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お花畑は焼き払わねば我が身が危険

作者: あるる

 お約束通りの話の展開というものは、それはそれで安心感があり決して悪いものではありません。

 小説などの話であれば、エンディングは約束されているので気持ち良く読めるものです。


 最近流行りの高位貴族の令息が低位貴族の娘、または平民の娘を見初めて恋に落ちるのは浪漫があるでしょう。

 そしてその高位貴族の子息に婚約者がいて、婚約者を蔑ろにしたことで婚約者の怒りがお相手の女性に向くのも、最後には本来であれば被害者だった婚約者が婚約破棄されるのも、お約束ですわね。


 更には最近だと婚約者の女性こそが被害者で、婚約破棄の場で逆に断罪すると言うパターンもあるそうですわ。

 その場合、大抵高位貴族の令息による婚約者の罪は捏造で、冤罪により婚約者の令嬢を陥れようとして、それを察した令嬢側が冗談じゃないと全て冤罪であると証拠を揃えて逆に断罪を行うようになっているのです。

 そして、非常に悲しいことに婚約者を陥れようとする令息は何故か揃いも揃って考えが浅く、さもしく、ここまで来ると、色々世も末だと思うような男性ばかりなのが気になります。

 私の婚約者がこんな愚か者であったら、叩き切って差し上げるのに。


 今、目の前で繰り広げられている喜劇(ファルス)は一体どっちに転ぶのでしょうね。

 筆頭公爵家の茶会に参加するに相応しい、格好だけは見るからに高位貴族っぽい令息2人に、たしか男爵家に引き取られたとか言う庶子の令嬢が何やら吠えていますが…。

 あの令嬢が愛らしい、ねぇ…。まあ、人の好みはそれぞれなので興味ございませんが、娼婦のお姉さま方が一緒にするなと怒りそうなぐらい茶会という場に相応しくない華美なドレスな上、令息方に下品にしなだれかかってますのに。


 そもそも浮気をする男性と、嫉妬から男性の浮気相手に嫌がらせをする婚約者。どちらがより悪いのかと考えると、嫌がらせの内容にも依るとはいえ男性の方が圧倒的に悪いと思うのです。

 とはいえ、心身を損なうような嫌がらせは流石にダメですが、この学院に通う子女がそんなことをわざわざするのかと伺いたい。


 第一に高位貴族のご令嬢ですよ?

 扇子とカトラリー位しか持たせて貰えない華奢でか弱い、悪く言えば貧弱な方々です。

 しかも常にピンヒールで走ることも難しい。

 もっとも、走るのははしたないのでそもそも彼女たちは走りません。と言うよりドレスの重量と、その重量をどうやって支えているのかと聞きたいくらい細いヒールのせいで走れません。


 そんなご令嬢方が、どうやって平民育ちで軽装のワンピースにヒールのない靴で走り回るような俊敏な女性を捕まえて階段から落としたり、噴水に突っ込めるのかと、真面目に教えていただきたい。

 そんなことが可能だと思う令息方にはぜひ我が辺境伯家で取り入れられた男性方にコルセット、フル装備のドレス、そしてピンヒールをはいて優雅にワルツが踊れるようになるまで卒業が許されない特訓コースを体験していただかねばいけませんね。

 その上で彼らの言う行動が可能なのか、身をもって示して欲しいものですね。


「まあ、辺境伯領ではそんな素敵な訓練を取り入れていらっしゃいますのね」

「ええ、まあ…」


 うん?

 ふと気付き周りを見渡すと喜劇を始めていた令息(アホ)方と、それに囲われている令嬢が真っ青になっている。

 他の方々も令嬢方はにこにこと、令息方は若干引きつって…。


「あの、大変失礼ですが、私もしかして…」

「ええ、全部お声に出していらっしゃいましたわ。

 断罪と婚約破棄をはりきって始められた侯爵令息様は最初怒りに真っ赤になっていらっしゃいましたが、徐々に青くなられて今は燃え尽きたように真っ白ですわ。

 非常に面白い百面相を見られました。ありがとう存じます」

「いえ、むしろ場を乱してしまい…」

「そんなことございませんわ。

 そうですわ、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。わたくし公爵家の長女のミレニアと申しまして、あそこにいますとても残念な令息の片方を元婚約者に持つ者ですの。

 ずっと、ずっと、色々と思うところがございましたが、辺境伯令嬢様のお言葉に本当にスッキリしましたの!

