第9話:宿屋と酒場と迷惑客
「いらっしゃーい。あらあら大人数だこと……」
「すみません、色々とあって。えっと、部屋はいくつ空いてます?」
「ごめんねぇ……2人部屋が4つしか無いのよ……」
そうなると俺、奏さん、恵さん、サリア、エルヴィール男爵、その他奴隷が7人で12人の団体様である俺達では部屋が足りない。
「部屋、足りないなぁ……」
「そうじゃのう……」
「あの、俺達は床でも良いので……」
「んだんだ」
今からもう一つの宿を探すのも結構面倒だし、既に何より日が落ちてるので殆どの中・高級宿が埋まっているのは目白である。
「ねえねえ旦那様、前に私達が使ってたベッドは?」
どうしようか考えていたら恵さんが提案してくる、そういえば買い替える前に使ってたベッドがあったな……。
「そういえばあれ処分してないや……そうしたらちょっと狭いかもしれないけど奏さんと恵さんとサリアが一緒に寝てくれれば、ベッドが2個空くね」
「私は構いませんわ」
「私も大丈夫」
「私も大丈夫にゃ」
三人が頷いてくれる。
「いいのかい?」
「はい、後の二人は……」
「そうしたら手狭だけど、一部屋にベッド3つ置けば4人が寝れない事は無いよ」
「えっと、君達はそれで大丈夫かい?」
奴隷の皆に確認をすると、屋根さえあればどこでも良いとの事だった。まぁ昨日も寝藁で寝てたからそれに比べたらマシか……。
「それじゃあ、先に支払いをしますね。いくらになります?」
「そうさねぇ……、馬車はあるのかい?」
「いえ、馬車は壁門で預けました。その代わり馬が4頭居ます」
「そうかい、それじゃあ風呂食事付きで金貨1枚といった所さね」
思ってたよりも安いな、馬の世話もあるしもう少し高いと思ってたけど……。
「わかりました、随分良心的ですね……」
「そうかい? まぁ、ウチは小奇麗にしてるけど古いからねぇ……あ、隙間風とかはないから安心しな。それと食事は向かいの酒場で頼むよ、風呂はどうするかい? 広めの風呂だから4~5人はまとめては入れるさね」
「そうですね。先に奴隷たち入らせてもらっても良いですか? 水浴びはしてるんですが風呂に入るのは久々なんで」
まぁ昨日色々と汚れ塗れになったから綺麗にしたんだけどね。それでもゆっくり入れる方が良いだろうし。
「そうなのかい? でも随分と綺麗じゃないか?」
「宿屋に泊まりますし、身綺麗にしといてもらわないと、断られちゃいますから」
「ははっ! 有難いねぇ……」
◇◆◇◆
お金を支払った後はベッドの移動を手伝う、少し手狭だがベッド3つで横幅が埋まるし丁度いい。
「しっかし、便利だねぇ……空間収納持ちは」
女将さんがまじまじと見て来る、ベッドも重い物なのだが空間収納で出し入れすれば細かな配置を除いてリフォームも簡単だ。
「さて、終わりっと……」
「ありがとねぇ、整えるのはこっちでやっちまうし。今の内に風呂か食事へ行ってておくれよ。あっ、立て札を男湯に変えるのを忘れんでおくれよ?」
「わかりました、お願いします」
女将さんに断りを入れて階下へ向かう、そこでは奴隷達が何故か土下座していた。
「兄貴! ありがとうございます!」
「こんなオラたちの為に、お手を煩わせてしまいすまねぇんだ」
「これからは、一生ついていきます!」
「悪魔かと思ったけど、アンタは天使様だ!」
やめて欲しいんだけど……戻って来た他の宿泊者さん達が変な目で見てるし……。
「あぁもう、良いから良いから。お前達、先に2組に分かれて風呂へ入って来て。問題は起こすなよ?」
「「「「「はいっ!!」」」」」
とは言っても、心配ではあるし……俺が付いてる方が良いのかな?
