閑話:夫人の秘密と、娼館と、干物
◇エルヴィール夫人side◇
「予想以上の収穫でしたわね」
「はい、お嬢様」
ホウショウさん達と、その後のお食事会を終えた私は本日話していた事のまとめを爺やとしていた。
「美容院……これは王都に新しい風を吹き入れるいい切っ掛けになりまわすわ」
「そうですね、それにしてもホウショウ殿の奥方様はとんでもない知識がおありでしたね」
髭を擦りながら感心した声を出す爺や、確かに私の得た知識よりも数十倍の深い知識だった。
「お嬢様が婚約をして三年……短い様で長かったですからね……旦那様が御成婚と伝えられ、奥様の御年が15と聞いた時は驚きましたぞ」
「私も驚きましたわ、ですがあのタイミングでしか私は家を出るチャンスがありませんでしたもの……」
伯爵家で働いていた侍女《母》が、先代伯爵様の戯れによって出来た私の待遇は決して良い物では無かった。
その潮目が変わったのも3年前だ、今のエルヴィール男爵が例年行われる軍馬の品評会にて圧倒的な成績を残したのだ。その結果、箔をつける為にどこかの貴族家から嫁を下賜される事になった。
その際に魔の森の遠征で失敗した先代伯爵様が、都合よく成人になった私を差し出したのだ。
(まぁ、そのお陰であの地獄を抜け出せたのは良かったと思います。それにホウショウさんにも出会えたのは幸いでした)
お陰で領地で頑張る事が出来ましたし、それにエルヴィール家に残されてた〝あの文献〟を何故か読めたのは幸いでした。
(ただ、一つ誤算があったのは……)
「ホウショウ様がご結婚されていたのはショックでしたわぁ~」
机に突っ伏して人に非ずな呻き声をあげてしまう……。
「ほっほっほっ、ですがお陰で素晴らしい人脈を得る事が出来ましたぞ」
「そうなんですわよね……最高級娼館の娼姫との方々なんて私達では難しかったでしょうし……」
シテュリさんの伝手であれば〝紹介〟までは漕ぎつけたかもしれない、実際に売り込む自信もありましたわ。ですが、娼姫の方々に〝直接〟話がつけられるのであれば十分に勝ちの目が見える。
「しかも、本来であれば日の当たらない娼姫達を、日の当たる場所で活用するとは驚きですぞ」
美容院とやらに娼姫の方々を連れてきて、その美しさを見せる事によって効果を見てもらう、そして女性の方にはあの様に美しくなりたいと魅せる。
「そうですわね、ですがお陰で広まりが早そうですわ」
「そうでございますね。では、一度男爵様にお伝えしておきますね」
「ありがとう爺や、男爵家で雇い入れる者を増やさないといけませんからね」
お店の場所等はホウショウさんやミランダさんにお願いしましたが、従業員の育成はこちらの仕事ですものね。
「俄然やる気が出てきましたわ!」
予想よりも充実した未来に向けて両手に拳を作り、気合を入れるのだった
◇◆◇◆◇◆◇◆
◇ホウショウside◇
いつもの魔法訓練を終えた俺はギルドに向けてでは無く、最高級娼館へ歩いていた。
「凄く気が重いんだけど……」
事の発端は数日前、エルヴィール男爵家からの帰り道である。
◇◆◇◆
「という訳で、旦那様。アラビアンナイトの皆様を癒すお仕事を受けてまいりましたの」
ニッコリと笑った蒼井さんに意味不明なこと言われる。
「へ? どういうこと?」
「旦那様、私達の為に最近、娼館でのお遊びはされてませんよね?」
最近っていうか、二人を引き取ってから一切行ってないけどさ。
「そうだな、二人が居るし(搾り取られるし)行く必要が無いからね」
「何か今、変な含みがあったけど……まぁ良いわ。それは有難い事なんだけどね、この間娼姫の皆さんと話した時に相談を受けたのよ」
「どうやら、旦那様と遊ぶことはストレス発散だった様で、それが無いせいで調子が落ちているそうなんです」
いや、そんな荒唐無稽な……。
「旦那様、荒唐無稽とかあり得ないとか思ってるわよね?」
「うぐっ……」
「あのねぇ、女ってのはタフに見えて繊細なの。あの人達も笑顔で娼姫をやってるように見えて心は荒んで行ってしまうのよ」
「いや、俺がそれをどうにかできると思えないんだけど……」
「出来ます。旦那様に抱かれている私達がそう言うのですから、間違いありませんわ」
「でも、二人が……」
「良いのよ、私達だってあそこに居続けた可能性があるんだから……」
「それに、私達が望んでいる事です。旦那様は皆様を助けてあげて下さい」
真剣な二人の目に圧倒されてしまう。それに、そこまで言われてしまっては首を縦に振るしかない。
「わかった。じゃあその仕事、引き受けるよ……」
◇◆◇◆
とまぁ、格好つけたは良いがもう一つ気が重い理由があった。
「カトレアが怒ってた理由が全く分からないんだよなぁ……」
あの日以来、カトレアとは会っていない。なんか凄く怒ってたという事の後ろめたさもあるし、目まぐるし過ぎて謝罪の機会を逃してしまった。
「こんなの、カトレア以外の娼姫と遊んだ時以来なんだよなぁ……あの時はどうやって許してもらったっけ……」
思い出せない……普段の軽い言い争いならお菓子で誤魔化してたけど、わからなすぎる。
そうこうしているうちにアラビアンナイトの前に着いてしまった、見上げるとお店は休業中と書いてある看板がぶら下がっている。そして、恐らく今日遊びに来た人たちがその看板を見ては肩を落としUターンしていく。
「あ、ホウショウさん。やっと来ましたね!」
入り口で警備をしているガルデンが俺の元に来る、そしてその手を取ると急いで娼館の中に押し込まれる。
「ホウショウさん、すまねぇ……武運を祈るよ」
「ガルデン!? どういう……ひぃ!?」
肉食獣が居た……それも一人や二人じゃない……。
「いらっしゃいホウショウ、まってたわよ」
「カトレ……むぐぅ!?」
いきなりカトレアに口付けされ、液体を流し込まれる。身体がかっと熱くなって血が下腹部に溜まる。
「さて、無粋な事はもうないわ。今日は〝全員〟を相手にしてもらうわね」
「ちょ!? 俺、明日仕事が!!」
「大丈夫、回復役は待機してるもの」
カトレアの指差す先に、娼姫の格好をした蒼井さんが微笑んでいる。
「あ……あはっ……」
引き攣った笑いが出る……多分、恐らく、絶対に、異世界に来て最大級のピンチである。
「そうそう、その為にロビーにベッドまで移したのよ?」
銀髪で赤い瞳のアネモネが絡みつきながら服を脱がしてくる。
「という訳で! れっつごー!」
ひょいとクロッカスに足を持ち上げられ、ベッドに運ばれる。
「せめて、シャワーを……」
「良いのよ、私達ホウショウの汗の匂い好きだから」
そう言って、首元を舐められ、甘噛みをされる。
「そういう事だから、朝まで頑張ってね旦那様」
そう笑ったカトレアに覆いかぶさられるのだった。




