第5話:これからの事と密命
カトレアの号泣が収まり、改めてエルメガリオス様が居住まいを正す。
「さて、私がここに来た理由は。ネリーニアの夫になる男を見ておきたかったことと、ネリーニアの治療についてだ」
「カトレアの治療ですか?」
ぱっと思い浮かぶのは彼女がタルーセルによって傷付けられた事だ。体内もそうなのだが彼女の左足も十全に動かせる訳では無い。とまぁそれは、名目上身請けするのにそうしているので時間をかければ奏さんの魔法で治療が出来てしまうのである。
「あぁ、聞く所によると。とある騒動で彼女の〝女性としての〟尊厳が傷付けられた事を恥ずかしながら先日知ってな……」
「そうですか……すみません。俺が力無いばかりに、カトレアの事を守れなくて……」
「いや、ホウショウ殿もホウショウ殿自身の大事な物を守るために死力を尽くしたと聞いている。巡り合わせが悪かったとしか言えないのだ」
俺の申し訳無さそうな顔に優しく肩を叩いてくれるエルメガリオス様、騙している様で気が引けるが今はそう装っておかないといけない。
「それでな、ホウショウ殿とネリーニアが結婚し次第、我が国に旅行へ来ぬか? 我が国の魔法であれば治療をする手立てがあってな」
その言葉は、カトレアにとっての救いだろう。泣き止んだ彼女の目に再び涙が溢れていく。
「それは、構いませんが。少なくとも結婚式は国王様の葬儀が終わってから数日後になりますよ?」
「構わぬさ、我々にとって数日など待つに値しないからのう。それに我々は、ネリーニアやその両親の境遇を知る事が出来ず彼女にとって辛い運命に合わせてしまった、そんな我々にはネリーニアの祝事に立ち会う資格は無いのだが。せめて亡き友二人との約束である立会人を果たさせてくれないか?」
エルメガリオスさん達王家の人達やロウリスさん含む従者の皆さんも揃って頭を下げる。俺としてはあの時のカトレアを知ってるから少し不服なのだが、ここはカトレア本人の意見を尊重したい。
「俺は、多分皆さんの事は許せないと思います、だってカトレアの辛かった時期を知ってるから。でも俺は、カトレアの想いを尊重したいです、嫌だと言えば俺の〝全力〟を持って追い返します」
無暗に力を振るう気は無いけど、カトレアの為だしいくらでも力を使う事に躊躇いは無い。
「旦那様。色々と漏れてますわよ」
「ちょ、殺気を納めて! 皆、顔色悪くなっちゃってる!!」
奏さんと恵さんが俺を止める、二人と訓練してるからいつもの調子で出しちゃったけど、やり過ぎてしまった……。
「す、すみません……少し感情を出し過ぎました……」
「い、いや……構わな……うっぷっ……」
エルメガリオス様とロウリスさんが口元を押さえる、カトレアとロゼシェリア様は気絶、お姫ちゃんのロルティリアちゃんは泡吹いて気絶し床に水溜まりを作ってしまっている。メイドさんも何人かその場に気絶してしまった。
◇◆◇◆
「ほんっ、とうに! すみませんでしたぁ!!」
再度全力で土下座をする、エルメガリオス様とロゼシェリア様は苦笑いを浮かべ許してくれたが、ロルティリアちゃんは恥ずかしさからか、もう涙目で何とかお菓子で機嫌を取って許してもらった。
「構わないさ、それだけ怒りをぶつけられても仕方のない事だったのだから。改めて、こちらも謝罪をさせてくれ。カトレア・ホウショウ殿、大変すまなかった」
「いえ、よく考えると俺もやり過ぎましたし。怒ってスッキリしましたので……」
「私は怒ってませんよ、むしろお父様とお母さまの事が知れたので嬉しかったですし。それに、私が悲しい時に怒ってくれる旦那様も居ますので」
「そうか……ありがとう。ネリーニアも良き夫に巡り合えて良かった」
「はい、私は良い旦那様を見つけられて幸運です。それに、私の運命は確かに過酷でしたがこうしてホウショウと出会わせてくれて、好きになって。こうして想いが成就する事が出来てとても幸せなんです」
微笑みかけて来るカトレア、いつものからかい上手の姿とは違いとても気品のある姿だ。
「ですので、是非両親の代わりに見届けて下さい。それにエルフの方に立会人をしてもらうのは女として最上級の喜びなのですから」
そう言って大輪の花を咲かせるカトレア、その姿に涙ぐむ女性陣。
「ふふっ、ホウショウはわかってない様なので説明させていただきますね。エルフの国に近い地域では結婚式の立会人としてエルフを呼ぶのです。その理由はエルフに誓えばそのエルフが生きている限り二人の愛も消えないからという事なのですよ」
「そうなのか、知らなかった……」
「そうよねぇ……それにホウショウってば結婚なんて二の次みたいな感じだったですのに。安心してたら、二人に取られてしまいますし……」
「あー、それは……色々と訳アリで……」
「それは知ってますけど……、あの時二人に対して恨みが凄かったんですからね……」
「いや、だって……あの時は……うん……」
言葉を濁すと、むくれだすカトレア。本人もわかってる事だけに脇腹を突いて来るだけだ。
「それで話を戻そう。ネリーニアの治療を我が国で請け負ってもよろしいだろうか?」
真剣な顔でこちらに問いかけて来るエルメガリオス様、奏さんとも話し合った結果、彼女がエルフの国の魔法治療技術を見たいとの事で勉強の為に向かう事にしたのだ。
「はい、お願いします」
「そうか、であればこちらも国への便りを出しておこう」
そう言うとエルメガリオス様は父親の様な顔になってカトレアと話し始める、当然俺も巻き込まれ日が落ちるまで昔話に花を咲かせるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんかさ、見覚えのある光景だね……」
「はい……」「えぇ……」
ユグラシア王家襲来イベントの翌日、我が家の前に馬車が停まっていた。
「今度は顔見知りだけど、どうしたんだろうね?」
見覚えのある紋章はエルヴィール男爵家の物だ。
「爺やさんどうしました?」
「おぉ、ホウショウ殿! お待ちしておりましたぞ!」
爺やさんに声を掛けると嬉々として御者台から降りてくる。
「どうしてここに? 一報入れていただければこちらから出向きましたのに……」
「実は折り入ってお願いがあって、こちらに来させていただきました」
薬草依頼の件はちょっと前に三人で行って片付いたし、また必要になったのだろうか?
