第15話:エルヴィール伯
居ずまいを正して皆に向かう、机の上にはいくつかの書状が置かれている。
「さて、揃ったところで始めよう。がホウショウ殿、貴殿の爵位についてだが……。その前に君の養父であるエルヴィール男爵より話があるそうだ」
第二王子様がエルヴィール男爵へ視線を促す、エルヴィール男爵は積まれた書類の内から数枚の束を取り出してこちらへ渡す。
「この後も色々あるので端的に話すぞ。ホウショウ、君にエルヴィール家の家督を譲る。これはここに居る全員が納得しての事だ」
「ちょっと待って下さい!? 養父の手続きしたのは今日でしたよね、何でそんな話になってるのですか!?」
「何、ワシも歳だ。面倒な家督云々を任せて早々に田舎で馬らの育成に集中したんいんじゃよ」
その顔には貴族の面倒事に疲れたと顔に書いてあるように見える。
「それに、父上とエルヴィール男爵の間柄で話していたらしいのだが。父上が亡くなる前に跡継ぎを決めない場合。元々直轄地だった領地は国に返還。そして再度、国の直轄領として元エルヴィール領として管理するって話だったんだ」
アグラカルド様が補足を入れてくれる、確か元々エルヴィール男爵領は国王の気まぐれで領地としてあげてたのか……。
「そんな。それじゃあ、セレフィーネはどうするつもりだったんですか?」
「そうだな、その前にあの子の婿を決めるつもりだったし。もし決まらなくても頭のいい子だ、あの子は貴族ではなくても商人として生きていけただろう。それに、まだまだくたばるつもりもないし、アメラドレクの方が長生きすると思ってたんじゃがな……」
「という事で、本日はエルヴィール男爵に領地と爵位を、返還するかの確認を取る予定〝だった〟」
そう言って、アグラカルド様が俺を見る。
「そこで幸いにも君が現れた、そしてエルヴィール男爵は『養子が出来た! 諸々全部養子に継がせると』宣言してくれてな。正直ホッとした部分もあれば驚いた所もあったよ」
「という事で、俺がホウショウ殿が男爵を相続する事を許可したんだ。ホウショウ殿は信頼できる〝漢〟だからな!」
ドヤ顔で宣言するアドクレイド様。
「えっと……俺の意志は? あっ、はい……無いですよねぇ……」
丸く収まりそうだった所に俺の意志は通らず、将来男爵を継ぐ予定だった所から。今日男爵を継ぐ事になってしまった……。
「ん? なんて顔をしてる? これは前提の話だぞホウショウ殿」
先程のいたずら少年の様な顔を向け笑うアドクレイド様。
「ここからは、王家による貴殿への〝褒賞〟の話だ」
「えっ、でも男爵位と領地の保証をしてもらったんですが……」
「それは、父上とエルヴィール男爵との約束でそこに〝ホウショウ殿自身〟は関係無いだろう?」
「だから我々が貴殿に与える爵位は〝辺境伯〟だ」
「……へっ?」
辺境伯って……良くわからないけど、指折りで数えてみよう。男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵……。
「上から2番目ですか!?」
ちょっと混乱し過ぎて変な答え方になった。なんだよ上からに2番目って……。
「っぷぷ……た、確かに……上から2番目だな……」
「こら、アグラカルド……そんな笑っては駄目だろ……」
皆が笑いをこらえている間に混乱から戻って来た。いや普通に考えて子爵くらいだと思ってたのに……。
「ちょっと待ってください。どうして俺が辺境伯に!?」
「くくっ……説明は私からしよう。ホウショウ、君は元々伯爵位の予定だったんだけど、グリオール子爵から暗殺者を向けられた事。カラッサ及び周辺の町村でホウショウを騙る迷惑者が居た事、その者を捕まえ被害の拡大を防いだ事に踏まえ。君はエルヴィール領を受け継ぐことになった。ならばいっその事、その周辺の領地を統括してもらう為に、辺境伯まで押し上げてしまえば良いという話になったんだ」
困惑する俺に、ギルドマスターが丁寧に説明してくれる。
「ちなみに、これは王になる俺からの命だ。受け取らないという選択肢は無いぞ?」
ニヤリと笑うアドクレイド様、これはもう断れる雰囲気じゃない……。
「領地が嫌か? だったら爵位をもうひとつ上げて私達の親族から嫁の追加一人でもするか?」
アグラカルド様がしれっと言う、嫁増やす増やさないの話を、奥さん達とした数時間後に、嫁一人増えましたなんて何のギャグだろう……。
「はい、辺境伯の爵位謹んでお受けいたします!」
「なんだつまらん、貴殿程の実力者ならば我が娘も喜ぶというのに」
イブキ公爵がつまらなそうに言う、ここに居たのはそういう事か!!
