が音を立てて開いた。

 冷たい夜気が流れ込み、次の瞬間、人々のざわめきが波のように広がった。


 青の外套に、月光を思わせる銀糸の刺繍。

 レオン王子が姿を現したその瞬間、場の空気は一変した。

 彼の歩みに合わせて、音楽がまだ鳴っているかのように周囲が整い、人々の視線は一斉に彼へと引き寄せられる。


 ──レオン・ド・ソレイユ。二十歳。現国王のひとり息子にして、未来の王。

 その名は国中に響き渡っている。

 聡明で、礼を重んじ、剣の腕もたしなむと噂される青年。けれど何より、彼の瞳が人を惹きつける。淡い青に光を宿し、見る者に清冽さと安心を与える不思議な色。


 娘たちはその瞳に夢を見て、微笑み、頬を染めて視線を送る。父や母たちは誇らしげに見守り、彼の存在そのものが未来への希望のように広間を満たしていた。


 私は壁際に立ちながら、その光景を見ていた。胸がきゅうと縮む。

 その瞳の色が、どこか懐かしいと感じたからだ。


 ──あの人と、同じ。


 若き日のオーギュスト王太子。かつて彼と私は、短いけれど濃密なひとときを共に過ごした。人目を忍ぶ秘密の恋だった。

 彼の横顔、笑ったときの皺、囁き声。そのすべてが鮮明に甦る。


 そして、あの頃の記憶には赤子のレオンもいた。

 眠りにつけない夜、私はよく彼を抱き上げ、揺り籠の代わりに腕であやした。

 小さな体の温かさ。握り返してくる指の力。頬をくすぐる吐息。

 愛しい人の子を抱くことが、私にとっては幸福であり、同時に手放さねばならぬ運命の象徴でもあった。


 あれから二十年余り。

 その赤子が、今は堂々とした青年となり、人々の憧憬を一身に集めている。


 私は息を呑んだ。目の奥が熱くなり、扇を持つ手が汗ばむ。

 心臓が速く打ち、胸が落ち着かない。

 あまりにも美しい。あまりにも遠い。

 彼の姿は、私の過去と現在を同時に突きつけてくる。


 声をかけようとしても、唇が乾き、音が出ない。喉が張りつき、ただ苦い息だけが洩れる。

 もし名を呼んでしまえば、この胸に渦巻く想いが溢れ出してしまうのではないか。

 足を一歩踏み出す勇気が出ず、ただ立ち尽くす。


 そこへ、若い娘がひとり進み出て、王子の腕を取った。

 舞曲が再び奏でられ、二人の姿が軽やかに回転する。白いドレスが広がり、彼の青と交わる。


 人々の笑い声が再び満ち、拍手が響く。

 私は壁際に押しやられたまま、その眩しさを見つめるしかなかった。

 胸に重石を抱えたように息が苦しく、扇の中で指先が冷たくなっていた。


 ──私は、声をかけられない。

 その事実が、何より痛烈に私を突き刺していた。


 夜会が終わり、人々のざわめきも消えていった。私は人目を避けるように廊下を歩き、自室へと戻った。

 ドレスの裾が床を擦る音が、やけに大きく響く。背筋を伸ばそうとすればするほど、肩は重く、胸は締めつけられるように痛んだ。


 部屋に入ると、燭台の火が静かに揺れ、姿見の前に影を作っていた。

 私は椅子に腰を下ろし、膝に扇を置いたまま深く息を吐く。

 鏡に映るのは四十一歳の私。頬に刻まれた皺は化粧でも隠しきれず、目の下には夜更けの疲れが濃く落ちていた。


 指先で頬をなぞる。かつては絹のように滑らかだった肌が、今はかすかな凹凸を返してくる。その感触に心が沈み、唇の端が自然と下がってしまう。無理に笑顔を作ってみたが、鏡の中の女はただ疲れ果てた表情を返すばかりだった。