「場所を変えたいので馬車に乗っていただけますか? 無論、皆様もご一緒で」
どうやら、かなり急いでいる様だ。俺達は足早に馬車へ乗り込んだ。
◇◆◇◆
「どうぞこちらへ……」
爺やさんに通された部屋には深刻そうな顔をしたエルヴィール夫人、サリア、ギルマスが待っていた。
「ホウショウさんネモフィラさんミモザさん、まずは来ていただきありがとうございます。こちらへお座りください」
促され座ると、早々に夫人が切り出し出した。
「実は皆さんに内密でお願いがありまして、お声がけをさせていただきました」
エルヴィール夫人の話というのは、今回の国王様の葬儀の為にエルヴィール男爵がこちらに来る予定になっているのだが。どうやらこのタイミングで男爵を暗殺する計画が持ち上がっているそうだ。
「なんでまた……」
「恐らく、男爵様を殺害して。自領へ取り込む為かと……」
この国の領地継承権は特例が無い限りは男性であり、女性は代理までであれば可能である。夫婦間に子供がいなければ分家から跡取りを擁立する必要がある。
「確か、エルヴィール男爵は子供が居ないから……」
「はい、そして男爵には分家などありません……ご兄妹も皆お亡くなりになってます」
「極めつけは、国王様が亡くなったからエルヴィール男爵家の領地が曖昧な事になっちゃったんだよねぇ……」
ギルマスが困ったように言う。
「それは、どうしてですか?」
あんまり貴族の構造に詳しくない俺はギルマスに聞く。
「あぁ、それはね。品評会というのは殆どが〝貴族が勝つように〟行われていたんだよ。でも、ふと立ち寄った王様がエルヴィール男爵の馬を気に入ってね。品評会に出したところ圧倒的な差をつけて勝ってしまったんだ。そして無理矢理に土地を奪われない様に王様が爵位をあげたんだ」
「そして、私は伯爵家の娘。そうであれば私に何かあった際は伯爵家が割り込めたんですが……」
「ここで問題が発生したんだよ……」
「私の生家……スレヴァン家が没落したのです……」
スレヴァン? どこかで聞いたような……。
「ピンと来てないのかい? 二人は気づいてるよ?」
奏さんと恵さんが啞然とした顔をしている。
「スレヴァン・タルーセル。私の叔父にしてスレヴァン家を没落させた男です」
その名前に心がささくれ立つ、エルヴィール夫人に目を向けると身を竦ませる。
「大丈夫、彼女と家は関係無いよ。元々彼女は家の中ではメイドより地位が低かったから……」
その言葉にエルヴィール夫人が大きく頷いた。
「私は元々、先代伯爵様と従者だった母の間に生まれた子でした。私が生まれ暫くして母が死んだ事で存在を表沙汰に出来なくなった私は、奥様の憂さ晴らしの道具でした。その内、捨てられる様にエルヴィール男爵へ押し付けられたのです」
「それからは、徹底的に家との連絡を絶ってたみたいだしね。結果的に夫人は家との繋がりが無い事から無罪となったんだ」
「そうだったんですね……」
「それで話を戻すと、伯爵家が没落した結果、後ろ盾の無くなったエルヴィール男爵を暗殺して乗っ取るつもりだったようだ」
「でも、夫人が居ますよね?」
「私は元とはいえスレヴァン家ですから、糾弾して奴隷に落とすつもりなのかと……」
「そう……ですか……」
「このような事を、叔父の事で傷ついたホウショウさん達に頼めたことではありませんがどうか。助けていただきたいのです……」
頭を下げる夫人、正直タルーセルの事は許せないけど。一切関わりが無いというのであれば助けたいとは思う。
「わかりました、二人は大丈夫?」
奏さんと恵さんに問いかけると二人共少し考えて頷いた。
「えぇ、私は大丈夫よ。思う所は無い訳じゃ無いけど……それは追々話して決めましょう」
「そうですわね、私も色々と問い詰めたい事がありますが。それは後でもできる事ですから」
にこやかに笑う二人に何かしらの薄ら怖さを感じつつ、依頼を受けるのだった。