「ホウショウ殿、こちらは任せてくれ。お主は綺麗どころについて行って虫除けをすると良い」
「良いんですか?」
「あぁ、それにこ奴等も田舎とはいえ元は兵士だ。付いていてくれるなら変な事は起きんだろうに」
「うーん……心配ですが。奴隷紋もあるし、大丈夫そうですね……」
主人には危害を加えれないし、問題は無いと思いたい。
(まぁ、あのムキムキ爺さんのが兵士達より強いだけどね……)
「お前達、もし何かあれば向かいの酒場まで来てくれ。男爵を頼んだぞ」
「「「「「はい!!」」」」」
◇◆◇◆
とりあえず諸々心配だけど、酒場までは10メートルも離れてないし、魔力探知して怪しい動きをしてる人は居なかったし大丈夫だろう。
「さて、みんなお待たせ。夕食を食べに向かおうか」
「「はい」」「はいにゃ!」
酒場に入ると、想像してたよりも小奇麗で女性客も多い。酒場というよりレストランだなこれは。
「これなら大丈夫そうだね」
「そうですわね、街の様子を見るにもっと荒々しい所を想像してましたが良かったですわ」
「そうね、それにちらほら身なりの良い人も居るし」
「冒険者も上品な人が多いにゃ」
安全に食事が出来る事に安堵していると、受付の男性が話しかけて来た。
「いらっしゃいませ。本日はご予約等はありますでしょうか?」
「いえ、対面の宿屋に宿泊しているのですが、食事はこちらと言われまして」
「そうでしたか、お義母さんのお店の方ですね。ではこちらへ」
どうやら対面の宿屋とは家族経営みたいだ、それならぼったくられる事も無いだろう。
「ではこちらメニューになります。一応宿の方はメインの料理、こちらはお肉かお魚、どちらか一品とスープ、パンとなっておりまして。追加で頼む際と、お酒は別料金となります」
席に通されて渡されたメニューの値段を見ると、そこそこ良い値段がする。そして皆が値段に気を使ってか、目配せをして来る。
「すみません、メイン料理の量はどのくらいでしょうか?」
皆も気になってる様なので一応聞いておく。
「そうですね、男性冒険者でも満足していただける量となっております。女性の方は半分の金額と量でお出しする事もありますね」
よく見るとメニューの後半はハーフサイズと書かれた値段が落ち着いたものが書かれている。
(つまりは、結構大きいって事だよな? 安易に頼まなくて良かった……)
それから、とりあえず宿用の食事を持って来てもらい食べきると、皆が満足そうな顔をしていた。
(宿の値段安いし、食事は量が多いし。採算取れるのかな?)
そんな事を考えていると、何やら入り口の方が騒がしくなってる。
「噂に聞いた通りだな!」
「良い感じに女が多いぜ!!」
「ヒャッハー! お前ら金等級冒険者様のお通りだぜ!!」
声のした方を見るとやたら金ぴかの鎧を着た、見るからに〝成金〟といった風貌の若い男が店内へ入って来る。
「フハァン、冒険者が多い割には小奇麗じゃないか……かんっぺきな僕には相応しくないけど及第点をあげようじゃないかぁ!」
変に尻上がりの語尾が鬱陶しい。というか、皆ペコペコしてるけど誰なんだろう。
「ホ、ホウショウ様! あんなトコに一際いい女がいますぜ!!」
なんかチンピラっぽい下っ端がこっちを見て興奮している。というか俺の名前を出してるって、すっっっごい厄介事の予感。
「ん? はあぁぁぁぁん!!」
なんか国民的漫画の女好きコックの様に悶え始めた。あんな悶え方してる人初めて見た。
「おい、オッサン。この、〝英雄〟である金等級冒険者のホウショウ様に、そちらの女性を差し出せ!」
「保護者のオッサンはお呼びじゃねーんだよ!!」
なんか絵にかいたような下っ端2人が近寄って来て、俺の胸倉を掴む事は……出来なかった。
「へっ?」
(あーあ……知らないぞ……)
恵さんが切った事で宙を舞った手首が食べ終えた大皿の上に落ちる。切り口から血が溢れて無いのは奏さんが塞いだからだろう。
「おみゃーら。誰が何だって?」
俺の名前を出した事で、先程からずっとキレていた3人が立ち上がる。
「ななな!? なんだお前ら!!」
「表に出て下さい」
「「へっ?」」
「表に出て下さいと〝命令〟してるんです」
人って、怒ってる人が居ると冷静になれるんだなぁ……。
「すみません、ウチの嫁達が物凄く怒ってるんでいったん店の外に出ましょうか? ここだと迷惑になるので」
努めてにこやかに出口を指差す。これで食ってかかるようなら、強制退店してもらうしかない。
「お、お前ぇ!! ホウショウ様と知っての行動か!!」
取り巻きの最後の1人が食って掛かる。流石にそろそろ皆の我慢が限界だ。
「うん、知ってるからさ、早く出ろ」
「ふ、ふざけるなぁ!!」
もう仕方ないので、皆がキレる前に強制的に窓から退店していただいた。




