第29話:師匠
「はぁ! はぁぁ! はぁぁぁ!!」
硬い音がぶつかり、破片が飛び散る。エルスリリア様が凄く楽しそうに剣を振るう。
「流石です! 惚れるような剣捌きですね!!」
「ありがとうございます。 姫殿下に言われるとやる気が出てきますね」
「それはいい! 是非とも全力見せていただきたい!」
「でしたら、ご自身の力で引き出して見せて下さい。底は見せてませんので!」
「そうですか! では……『——限界超越!!』」
「——!?」
エルスリリア様が魔力を解放する、その身体がブレたかと思うと残像を残して俺の背面から攻撃が飛んで来る。
「その攻撃は流石に読めますよ!」
あの技の自慢は高速移動だし、背後を取るとしたら剣を握ってない方の胴体だ、そうなると回避も防御もしやすくなる。
「んなぁぁぁぁぁ!?」
声が移動しながら聞こえる、実戦経験が薄いのかバレバレである。
「それと、その技は背後を取るよりも直線に使った方がいいですよ!」
集中が途切れた瞬間を狙い、こちらも一瞬だけ限界超越を発動する。
(最近使う事が増えたから、調整が出来るようになってきたな……)
「へっ? きゃあ!?」
この打ち合いで初めての攻勢に出る、剣を弾いてがら空きの胴に寸止めをする。それに驚いたエルスリリア様が滑って転びそうになる倒れそうな所を、手を取って引き寄せる。
「姫様、大丈夫でしたか?」
「え、えぇ……大丈夫です……」
(ちょっと、不躾だったかな? でも倒れられても面倒だし……)
半歩下がると、いそいそと身だしなみを整えるエルスリリア様。顔を赤くしていて近すぎたかなと反省する。
「「「「じぃーーーーーっ!!」」」」
その声と共に気配が現れる、打ち合いをしていたからじゃない。本当にそこに現れたのだ。
「「「「じぃーーーーーっ!!」」」」
「んなぁ!?」
気配と視線に気付いたエルスリリア様が目を丸くして驚く。いやぁ、あの驚き顔にも慣れて来たな。
「いやはや、まさかこんな所でエルスリリアを受けれてくれそうな人が見つかるとはな」
「お兄様が出来るのですか?」
「ロルティリア様、この場合は〝お義兄様〟ですよ」
「まさか、私達に欲情しない〝旦那様〟はそちらが好みでしたか……」
エルメガリオス様、ロルティリアちゃん、ルルカさんと先程部屋でたくし上げしてきたメイドさんの片割れが居た。
「どうも、欲情されないメイドのルルナです、どうぞお見知りおきを」
「欲情されない? ホウショウ殿、流石に手が早すぎる気が……」
「違いますよ!? というかそもそもここに来たのは治療もありますが、俺達の新婚旅行みたいなものですよね! 堂々と一夜の過ちをしたみたいに言わないで下さい!!」
「そうだったね、すまないすまない。それで、早速エルスリリアと訓練をしてるとは……手が早いというか、英雄気質というか……」
「ちがいますよ!?」
「そうです父上! 私がそんな簡単に絆されるなど、ありえません!!」
「ですが、楽しそうにぶつけ合ってましたよね?」
「汗が飛び吐息が交わり、嬌声と歓喜の声が飛び交う。あぁ、なんという淫靡な空間っ!!」
「きょうせい? いんび? お姉様、それは一体?」
「こおらぁルルカ!! ティリアが変な言葉覚えちゃうじゃないですか!!」
そして始まる追いかけっこ、見慣れた光景っぽいし放っておこう。
「色々と訂正したい所はありますが……エルメガリオス様はどうしてここに?」
「ロルティリアが剣を習うと聞いてね、今日はもう仕事は無いし折角だからと……邪魔だったかい?」
「いえ、大丈夫ですよ。ロルティリアちゃんもやる気十分のようですし始めましょうか」