 本当に男性方は身を慎め、(しと)やかに(たお)やかに在れと仰いますのに、何でもかんでも表情に出し、足を見せて走るのを(いとけな)くて愛らしいなどと相反する事ばかり仰いますから」

「本当ですわよねぇ…。

 お初にお目にかかります辺境伯令嬢様、私は伯爵家の次女でアマリアと申します。ミレニア様と同じく残念な元婚約者があちらにおりますの。

 私の家は我が国有数の商会を抱えておりますが、金に汚いですとか成金だと常々罵られていますのに、我が家の名前を勝手に使ってまるで強盗のように商会の品を無理矢理奪って行かれるので非常に困っていましたの」

「なんと…!ただの強盗より、むしろ関係があるだけに余計に質の悪い(タカ)りではございませんか!」

「そう思いますでしょう?挙句の果てに『貰ってやっているのだから感謝しろ』などと世迷言を仰いますのよ?」

「ご令嬢、元婚約者、との事ですから勿論全て起訴されて?」

「ええ、もちろんですわ!証拠は全て残していますもの!」

「わたくしも、わたくしの家の名でかなり横暴されていましたので、全て裁判所に届けてございますの。

 大体我が家に入り婿として迎えられる契約だったのに、何故わたくしを排して自分が公爵家を継げると思われたのか」

「やはり冤罪を犯そうなどとする令息は何故か知能が低くなるようなのですね。

 一体何が彼等を阿呆… 失礼、愚か、いや… もういいですか、馬鹿にさせるのでしょうね?」

「わたくしにもサッパリですわ。学業の成績は悪くなかったはずなのですけれど…」

「あ、重ね重ね失礼しました。私は辺境伯家の長女でコンスタンスと申します。

 お二人の事をミレニア様、アマリア様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「もちろん、喜んで。コンスタンス様、ぜひ辺境伯領のお話をお聞かせくださいませ」

「では、移動しませんか?

 我が家が新しく作ったカフェが近くにありまして、ケーキは自信作なのです。お口直しと一緒に、ぜひご意見いただけると嬉しいですわ」

「それは楽しみです。実は、甘いものは好きでして…」

「まあ、コンスタンス様、可愛らしい」

「では、早速参りましょう!」


 周りの観客となっていた人々、断罪を考えていた愚かな者たち全てを置き去りにして、美しい3人の令嬢はあくまでも優雅に話しながらそのまま去って行った。

 残されたのは、既に婚約が破棄されていたと知り、ついでに自分たちがやろうとしたことを正面から全否定され、木っ端みじんにすり下ろす勢いでいかに愚かなのか言われ、反論の余地も残らないくらいに真っ白に燃え尽きている令息2人と見た目だけは愛らしい令嬢もどきだった。

 令嬢もどきは自分と令息2人に対して嘲るような視線を向けられていることに気付くと、口汚く文句を言っていた。


 令嬢もどきが視線の多さにようやく気付き、顔色悪くなりつつ言葉に詰まるのを無数の無感情な視線が突き刺さる。

 文字通り無言の圧力だ。


 そこに一人の貴族の声が聞こえてくる。


「公爵家と国内有数の商会を持つ伯爵家の令嬢方が本気で排除したいなら家の力を使うだろうに」

「そうですわねぇ、自らの手を汚す必要なんてありませんわよね」

「つまり、あの3人は見逃されていただけだって事か」

「まあ、それも今日までなんだろうな」


 自分に関係ない、自業自得な者たちへの容赦も遠慮もない言葉は突き刺すように鋭い。

 貴族にとって矜持は大事だ。

 そして冤罪で他家の面子を潰そうとした身の程知らずは貴族にとって排除すべきゴミでしかない上、そもそも廃棄が確定しているような存在に遠慮などする訳もなく追い打ちをかけ、早く去れと無言の圧力をかける。