「さ、流石に……これ以上お嫁さんを増やすのは……」
「そうか……つまらんのぅ……」
本当に残念そうにしないでくれ……というか、これだけの事をするって何かしら裏がありそうな……。
「ふむ、気付いたか……兄上より聡くて嬉しいぞ」
アグラカルド様が黒い笑みを浮かべる、どうやら近隣の自由連合国からギルド経由で俺の身柄引き渡しの要求が来ているそうだ。
「金等級で、元ギルドから逃げ出した実力者を倒した男だからね。自由連合国の議会は、連合の内から小国の姫でも娶らせて自分の支配下に置きたいんだよ」
「流石に我が国で相応の爵位を持たせれば断れるからな。貴殿には悪いがこの国には居てもらわねば、民からの信用が薄れて困る」
国王が殺された事、貴族の約半分が国に反意を示し、その粛清が行なわれた……。確かに、字面だけで見ると民衆からそっぽ向かれそうだ。
「そこで、アメラドレク様を殺めた奴を誅し、地方でその名を騙っていた悪者を罰した正義の味方が必要って事ですか?」
「まぁ、身も蓋もない言い方をしてしまうとそういう事だ。貴殿は既に民衆より〝英雄〟と呼ばれているからね。そんな君を正当に……いや、過大に評価する事で落とした信用を上げようという話さ」
どうやら俺が想像してたよりも国内がガタガタになっている様だ。
「という事で、貴殿は今日よりエルヴィール辺境伯となる。頑張ってくれ、それと国葬後に、今回の件での褒賞の儀を執り行う、その際には奥方を一人連れて来る決まりとなっているが……誰にするのだ?」
アドクレイド様が言う、なんか面倒な事になっちゃったな……。
「そうですね……考えさせてもらっても良いですか? 因みに4人共は?」
「咎めはしないが、妾が居る貴族も連れて来るのは基本一人だぞ?」
「そうなんですか……ちょっと家に帰って皆で相談してきます」
「わかった。もし必要であれば俺宛に手紙をくれ。事前告知してくれれば弟と共にどうにかしようと思う」
「ありがとうございます」
なんか、ひと悶着起きそうな気がしてならないな……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
◇???side◇
「はぁ……今回の件も失敗ですか……折角、兄上から上手い事任命権を移譲されるようにしたのに……」
私は今回の報告を見てため息をつく。あの目障りな猿を消すのに、搦手を使ったのだが、想像以上に伯爵の息子がバカだったようだ。
「——様、伯爵より息子の助命嘆願が来ております……」
「捨て置きなさい……と言いたい所だけど今見捨てるのは私に対して足がつく可能性があるわね……仕方ない。伯爵の子供を助ける為に手を回しますか……」
あまり好まないが、あの猿が貴族になる前に助けなければ……。
「全く忌々しい男め……」
これ以上増長されたら困る、どうにかして排除しなければ……。
「この方法を使いたくは無いけど……仕方ないわね……」
私は次の仕込みをしながら、仕事を行うのだった。