「あぁ、頼んだよ。ロルティリア、ホウショウ殿の言う事を聞いて頑張りなさい」
「はい!」
ドレスから動きやすい服に着替えたロルティリアちゃんにまずは30cmくらいの細い枝を手渡す。
「まずは、この枝から頑張ろうか」
「えっ……」
俺がにこやかに言うと、表情を曇らせる。最初から木剣とかが振れると思っていたらしい。
「ロルティリアちゃん、枝と思って甘く見ないでね……」
空間収納から細い薪を取り出し、土魔法で土台を作りそこに突き刺す。
(確認したい事もあるし。それに〝薪斬り〟はインパクトが凄いんだよな)
「——すぅ…………はあっ!」
〝魔力を込めた枝〟で薪を斜めに両断する。
「ふぅ……こんな感じかな? あれっ? ロルティリアちゃん? ロルティリアちゃーん?」
振り返るとロルティリアちゃんが口を開けて放心している。俺の言葉が耳に入って行かないみたいで、切れた薪と手の内にある枝を見比べる。
「いやはや……凄まじいな。まさかその様な細枝で薪を斬るとは……」
「種も仕掛けもあるけど、エルスリリア様も練習すれば、これくらいは出来ますよ」
俺がそう言うと、エルスリリア様は笑い出す。
「わが師と同じ事を言うのだな、わが師も枝で薪を斬る事が出来たからな」
「やっぱりですか。失礼を承知で聞きたいんですが、師匠とは何年前に?」
「そうだな……20年ほど前だ。幼かった私は、剣術講師で呼ばれた師匠の剣に魅せられてな。5年と言う瞬きの様な時間だったが剣を鍛えてくれたよ」
ふむ、エルフの国を出たのが15年前か……俺と会ったのが10年前って事はその前だったのか。
「だが15年ほど前に行くとこがあるからと言って、慌てるように国を出てしまったんだ、その後は数年聖王国で活動をしていたと〝ラディリオン〟から聞いてるよ」
エルメガリオス様が懐かしそうに言う。それよりも俺はラディリオンと言う名前に首を捻っていた……。
(ラディリオン、ラディリオン……どっかで聞いた覚えがあるような……)
「おや、もしかしてラディリオンは名乗って居なかったのかい? 君達の、聖王都のギルドマスターだよ」
「あー、思い出しました……。普段から〝ギルマス〟呼びしてるんですっかり忘れてました」
確か、最初にギルドに行った時に、なんか特別に面接をされて、そこで名乗られたんだった……。
「なんだか可哀想だから、偶には名前で呼んであげてくれ……」
エルメガリオス様が苦笑いをする、あまり見せない苦笑いにほんの偶にギルマスの事を名前で呼んであげても良いかと思った。
「まさかとは思ったが、ホウショウ殿と同じ師だとはな」
「そうですね、そうなるとエルスリリア様は姉弟子になりますね」
「そうだな。よし、折角だし私はホウショウと呼ぼう、ホウショウも私の事は名前で呼ぶがいい、同じ師を持つ者同士仲よくしようではないか」
そうして右手を出される、一応確認でエルメガリオス様の方を見るとにこやかに頷いていた。
「わかりました、エルスリリア。これからよろしくお願いします」
「うーん、折角なら。堅苦しい感じを消す様に砕けた喋り方をした方が良いんじゃないかな?」
頷いていたエルメガリオス様が笑いながら提案をする、流石にそれは不味いのでは?
「そうだな、よろしく頼むホウショウ」
(なんか断れない雰囲気だな……仕方ない)
こんな時にブッ込んでくれるメイドは、真面目にお茶の準備をしてるし……。
「わかったよ、エルスリリア。これからよろしく頼む」
降参とばかりに握手を返すと、満足げな顔をする。
「はっ!! すごいですホウショウ師匠!」
放心状態だったロルティリアちゃんが帰って来た、そして目を輝かせたロルティリアちゃんの師匠呼びが始まった。