 ここは貴族たちの場所であり、貴族の筆頭である公爵家主催の茶会は令嬢もどきや愚か者が居ていい場所ではない。なのに追い出されないと言うことは、見せしめ、ということなのだろう。


「まあ、それよりも辺境伯令嬢のお美しかったこと!」

「あの方、あの美しさで剣の腕も並みの騎士では勝てないそうでしてよ!」

「素敵…!憧れてしまいますわ!」

「それにしても、令嬢の仰ってた特訓、良いことを聞きましたわ~」

「わたくしもそう思いましたの!我が家の弟は夏に是非その特訓をさせていただきたいですわ!」

「いいですわね、きっと申し込みが多いでしょうから王都でも特訓を開催していただけないかご相談しましょう?」

「そうですわね!さっそく帰宅したらお父様とお母様に申し上げてみますわ」


 そうしましょう!わたくしも!と賛成の声で盛り上がる令嬢方は我先にと帰って行き、令息方はみんな顔色が悪かった。

 彼等が想像するのは皆同じ、コルセットでぎゅうぎゅうに締められ、ドレスを着せられ、ピンヒールを履かされた己の姿だ。


 どうしてこうなった… そう気持ちが1つになった令息方の視線は1ヶ所に集中する。

 そう、お前たちが頭の悪い、余計なことをするからだ!!と。

 これだけ多くの家が賛同しているんだ、少なくとも数年は高位貴族も低位貴族も巻き込まれた訓練が実施されるだろう。

 そもそも現王妃陛下は、先ほどの公爵令嬢の叔母なのだから。国のトップから動かしにかかるのは想像に難くない。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 既に伝説と言われているお茶会から数か月、辺境伯家で行われているという訓練は王都でも開催されるようになっていた。

 王家主導、辺境伯家全面協力、更に必要なものは格安で用意するとこの国で最大の商会を持つ伯爵家が協力をし、公爵家までもが資金提供を行っている。


 最初の被害者… もとい、被験者は王宮の騎士、近衛騎士たち、そして王子殿下2人だった。

 見眼麗しく、実力もあり、家もしっかりしている、男女共に人気のある方々であるが、国王陛下より「上の者であるからこそ率先して見本とならねばならぬ」との一言により最初に訓練する事となった。

 国王陛下自身は現在腰を痛めているため治り次第ご自身も訓練に参加される、との宣言に騎士、そして王子殿下方は諦めの表情となった。なにより、国王陛下は何故か訓練に参加したそうであった。解せぬ。


 自分は第二王子殿下の側近も務めている護衛の一人で子爵家の三男だ。長兄、次兄は家のために、そして自分は幸いなことに剣に秀でていたので騎士の道を選び、その中で王子殿下の側近に抜擢された。

 貴族家の三男としては大成功の部類だろう、家族も喜んでくれていたし自分自身もそこで慢心しないようにと務めている。

 そんな充実した毎日の中、自分たちとまったく関係ないところで事件は起きた。


 高位の見目麗しい貴公子に、低位の美しい令嬢が見初められる浪漫は分からなくはないが、本当に高位の貴族や王族となると見初められた方も不幸になるのが分かっているだけにそんな夢は見れない…。

 正直、子爵家の自分が側近になれたのはあくまでも剣の腕を買っての護衛なのでまだ助かっているが、王子殿下の右腕となり執務も共に行っている同僚の苦労を見ると冷や汗ものだ。

 所作一つ見ても、散々王子殿下の護衛となってから訓練をしているが、段違いで優雅で無駄がない。

 流石侯爵家や伯爵家でも上位の方々だって、毎度感心しているし、勿論それだけでなく彼らは物凄い量の勉強をして豊富な知識を持っていて、それを執務に遺憾なく発揮している。近衛にあたる自分は言語だけは周辺3国の言語は学ばされているが、それは最も少ない方だと分かっている。

 王子殿下の婚約者のご令嬢なんて5ヶ国語を話され、読み書きなら8ヶ国語まで行けるらしいので、尊敬しかない。


 だから、真面目に分からないのだ、何故茶会や夜会などで自分の婚約者を婚約破棄など。

 しかもその理由付けのために冤罪をでっちあげるなどと、人としてどうかしていると思う。まして婚約者には淑やかさを求め、侍らせる令嬢にあどけなさを求めるのも良く分からないのだが、どうも同僚の話を聞くに一部の男にとっては「分かる」らしい。

