第6話:エルヴィール領へ/乙女の覚悟
話し合いの後、俺は爺やさんと共に出発の準備をしていた。
「うーん、あの二人がエルヴィール夫人と話があるって言ってたけど……何だろう?」
三人が話し合いをしている部屋の方を見ながら言うと、爺やさんが笑う。
「ホウショウ殿、乙女の秘密を詮索するのは厳禁ですぞ」
「そうですけど……二人の雰囲気がただならなかったし……」
「大丈夫ですよ、奥様も覚悟の上でお二人との会話の席に立っておりますから。さぁ、夜明けまでに出発の準備を」
「わかりました」
王城……アラテシア様への連絡はギルマスがしてくれることになったので、今大急ぎで動いている。
ちなみに以前の薬草採取の時と同様にサリアも同行してくれる事になった。これでまだ上手に馬へ乗れない奏さんと恵さんへのフォローが出来るのでエルヴィール領まで駿馬で行けるようになった。
「これで準備は完了です。ホウショウ殿こちらが奥様の手紙と今回の依頼書です」
受け取った書類を確認する、書類に不備はなくこれをエルヴィール男爵家へ見せれば自由に出入りできるそうだ。
「手紙の方は旦那様へお渡しください」
「わかりました」
「せんせー、お待たせしましたにゃ!」
旅装を終えたサリアが戻って来た、後は二人の話し合いが終われば家に戻って装備を整えるだけだ。
「お待たせー」
「お待たせしましたわ」
暫くして二人が屋敷から出てくる、後ろに居るエルヴィール夫人が恥ずかしそうにしてるがどうしたのだろう……。
「エルヴィール夫人、どうかされましたか?」
二人が無理難題でも言ったのか心配になって声を掛ける。すると、がばっと顔をあげてワタワタする。
「いいいいえ!? 何でもないですぅ!?」
あまりの慌てっぷりに驚いてしまった……本当に大丈夫なのだろうか?
「二人に、何かされませんでした? それか無理難題を言われたか……」
「い、いえ! そんな事は……そんな事は……まぁ、無理難題と言われてしまえば無理難題なのでしょうが……でもそれは私が決めた事で……(ブツブツ」
本当にどうしたのだろう……と、思考のループへハマって行ってるエルヴィール夫人を見て心配する。
「にゃあ……先生はいつもあんにゃんにゃのか?」
「えぇ、旦那様は〝いつも〟ああですわ」
「困っちゃうよねぇ……」
「はぁ、夫人も大変にゃあ……」
何の話をしてるのだろう……全く想像がつかない……。
「そういうサリアさんも」
「早くしないと席埋まっちゃいますわよ?」
「にゃにゃにゃ!? わ、私はそんにゃ!?」
「へぇ~」
「ふ~ん……」
こっちはこっちで、何か俺は蚊帳の外だ……。
「おやおや、出発前にしては空気が和やかだね」
ギルマスがやって来た、手には魔法信報の紙が握られている。
「ギルドに行ったら第三王子様からこれが届いていたよ。どうやらキミ宛だ」
手渡された紙には、エルヴィール領に俺達が向かう事やその期間中はリオルが代理で訓練をやってくれる事、それと何か色々と意味がわからないやっかみの言葉が書いてあった。
(なんだろう、心配してくれるのは文面から伝わってくるけど……書いてあることが的を射てないからよくわからない……)
まぁ良いかと魔法信報の紙を空間収納へ放り込む。
「それとこちらは王族からエルヴィール男爵への手紙だ、王都に来た際にこれを渡して欲しいと頼まれていたのだが、君に預けてしまった方が良いだろう」
封蝋のされた手紙を受け取り、それも空間収納にしまう。
「さて、それじゃあ三人共。出発しよう、俺達は一旦着替える必要があるからね」
俺が声をかけると、皆が向き直る、夫人はまだループしてるけど、爺やさんが聞いてるから問題無いだろう。
「それじゃあ爺やさん、行ってきます。夫人には帰って来たら伝えて下さい」
「かしこまりました。皆様よろしくお願いいたします」
「あ、あの!!」
馬に乗り、走り出そうとした瞬間、夫人の声が聞こえた。
「どうしました、エルヴィール夫人」
「わ、私も覚悟を決めます! ですのでホウショウ様、無事に帰ってきて下さい!!」
耳まで真っ赤にした夫人が言う、心配なのだろうけど問題無い。
「大丈夫です! 誰一人欠ける事無く戻ってきます!」
その言葉を残して出発した。
◇◆◇◆
とまぁ、意気込んだもののエルヴィール領までは歩きで10日、馬車で8日、普通の馬で6日かかる距離である、そのはずなのだが……。
「凄いな……」
聖王都出発から3時間、途中休憩の為に立ち寄った村で場所の確認をすると今日予定している行程の三分の一まで来ていた。
「すごいですにゃ。あれだけ飛ばしたのに、馬もそこまで疲れてないにゃあ……」
前回、タルーセルの企みを防ぐ為に全力で走った時は焦っていたのでよく覚えていなかったが。エルヴィール男爵の馬は本当に凄い馬である。
「こりゃ他の軍馬が追い付けない訳だ……」
薬草採取の時は慣れる為にゆっくりと走る大型の馬を借りたのだけど。今回は行程重視の為に足の速い馬を用意してもらったのだ。
