第49話:決戦
「さぁ、行きなよ。コイツの相手は私がやるよ」
顔まで隠してるので見えないがかなり強いだろう、それに魔銀の剣を弾けるとなると相当に面倒な相手だ。
「わ、わりぃ! 任せたぞ!!」
「行かせる……ちぃぃ!!」
すきを突いて攻撃してくる、背中を見ると殺されかねない。
「ふふふ……やぁっと会えたね!!」
そう言ってフードを外した下の顔は以前俺が街で対峙した暗殺者・ネファキュルだった。
「お前……どうして……」
以前の様な少年の顔だが、皺や垂れた頬が目立つ枯れた顔だが面影は残っている。
「とあるお貴族様が私を助けて、復讐の機会をくれたんだぁ!」
懐から取り出した注射器を首に打ち薬剤を注入していく、先程まで小さい子供の姿だったが、今は成人男性くらいに変化している。
(貴族が助ける? どこかの逃げた貴族が手を回して王都で混乱……それか反乱を起こして自領への侵攻を止めるつもりか……)
「貴族……いったい誰だ!」
答えて貰えないだろうが鎌を掛ける。
「私としては、君を倒せれば問題は無いけどね~。まぁ、死ぬ君には教えても良いよ!」
勝ったつもりでいるネファキュルがまるで演劇役者の様な手振りをしてからこちらを見る。
「スレヴァン・タルーセルさ! 随分、悪縁があるようだね!!」
タルーセル……あの娼館で駄々こねてた男か……。
「悪縁? 俺にはてんで覚えが無いな?」
更に情報を引き出そうととぼける、恐らく以前ギルマスが言ってた貴族とは奴なのだろう。
「へぇ? 君が買った異世界人の奴隷とかエルヴィール男爵夫人の護衛任務とか相当恨みを買ってたけどねぇ!!」
また一本薬を注入する、次第に枯れた肌に艶が戻り始める。
「くひひひひ、きたきたきたきたぁ!!」
ローブを脱ぎ捨てると、暗殺者か?と聞き返したくなる程の筋肉と急所を押さえる金属鎧が姿を現した。
「この姿を見せるのは何十年ぶりだなぁ……」
両手に剣を持ち独特の構え方をしている、見た事無い初めての流派だ。
「今度は、正々堂々剣を使うんだな。また毒とか卑怯な戦い方をするんだと思ってたよ」
クスリで気をやってるのか焦点の定まらない目で俺を見て来る。
「あひゃはやは! 毒なんて使わないさ!! この手で切り刻む方が愉しいんだからよ!!」
ぬるりと表現したくなるような動きで詰めて来る、身体のしなやかさから繰り出される動きは本当に読めない。
「ぴゃうっ!!」
「はぁっ!」
魔銀の剣で相手の剣を受け止める、火花が散り一瞬手がしびれる。
(見た目よりも重いな、しかも相手の剣も魔銀製ってのが厄介だな!)
いくら強度や切れ味が素晴らしい魔銀の剣だとしても、相手が同じ魔銀の剣であれば容易に破壊する事は出来ない。
「さすがさすがさすがぁぁ!! さすが私を一度は下した相手ててててぇ!!」
しなる腕と魔銀の剣、不規則な動きが交わり読み切る事が出来ない。
「『風の刃よ……』クソっ、読めないし攻撃が速くて重い!」
肌が削られ血が出る、単純に攻撃が二倍なので手数が足りない……。
魔法も使わせないように、適度に意識外からの攻撃を織り交ぜて神経を使わせてくる。
それに、背後のみんなの事も気になる、冒険者達は全員銀等級で揃えたが、盗賊に対して数的不利なのが否めない。
(幸いな事に相手の目的はクラスメイト達や女冒険者を奴隷にする事だ。おかげで夜襲を選択してくれた事で火や弓が使われないのは良かった)
「うひゃぁ!!」
「ぐぅ……鬱陶しい! 『氷塊!!』」
無詠唱で氷の礫を生成して放つ、直接の威力は無いが砂を混ぜてるので目潰しによく効く。
「グぁァぁ!? 目が目ガァぁぁ!!」
「貰った!」
――キィィィン!