 思わず「マジか?!」と言ってしまい、上司の隊長に叱責を受けてしまった…。そうであるならば、我々男が女性に対して求めている淑女らしさ、貞淑さとはどんなに厳しいものか体験してみよ、と言うのは正しいのかもしれない。


 準備等で特訓の話が来てから、開催まで10日ほど空いた。

 特訓初日は憎らしいほどの晴天だが、集められた男たちはみな一様に不安な顔をしている。


 近衛から1小隊10人、第一王子殿下とその側近5人、第二王子とその側近5人で計22人もの男性が一ヶ所に集められたのは王宮の一角にある中くらいのホールだった。

 小規模の茶会などが催されるそこに、我々と万全の準備をして待ち構えていた侍女たちだった。

 我々は有無を言わさぬ迫力の彼女たちに逆らうことなど出来るはずもなく、一人一人衝立の奥へと連れて行かれる。時折屈強なはずの近衛騎士たちのうめき声や助けを呼ぶ声と、侍女方の叱咤する声が恐ろしく、自分の順番が来るのを待っている間に疲弊してしまう。


 とうとう自分の順番になり、衝立の奥に行くとにこやかに微笑む侍女殿がいた。


「ダンリッチ子爵家のマーカス様ですわね」

「ああ」

「失礼ですが、早速下着姿になっていただけますでしょうか。

 あ、私どもは慣れておりますのでお気遣いなさらないでくださいませね」


 はあ、とため息をつくと用意された籠に騎士服を脱いで入れていく。


「これでいいだろうか?」

「はい、ではこちらに。

 さっそく、まずはボディラインを美しく見せるコルセットを着させていただきますね」


 そう言うと編み上げ上の下着を着せられ、背中の方で締めていく。まあ、この位なら、と思ったのも束の間、徐々に苦しくて立っていられなくなる。


「もっとしっかりお立ちくださいませ!」

「い、いや、だが… 苦しくて」

「では、そこの柱におつかまりくださいませ。

 ここからが本番なので!」

「えっ?!」

「さあ行きますわよ、息を吐き出して!」

「っか、っは…!!」


 既に窮屈どころではなく、苦しかったのに、まだ人の身体は締められると言うのか?!


「ま、まってくれ!これいじょうは…!!」

「そんな大きな声が出せるなら、まだまだ行けますわ!あと2センチ頑張りましょうね!