「ぶるるるる」
「あはは、そうだな。特にお前は凄いよ」
頬をすりすりしてくるのは前回乗った白馬である、名前が付いて無いのだが俺の声に良く反応してくれる頭のいい子だ。
「だ、旦那様……凄いわね……私、もう限界……」
「私、ジェットコースターにはあまり乗った事はありませんが、生涯で一番スリルがありましたわ……」
奏さんと恵さんの二人が倒れ込んでいる、少し乗馬には慣れたとはいえ駆歩よりも速い速度で走り続けるのは始めてだ、二人共足腰がガクガクしている。
「奏さん、回復魔法を使うと少しは楽になるよ。サリア、二人を頼むね、俺は二頭を水浴びさせてくるよ」
「わかりましたにゃ、二人共マッサージするにゃ~」
二人が休息してる合間に二頭の装備を外し水魔法で身体を冷やしてあげる、それから乾燥とブラッシングしてあげれば一応の手入れは完了だ。
「しかし、お前達全然疲れて無いのは凄いな……」
「「ぶるる」」
この世界の馬は地球の馬と違って基礎的に心肺能力が高い、日本……というか地球の馬の倍くらいなんだけど、この子達はさらにその倍はあるのだろう。
「さて、これで終了。戻って少し休んだらまた出発しようか?」
「「ぶるる」」
そう軽く鳴いて草の上に行き寝転がる。
「なんというか。言葉わかってね?」
「「ひひん」」
俺の疑問に軽く鳴いて返してくるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
◇エルヴィール夫人side◇
「まさか、あの様な約束をさせられてしまうとは……」
ホウショウ様達が旅立った後、自室に戻りベッドに倒れ込む。
思い返すのは出発前にネモフィラさんとミモザさんとお話した際の事だ。
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「そ、それで。お話というのは……」
ホウショウ様の妻である二人と残った私、部屋の中にはピリピリとした空気が漂っている。
「話というのは簡単な事です。エルヴィール夫人、貴女は旦那様の事をどう思ってるのです?」
ニコリと笑い、頬一つ動かさずにその質問を放つネモフィラさん。美しい微笑みからは想像の付かない圧によって、射殺されるというのが正しいかもしれない。
「そ、それは……」
「それは……?」
ミモザさんは表情を出さずに真顔で私の言葉を返してくる。
「お、お慕いしております……」
「ほぉ……」「へぇ……」
え? 感心されましたの!? それに少しだけ圧が和らいだような……。
「そうですか……では、質問です。夫人、貴女はタルーセルと共謀して私達……いえ、旦那様の妻達を殺そうとしましたか?」
ネモフィラさんの、氷の様な視線が私に突き刺さる。今まで見せた事の無いその圧力に手が震える。
「そんな事はありません、私は誰かを……ホウショウ様にとって大切な者を害してまで振り向かれようとは思いません!」
「そうですか、それが聞けて何よりです。では、もう一つ質問を……何故エルヴィール男爵との契約婚約の事を旦那様に黙っていらっしゃるのですか?」
出てきたのは思いもしない言葉だった、何故それを知っているのか……。
「えっ……どうして……」
「先程、爺やさんから聞きました、夫人が依頼を偽っている事も」
「そ、それは……」
「私達が出発したら……いえ、依頼を出した時点で後戻りが出来なくなるのにどうして説明をしなかったのですか?」
図星を突かれ、声にならない声が出る。
「うっ……あっ……」
「それに、妻である私達に話をせずに。なぜ進めようとしたのですか?」
二人に追い詰められ、私は狼狽えるしか出来ない。自分がやろうとしてた事はだまし討ちの様な事で、誠実ではない。
(それに、私が嫌いな〝貴族の立場を使って自分に都合の良いように進めてなし崩しに手に入れてる者達〟と同じじゃないか……)
これじゃあ、あの叔父達と似た最低な女だ……。
「わた……私……」
「もう一度聞きますわ、〝あなた自身〟は旦那様とどうなりたいのですか?」
恐らく、最後のチャンスだろう。私が言葉を間違えたら二人は全てを話すかもしれない。
「私は……ホウショウ様が好き! 三年前、生きる希望の無かった私に生きる道をくれたあの人と一緒に……いえ、あの人が大事にしている人達と一緒に、生きていきたい! です……」
話していて顔が熱くなる、私の言葉を聞いて二人が笑いかけて来る。
「わかりました、その夫人の言葉を信じます。それに、すみませんでしたわ、脅すようなことをして。私達は夫人の覚悟を聞きたかったのです」
「旦那様の事を罠にかけたとかは半信半疑でしたけど。今の言葉を聞いて信じようと思いました。それと、エルヴィール夫人には〝もう一つ〟覚悟を決めてもらいましょう」
ミモザさんがニヤリと笑う。そして提案された事は私にとってとても高い障害だった。