 そのとき、蝋燭の炎が不意に大きく揺らめいた。影が広がり、鏡面が水のように波打ったように見えた。私は思わず息を止める。


 ──そこに、若き日の私がいた。

 二十歳のころ、まだ何も恐れず、社交界を華やかに歩いていた頃の私が、鏡の向こうから微笑んでいた。瞳は輝き、唇は艶やかに弧を描いている。


「……誰?」

 思わず声が洩れた。


 鏡の中の彼女──いや、何者かが、囁くように答えた。

「もう一度、若さを欲しいのでしょう」


 耳に届いた声は甘く、けれど底冷えするほど冷ややかだった。私の心臓が跳ねる。


「……若さを?」

「ええ。半日だけ。昼の鐘か、夜の鐘まで。その間だけ、あなたの時間を巻き戻してあげるわ」


 私は扇を握りしめ、唇を震わせながら問いかけた。

「代わりに……何を望むの」


 鏡の中の女は唇に笑みを浮かべ、低く囁いた。

「あなたの恋の物語を、毎夜、わたしに語ってほしい。それがわたしの糧。嘘は要らないわ。甘くても、苦くても、真実であれば十分」


 胸がざわついた。語るだけでいいというのか。だが、その語りがどれほど魂を削るものになるか、私には直感で分かってしまった。


「……もし、その約束を破ったら?」

「最初は鏡にひびが入るわ。でも……」


 鏡の向こうの若い私が、ゆっくりと首を傾け、艶やかに微笑んだ。

「ひびが入るのは、鏡だけじゃないわ。あなた自身も、よ」


 ぞくりと背筋に冷たいものが走った。


「怖いのね」

 彼女が言う。

 私は息を詰めたまま答えられない。

「でも、それ以上に望んでいるはずよ。あの瞳をもう一度、あなたのものにすることを」


 言葉にできない想いを、鏡はすべて見透かしているかのようだった。胸が苦しく、涙がこぼれそうになる。


「……本当に、できるの」

「もちろん。あなたが望めば」


 囁き声は花びらのように広がり、やがて不気味な笑いに変わった。

 花が散るように軽やかでありながら、底知れぬ暗さを孕んだ笑い声が、鏡の奥で反響し、私の心をぞくりと震わせた。

登場人物紹介

◆ アリエット・ド・ヴァロワ(41)


侯爵家令嬢。かつては“社交界の花”と呼ばれるほどの絶世の美女。

だが歳月は残酷で、今は皺や疲れを隠しきれず、若さをまとった娘たちの前では見劣りしてしまう。

心の奥では「もう自分は主役ではない」と知りながらも、王子レオンの姿に心を揺さぶられる。

魔女ノクスとの契約により若さを取り戻した時はサロメ・ルミエール”(外見20)と名乗り、再び社交界に舞い戻る。

二つの顔を持ち、王子の前に現れることで恋と罰の板挟みに苦しむことに。


◆ サロメ・ルミエール(仮名 外見20)


アリエットが魔女との契約で得る「若返った姿」。

名は“光”を意味し、舞踏会では謎めいた美女として一躍話題になる。

王子レオンはサロメに恋をするが、その裏にいるのが年上の貴婦人アリエットだとは知らない。


◆ レオン・ド・ソレイユ王子(20)


現国王の一子。聡明で礼節を重んじ、剣術も学ぶ未来の王。

社交界では憧れの的であり、若い娘たちから熱い視線を集めている。

アリエットがかつて愛した王オーギュストの息子で、赤子の頃にアリエットの腕に抱かれたことがある。

青年へと成長した今、サロメの美しさに惹かれ、同時に年長の貴婦人アリエットへも心を開く。


◆ オーギュスト・ド・ソレイユ国王(40代後半)


レオンの父であり現国王。

若き日にアリエットと密かに恋をした過去を持つ。

彼女を手放したことを心の奥で後悔しながらも、国と王位のために決断を下した。

アリエットにとっては、忘れられない最初の恋であり、彼の面影を息子のレオンに見出してしまう。


◆ ミラ・ド・グレン(19)


王子の婚約候補に推される伯爵令嬢。

純粋で優しく、誠実な娘。いわゆる「悪役令嬢」ではなく、むしろ真っ直ぐさがアリエットの心を苦しめる存在。

王子への思いは真摯で、物語が進むにつれアリエットとの対比として浮かび上がる。


◆ ノクス(Nox)


鏡に棲む魔女。

甘やかに、けれど冷酷に契約を囁く存在。

アリエットに「半日だけ若さを与える」代わりに、毎夜、恋の物語を語ることを求める。

契約を破れば「ひびが入るのは、鏡だけではない」と警告する。

その真意は不明だが、恋を糧に生きる存在であり、全てを見透かすような笑みを浮かべる。


◆ エリゼ


アリエットに仕える忠実な侍女。

長年彼女を支えてきたが、鏡の秘密に気づいてしまう可能性がある。

物語の中で“真実を守るか、暴くか”の葛藤を背負うことに。


◆ シャルル・ド・モンフォール


アリエットの兄で、家を継いだ現当主。

妹を心配しながらも、侯爵家の立場や家の存続を第一に考えて行動する。

時に厳しく、時に優しい、アリエットの良き相談相手。


◆ カトリーヌ夫人


かつてアリエットと社交界で美を競い合った女性。

今では年上の貴婦人として影響力を持ち、時折アリエットを皮肉る。

“老いと美”というテーマを際立たせる役割を果たす。

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