 さあ、行きますわよ。せーのっ!」

「かっ… はぁはぁ… く、くるし…」


 苦しさに涙が出る自分の耳に入ってきたのは容赦のないコメントだった。


「鍛えていらっしゃる方はどうしても体のラインが美しくなりませんわねぇ…」

「王子殿下方はてきどに筋肉がないのでまろみのあるラインが作れるので、やりがいがありますわね」

「とはいえマーカス様はまだ成長途中なので、先に着替え終えていらっしゃる近衛の方々より見栄えがするのでご安心なさって?」

「あ、ああ…」

「さあ、後はそんなに大変ではございませんわよ~」


 既に疲労困憊の自分は逆らう気力なんてあるはずもなく、大人しく今度は服を着せられていった。

 確かにコルセットの時のような苦しさはないが、こう精神が削られて行くような気がする。


「マーカス様は日には焼けていらっしゃいますが褐色と言うほどではないのでどんな色でも問題なさそうですわね」

「綺麗な赤髪でいらっしゃるので、やはり青か緑でしょうね」

「こちらのペリドットのような明るい緑のドレスはいかがでしょう?」

「まあ、素敵ですわ!デザインもスラッとされているマーカス様に似合うマーメイドですし、これにしましょう!」


 侍女たちに文字通り玩具にされているが、正直もう好きにしてくれと思っていたので抵抗はせず身を任せた。

 気付けばあれよあれよと化粧も施され、髪も巻いて結われていた。


「さあマーカス様、こちらの靴を履かれたら完成ですわ。

 今回は初回ですので、令嬢方の半分ほどのヒールしかございませんが、ピンヒールですのでバランスにはお気を付けくださいませね」


 そう言われて履いた靴は確かに気を付けないとよたついてしまった。しかし靴もまた苦しいような気がする。


「自分の準備感謝する。しかし、この靴は小さくないか?」

「いいえ、こちらはマーカス様が普段履かれている靴と合わせてつくってございます。

 ただし、私ども女性の靴は靴先が狭くなっておりますので窮屈に感じられるのかと思いますわ」

「そうか、承知した」

「淑女は足を痛めやすいので、靴擦れが出来た場合にはすぐ仰ってくださいまし」

「承知した」


 その後、案内された別のホールにはドレスアップされた男で溢れていた。言うまでもなく異様な情景だった。


「やあ、マーカスかい?」

「これは殿下も終わりましたか。そちらの令嬢… お前、もしやジェイムスか?」

「うう… もうやだ、僕」

「あ、いや、すまん!」

「ジェイムズは大分侍女たちに遊ばれたようでな…。

 と言っても、なにか下世話な事をされた訳じゃないんだが、甚く矜持が傷ついたようだ」

「確かに、一見するとけぶるような美少女ぶりだから」


 そうして、この後も地獄が続いた…。

 カーテシーってなんであんなに難易度高い挨拶を当たり前のように令嬢方に求めてきたんだ?

 ふらつくと叱られるし、姿勢が悪いと叩かれるし、体勢はひたすらに辛い。しかもどんなにしんどくても、疲れていても微笑を維持して本心を見せてはいけない。

 表情に関しては貴族の基本ではあるが、状況があるだろうがと言いたくなった。

 それよりも、身体的負担が段違いに軽い男性の挨拶があんなに楽なのに、女性にばかりこんな無理を強いるのは何故だ?!

 理不尽ではないか!!と思ったが、同時に今まで自分も気付かなかったことに恥じ入るばかりだった。


 そして徐々に、徐々に、足が…!!!

 しびれる、痛い、だが座ることもまして靴を脱ぐことなんて許されていない。この足でワルツを踊れとか、嘘だろ?

 周りを見渡すと、みんな顔色が悪くなっていたが、誰もキツイ、休ませて欲しいなどとは言えなかった。


 どれほどの時間が過ぎたのか、地獄の訓練は終わり、王宮内でそれぞれ休ませて貰っていた。

 胴も足も赤くなっていたが、侍女がマッサージをしてくれてようやく一息吐けたが、今週はずっとあの格好で過ごすのかと思うと憂鬱で仕方なかった。

 心から、令嬢、夫人方に尊敬と反省を表すので許して欲しい…。と、訴えても通ることは当たり前だがなかった。

 1週間後、自分は見事にワルツを踊れるようになり、ヒールも8センチに上がって足はまた死にかけた。

 そんな中、ジェイムズは日を追うごとに妖精のように可憐になって行った。

 あいつはあいつで大丈夫なのだろうか…うるんだ瞳が庇護欲を刺激するほどの美少女ぶりが怖い。


 そんな地獄の1週間を終え、自分たちは女性に対する気持ちは随分変わったと思う。同時に、女性たちが望まないならあんな過酷なものは徐々に廃した方が良いとも。

 どう考えてもあのコルセットと靴は体に悪いだろうと殿下と話したら、想像もしなかった話が出てきた。


 曰く、元々女性はその家の家長の持ち物で、特に見目好い令嬢を逃がさないようにあのような靴になったそうだ。

 より小さく、白く、華奢な女性が美しい…と。とは言っても、足を見せるのははしたないとされているので、結婚するまで知ることはないのだが。


 きっと今後阿鼻叫喚がこの国中に続いて行くのだろう。

 本当に、常識のない頭の中が花畑になってる奴らによる影響の大きさに怒りが再燃する。次はどんな面倒が起きるか分からないだけに、お花畑な奴らを見かけたら殲滅せねば。

 あいつらが何かやらかす前に徹底的に()()して、これ以上ご令嬢やご婦人方の怒りを買ってはいけない!!

