第34話:娼館と伯爵
それからシテュリ婆さんと別れて娼館に向かい、大旦那に二人を引き渡した。
「もし、言葉が通じないとかあったら、ギルドのミランダさんへ。あの人は極東語が出来るから」
「わかった、なんとか俺も頑張るよ。ホウショウも気をつけろよ」
「あぁ、じゃあ二人共頑張って!」
娼姫に囲まれている二人に声をかけて出発する、朝ミラさんに言伝は頼んだけど一度お詫びを入れないとな。
「ん? 何だあれ……」
中級娼館の前に、どこかの貴族の馬車が停まっている。しかも何か言い争いをしている。
「あぁ!? 出禁とはどういうことだ!?」
「だから、あんな事をしたからです。申し訳無いのですが次回からは来ないで下さい」
「ふっざけんな!! 僕を誰だと思ってるんだ!!」
「スレヴァン・タルーセル伯爵様ですよね? 有名ですから知ってますって……」
「なんだとぉ!! だとしても、貴族《僕》の事を知ってるなら話が早い! 命令に従え!!」
「聖王国法……」
「うぐっ!?」
「『貴族でも娼館に対して権力を振りかざす事は禁止とする』」
「うぐぐっ!!」
どうやら娼館主の方が一枚上手の様だ、まぁ娼館なんて厄介事のお祭り騒ぎだし、あしらい方は手馴れているなぁ……。
「うるさいうるさいうるさぁぁぁぁい!!」
顔を真っ赤にしてナイフを取り出す、宝石が散りばめられた装飾品マシマシの姿に嫌使い辛そうとしか思わない。
「って不味い!!」
聖王国《この国》は貴族でも街中で刃傷沙汰を起こせば平民と同等に裁かれる、しかもその相手が娼館主や奴隷の所有者や奴隷商人とかだと余計に罪が重くなる。
身体強化を使い貴族の腕を掴む、間に合わずに娼館主の服が切れたがこれ位なら大事にはしないだろう。
「貴様!! 不敬だぞ!!」
でっぷりと太り、唾を飛ばしてくる貴族、正直気持ち悪い。
「不敬かどうかでは無く、この場で刃傷沙汰を起こす方が貴族として不味いですよね?」
俺の言葉で冷静な頭を取り戻したのかハッとする、ナイフを収め何故か俺を睨み付ける。
「フン! 賤民が生意気な!」
俺をぐっと押そうとするが、身体強化を使ってるのでびくともしない。
「なんだ貴様は!!」
「いやー落ち着いて下さいよ……結構人も見てますし、スマートに引いた方がカッコいいですよ」
中にいる、召使いかわからない武器を構えている男にも視線を向ける。
「そ、そうか?」
カッコ良いと言われたのが効いたのか突如気分が良さそうになる。
「はい、娼姫は寛容で出来る男を好きになりますからね。ここで後ろ髪をひかれず去る方が寛容で出来る男ですよね? ねっ?」
娼館主に投げる、すると娼館主も意図を察したのか大きく頷く。
「はい、タルーセル伯爵様! 今回の娼姫は貴方様の寛大な性格と合わなかったのです。その様な女性に時間を使うよりも、愛でる花は沢山あります故」
「フンッ! それもそうだな……次来るときはもっとマシな女を用意しろよ!!」
捨て台詞を吐き、重さで傾いた馬車に乗り込んだ伯爵は窓から顔を出すと、何か喚きながら帰って行った。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、無事だったので良かったが。次からは言葉を選ぶようにな」
あのままだったら本当に殺されてたかもしれないからな、それに刃傷沙汰になった娼館はしばらく営業が出来なくなる、そうなると娼姫の収入源も無くなり借金に走る人も増えるからな。
(そうなると一気に歓楽街の治安が悪くなるからなぁ……)
刃傷沙汰が御法度とは言え裏通りに入ったらこの限りではない、人通りが少なかったり、金を貰って荒事を起こす人間も居るので出来るだけ問題事の目は摘み取りたい。
「すみません、お礼と言っては何ですが。今度来た時にサービスいたしますよ」
「いや、結構だよ。それより、どうしてお貴族様を出禁にしようと思ったんだい?」
俺がそう聞くと、少し不服そうに内容を話し始める。
どうやらあの貴族は禿から〝歳が変わったばかり〟の娼姫に手を出したらしい。そこまではギリギリ合法なのだが、問題は娼姫として買い手が決まっていたという事である。
(しかも、聞くに堪えない乱暴な事をされたようだし……、本人が怯えて客も取る事が出来ないと来た……)
「そりゃ出禁だよなぁ……」
「はい、ですのでそうおっしゃったらあんな事に……」
「それで、その子は?」
「今は治療院に行ってます、肉体的な傷は治ると思いますが、他はどうしようにも……」
「そっか……もし、どうしようもなければ最高級娼館を訪ねてくれ、ホウショウからの話と言えば大旦那も話は聞いてくれるだろう」
俺が名乗り、最高級娼館の名前を出したことによって娼館主の目が見開かれる、まぁ関係者には見えないよな。
「わかりました、ありがとうございます。このお礼は、いつか……」
深々と頭を下げた娼館主に断りを入れ、俺はギルドへ向かうのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
◇タルーセル伯爵side◇
「ふぅ……少しは胸の溜飲が下がったわい。それにあの賎民には感謝だな」
危なかった、危うく娼館主を刺していたらいくら超々大貴族の私とは言え罪に問われる所だった。
「あの、タルーセル様……」
優秀な執事に扮した、私の影である用心棒が口を挟んでくる。
「なんだ? 今の私は気分がいい、聞いてやろうじゃないか?」
「あの……申し上げにくいのですが……、タルーセル様を止めた男いらっしゃいますよね?」
「あぁ、あの冴えない賎民か、どうした?」
「その……あの男がホウショウです……」
その言葉、その名前にふっと怒りが最高潮になる。
「んなぁ!? はぁぁぁぁぁ!?」
またしてもか! またしてもか!!
「どうしてあの場で言わない!!」
「いえその……、私の事も感づいた様でして。騒ぎをおおきくするとこちらの分が悪くなりそうでしたので……」
「うぐっ……確かに、あの場じゃ本気の出せない僕には不利だもんな、しかたない!」
まるで動かない岩の様な、最高級娼館で一度だけ腕を掴まれた事のあるあの護衛を思い出させる。
(だが、敵がわかったのなら、対策は立てれる。仕方ない今はチャンスを伺うか……)
大きく息を吐き椅子へ座り込む、最高だった気分が台無しだ。
作者です!
今回は【最高級娼館】の説明(設定)を。
この娼館なのですが、実は慈善活動として孤児院を開いております。
そこでは働けなくなった娼姫が世話役をやってたり、娼姫が産んだ子供の面倒を見てます。
稀に出てくる心を壊した子も面倒を見るので主人公が話題に出しました




