第13話:罰と傷
カトレアと共に役所へ向かう、背負って行ったので道行く人達に結構見られたが、あまり悪い気分にはならなかった。
役所に入ると、三人が待っている部屋へ通される。
「旦那様、お待ちしておりましたわ」
「結局、その格好で来たのね? お姫様抱っこで来ればよかったのに」
「最初は抱えようと思ったんだけどね、カトレアは恥ずかしいみたいでさ」
「ちょ、やめてくださいホウショウ様、そんな詳らかにしないでも!」
顔の明るい三人と対称に、夫人……セレフィーネの顔は酷く強張っている。
「カトレア様……」
装飾の無い、無骨なナイフをテーブルの上に置くセレフィーネ、それを見たカトレアが怪訝な顔をする。
「これは、どういう事でしょうか? エルヴィール夫人」
「私なりの……償い……です。私は家との縁が切れたとはいえ、叔父のした事は取り消せません。そして、その蛮行によってカトレア様は女性としての尊厳を喪ってしまった……カトレア様が望むのであれば私も同じ傷を……っつ!?」
身を乗り出したカトレアが涙を流しながら、セレフィーネの頬を〝殴る〟もう一度言う〝殴ってる〟んだけど。
「ふざけた事言わないで!! この身体が……この傷が、どれだけ辛いと思ってるの!!」
「だったら! 私にも同じ苦しみを!!」
「だからよ! こんな苦しみは、妾になる私だけで十分! 貴女はホウショウの隣に正妻として立つんでしょ! それなのに子を成せない傷を負ってたら、ホウショウがなんて言われるか考えた事は無いの!?」
「……!!」
胸倉を掴んだカトレアが涙混じりの声で叫ぶ、事前に人避けと防音の魔道具を準備しといて良かったと思える程である。
「罪滅ぼしですって? そんなに私が憐れなのかしら!」
「ちが……私は……」
「だったら何!? 貴族の慈悲とでもいうつもり?」
「わたし……そんな……」
「ネモフィラさん、彼女の治療をお願い……」
セレフィーネを放したカトレアが奏さんへ治療のお願いをする、頷いた奏さんはセレフィーネ顔とカトレアの手を治す。
「貴女は自身を傷付ける事で責任を取りたいかもしれないけど。その安易な自己犠牲は、アナタとホウショウの価値を下げる事にしかならないのよ?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「それに、私はこの傷のお陰でホウショウと共に歩むことが出来たの。忌々しい傷だけど、同時に私を解き放ってくれた傷でもあるの」
そこで、俺を見て笑うカトレア。
「私達の旦那様は〝英雄〟と呼ばれちゃうくらいの凄い人よ? その内こんな傷直してくれちゃうわ」
そう言って泣いてるセレフィーネを抱きしめるカトレア、こればっかりは当事者同士で解決するしかないもんなぁ……。
◇◆◇◆
それからしばらくして場が収まったので、改めて話を進める。
「それじゃあ、セレフィーネが〝正妻〟で第一夫人、私とネモフィラとミモザが〝妾〟って事で。これ以上増えたら身分的に考えて正妻か妾で分けましょう」
「はい」「えぇ」「はーい」
三人が元気よく答える。いや、俺はもう増やすつもり無いんだけど……。
「なんか、ホウショウが「いや、俺はもう増やすつもり無いけど……」って顔してるけど無理でしょうねぇ……」
「ですわねぇ……」
「無理だよねぇ……」
「無理……だと思います……」
え、三人も同意なの!? というか俺の下半身そんなに信頼ないわけ?