 そう、参加者一同心は一つになった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 男性用特訓コースが開催されるようになってしばらくした、とある日。

 カフェでくつろぐ令嬢が3人、今日も楽しそうに会話に花を咲かせていた。


「ねえ、コンスタンス様。わたくし聞いてみたかったんですが、例の特訓ってどうして出来上がったんですの?」

「あ、私も気になっていましたの!」

「あー…実はですね、お恥ずかしい話なんですが我が弟がことの発端なんです」


 当時コンスタンスは10歳になり、デビュタントの準備として軍事訓練の合間に淑女教育の量が増えていた。

 訓練の途中に姉であるコンスタンスだけが抜けることに不満があった2歳下の次男デイビッドがある日コンスタンスを責めたのだった。


 王宮の夜会で行われるデビュタントの準備であるため、正装であるドレスを着てダンスやマナーを学ぶ姉は楽をしているように見えたのだろう。そして「姉上は奇麗なドレスを着て遊んでいるだけではないか!」と叫んだ。それが辺境伯夫人の耳に入り、激怒。

 凍り付くような笑顔で、そう言うならデイビッドも参加するようにと。

 ついでに女性騎士を馬鹿にしている男性騎士もまとめて面倒を見てあげましょう、との話になり誰も拒否をできなかった。


 そして、その特訓で真っ先に悲鳴を上げたのもギブアップしたいと泣いたのも男性騎士たちで、デイビッドは真っ青になりながらも耐えたが、その日の訓練が終わるなり母である辺境伯夫人と姉のコンスタンスに泣きながら土下座して自分がいかに考えなしの発言をしたか謝ったのだった。


「あんなに恐ろしい笑顔を見たのは後にも先にもございませんわ。

 私、母だけは敵にしないようにしようと心底思いましたの…。 あ、デビーはその後は立派な紳士になりましてよ」

「まあ、そんなことがございましたのね」

「わたくしたちのドレスは綺麗ですし、お金もかかっておりますが… これは紳士方の剣と同じですのにね」

「母曰く、戦闘衣装ですもの。分かりますわ」

「ミレニア様、コンスタンス様、そこで紳士方に夢を見させるのも淑女の役割ですわ」

「そうなんですが、正直申し上げると面倒ですわ…」

「わたくしの母上は、男性は手のひらで転がして愛でるものだと言ってましたわ」

「まあ!」


 楽し気にころころと笑う、見目麗しい令嬢方のそんな会話をしっかり周りは聞いていた。女性は流石は高位貴族の奥方、令嬢は美しいだけでなく強い、と憧れたとか。反対に男性は顔を青くして女性不信になりかけたとか。その後それを癒して包み込んでくれる懐の広い女性に出会えたとか、なんとか。


 こうして、この国の男性は色んな意味で再教育され、令嬢方の負担も徐々に軽減されて行った。

 同時に女性もまた男性の苦労も知るべき、と女性であっても嗜みとして剣や乗馬は基本教育に含まれるようになった。


 訓練を終えた男性の中には稀に、女装に目覚める方もいらっしゃったようだが、それはそれでと大らかに迎え入れられたそうな。なにせ、その当時の国王陛下は度々王妃陛下と男女服装を入れ替えて夜会に参加されていると、まことしやかに噂が流れていた。



 お花畑なお馬鹿さんたち以外に、幸せがあらんことを…。



読んでいただきありがとうございます。


5/15追記

多くの評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます!

とても嬉しく、今後も頑張りたいと思います。

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― 新着の感想 ―
ちょっと陛下ー!?腰は一度ヤっちゃうと完治とかありませんから!何度でも甦る不発弾と化しますから!!誰か全力で止めて差し上げてー!!! ──いやホント洒落にならんですからね...
>なにより、国王陛下は何故か訓練に参加したそうであった。解せぬ。 ①女装癖が実はあった。②奥さん大好き勢、妻のやることにはイエスマンどころか積極的に参加したい所存。③なぜに既に腰痛? そこを考えよう…
陛下…そういうことなら貴方訓練受けるまでも無いじゃないですか… 何ノリノリで参加しようとしてるんですか…
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