「ぐふフ……残念だっタなぁ! 私の鎧ハ魔銀製だよ!!」
「厄介な!!」
身体のしなやかさを活かす攻撃、しかも魔銀鎧のせいで致命傷は狙えない。
「あァ、痛いナぁ痛いナァいっタイナぁ!!!」
そして取り出す新しい注射器、躊躇わずにそれを首に刺す。
「まだ持ってるのかよ!」
注入が終えると、いきなり自分の目を外し捨てる、瞬く間に目が再生してギョロりとこちらも見る。
「アぁ……これでかカ快適だァ……やはリ目にゴミが入った時は捨てテてるに限ギる」
「化け物かよ……」
身体を切られても再生の速いモンスターとかは居るが、コイツは兎に角異常だ。今思うと少年のように見た姿もあの薬剤の影響だったんだな。
「クフふふフふ、いいねェその顔ォ!! 気分がイイ!!」
「ご生憎様、こっちは気分が悪いよ」
「そうカそうカ、ジャア私僕が気分がいイッから良いコト教えテアげよウゥ!」
気持ち悪い顔をこちらに向けてニヤニヤ笑って来る。
「今頃、お前エの嫁は、タルーセルによッテ。貪られてルダろうなァぁ!!」
「はっ?」
人で無くなった、ネファキュルの言葉で頭が沸騰する。
「だーカーラァーお前の〝嫁〟はアの気持ち悪いオッサンが襲いに行っタンだよヨヨよ!!」
二人が……でも、ギルドには護衛も居るはずだ。
「あーアー……その顔はハはッ護衛が居るカラ大丈夫とかカカ、思ってるダダだろうなぁ!?」
「だとしたら?」
「ざざザざぁァぁァ唖んねんッ!! その護衛ハ役に立たななな、インだはハハ!」
仰け反りながら気持ち悪い笑みを浮かべる、まさかこんなヤツが大挙してるとかなのか?
「ナンセあいツの最強の手ゴマは第三騎士団長だからナア!!」
「なん……だって……」
「あああああああああああ!! その顔だその顔だその顔だその顔だぁァ唖唖あああああああああ!!」
何故リオルが!? もし本当だとしたら、こんな所でネファキュル《こんな奴》に時間をかけている場合じゃない。
(これは……使いたくなかったけど……)
師匠に教えてもらった禁術、本来は生きる為に使う技だが全体的にステータスの上がった今使えばどうなるかわかったもんじゃない……。
だけど、ここでコイツを倒さないと……。
「師匠、すみません使います『——限界超越』」
過分な魔力を一気に身体へ巡らせる、本質は身体強化と同じだけど神経伝達信号も魔力で無理矢理強化して身体を動かす為に使う、ほんの数分しか使えない諸刃の剣だが使うしかない。
(本来は、勝てない相手から逃げる為の技だけど……)
「ぱひゅっ!?」
相手の腕が飛ぶと同時に、視界の端が赤く染まる。目の血管が切れて血が垂れている。
「僕余私朕の腕があぁぁぁ!!」
更に頭の中でぶちぶちと響く、これを使うのは人生で二度目だ、一時的に能力が上がるのだが脳を無理矢理魔力で動かしてるので終了後のリスクが大きい。
(1撃で片付ける……)
魔力を魔銀の剣に集める、増えに増えた魔力によって魔銀の剣が鳴り合う様な悲鳴を上げる。
「なンだソれェナんダソれぇなンダソれぇェぇ――」
「うるさい、黙れ」
一気に飛び込み魔力を刃に集中させ、魔銀の鎧ごと首を斬る、跳ね上がった頭が転がり目の前に落ちて来る。
「なん……なんデエ……」
「後は……盗賊共だけか……」
「ま゛て゛ぇ゛!! ま゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」
「『——燃えろ』」
呼び止める声を無視して火魔法を放ち、残りの盗賊の元へ一息で片付ける。
「早く……早く戻らないと……」
馬の元へ駆け寄り手綱を掴む、崩れそうな身体で馬に乗り腹を蹴る。
「ホウショウさん!!」
目の前に飛び出した西条さんに、慌てて手綱を引く。この子が走り出さなかったのは西条さんが見えていたのか。
「どいてくれ! 急いで戻らなきゃいけないんだ! 奏と恵が危ないんだ!!」
「それって……今は、せめて治療をして下さい! そうじゃなきゃどきません!!」
「そうだぞ先生! まずは出てる血をどうにかしないと!!」
皆に引き留められてようやく気付いた、この姿はまるで幽鬼の様になっている事に。
「悪かった……治療を頼む……」
崩れるように馬から落ちると、回復術師達に囲まれる。
「ホウショウ殿、傷は塞ぎます。正確な診断は出来ませんので必ず王都で治療士に見て貰って下さい!」
「ありがとうございます。皆さんに被害は?」
「大丈夫です、流石銀等級ですね怪我こそあれ死者は一人も居ません。先生の教え子もしっかりと身を護る事が出来てますので全員無事です」
よく聞くと足の骨も切られていたらしい、流石は魔銀の剣ってとこだ。
「応急処置は終えました」
「ホウショウさん、後は任せて下さい教え子の皆さんは俺達が送り届けます」
「夜ですが篝火をたいて戻りますので任せて下さい!!」
冒険者のみなが後を引き受けてくれるので、後は任せて馬に乗る。
「ありがとう……すまない……」
「せんせ……ホウショウさん。帰ったらさっきの言葉説明して下さいね……」
「さっきの言葉……」
俺、何を口走った?
「良いです、今は救わなきゃいけない人が居るんでしょう?」
そういって馬の首を叩いた西条さん、それに応じて馬は走り出した。