「節操がないという訳ではありませんわ」
「そうそう、むしろ身持ち堅い方だと思うよ?」
「ウチの店以外で遊んでるって聞いた事無いしねぇ……」
「わ、私はよくわからないですけど……」
女性陣が口々にフォローしてくれる、当たり前にように思考が読まれてる気がするのけど。まぁ、うん……仮にも二人はお嫁さんだし、他の娼館行くより皆の所にお金落とした方が良いし……。
「あ、ありがとう……。いや、でも俺ってそんなに女誑しなの?」
「えぇ」「うん」「そうね」「はい」
即断言されました……。そんなつもり無いのに……。
「とりあえず、窓口もそろそろ終了ですので、書類の提出をいたしましょう」
カトレアが締め係員を呼ぶ、面倒だけど貴族用は専用の職員が居るのでそちらでないとややこしくなる。
「はい、記載事項は、こちらですべて問題ありません。これで皆様は書類上でも夫婦と決定いたしました」
職員の言葉に皆の顔が笑顔に変わる。これで、一歩前進?である。
「では、一度男爵様のお家へ向かいましょうか。男爵様にも報告をしないといけませんし」
「そうだね、その後は皆で夕食にでも行こうか」
俺の提案に喜ぶ皆、貴族用の出口から出て、馬車へ乗りエルヴィール男爵邸へ向かう、男爵家という事もあり役所からは遠いものの、皆が楽しそうに話しているのを見て微笑ましく思う。
そうして到着すると見慣れない馬車が邸宅に停まっていた。
「あの紋章は……」
「どうして、ここに……」
「マジか……」
凄く見覚えのある公爵家の紋章に俺達は唖然とする。まさか、なんで男爵家にこの人が?
「セレフィーネ、公爵様の来訪予定は?」
「ありませんわ、それに今日は男爵様もお城の方に呼ばれていて。まだ帰って来てないはずですわ。それに事前に来られるとわかっておりましたらホウショウ様にもご連絡をしていましたので……」
だとすると、益々ここに居る意味がわからない。
「それは、私が〝密命〟を受けてここに居るからだよ」
低く、渋いダンディーな声、でも聴き心地が良く癒される声が〝背後から〟聞こえた。
咄嗟に剣を呼び出し構える、全く気配を感じさせないその声の主に向けて視線を向ける。
「失礼した、相当の実力者故に、少し〝見てみたくなった〟のでね……」
振り返るとそこには、相変わらず若々しく、とても50手前には見えない壮年の男性が立っていた。
「イブキ公爵でしたか。大変、失礼いたしました……」
剣を収めつつ非礼を詫びる、
「いや、私こそ失礼した。流石、噂に違わぬ〝英雄〟殿だな。背後に居た私に気付いた後は皆を守れる位置へ動いて剣を抜き、私の一撃に反撃できる構えを取るとは……」
グリフィオル=イブキ公爵、一族代々魔の森の最前線で防衛線で総指揮官を拝命している家系、昔一度戦場で見た事がある位で直接話したり、声を聞いたのは初めてだ。
「未だ在野に、この様な原石が埋まっているとはな。エルヴィール殿が居なければ私が養子にしていたやもしれん」
ワクワクとした顔を見せる公爵、今の一瞬でわかった……。
(この人リオルと滅茶苦茶、気が合うんだ)
リオルが居る第三騎士団の後援者であるイブキ公爵、大半が拾い上げの騎士なので騎士団同士からは軽視されがちだが、実力は第一騎士団に並ぶほどである。
「それで、公爵様。どうしてここへ? 先程密命とおっしゃっておりましたが?」
「あぁ、日々世話になっているエルヴィール男爵家にお礼を言いに来たのだよ。だが、生憎男爵は城に居る様でな。暇を持て余していたので馬の世話をさせてもらっていたのだ」
自由人だなぁ……密命とやらはどこへ……。
「もう一つは、貴殿へこちらの封書を届けるようにと、アドクレイド様より密命を受けてな」
魔法信報の紙と、簡素な手紙を見せて来る。閉じてある、封蠟は王家のものだ。
「わかりました、ありがとうございます。今ここで開けても?」
「構わないさ、これから私はアドクレイド様と面会がある故な返信も預かろうと思う」
「すぐに返せるかは内容次第ですが。失礼して……」
封蝋を割り中身を読む、書いてある事は簡素に、これを読んだら城へ来て欲しいとの事だった。