第32話:頑張りの理由と恵さん。
それから二人がそれぞれのプレゼンを行って、大旦那の信用を勝ち取った。結果蒼井さんは娼姫への製菓講習、細野さんは大旦那の相談役ポジションに就いた。
大旦那が帰った後、緊張していた二人が椅子に座り込む。
「二人共、お疲れ様。でもどうしたんだい、突然に」
お金なら正直使い切れない程の金額が手に入ったし、二人を養う位なら問題は無い筈だ。
「実はね今日、ミラさんに言われたのよ『二人共言葉を覚えて来たし。魔法や剣術の習熟以外にも、何かしら飛翔さんに返せる様にしなさい』ってね」
「それに私達も、このまま旦那様に守ってもらうだけなのは嫌でしたので」
二人共、どことなく顔つきが違う、細野さんが言ってた〝ミラさんに言われた事〟以外にも何かありそうだ。
「だから大旦那にプレゼンを行って、仕事を貰ったのか」
「はい、でも身を護る為の魔法や剣術の練習もするつもりです!」
「いつか旅行にも行きたいしね!」
「そうだったんだ。でも二人共、無理はしない様にね?」
「はい」「えぇ」
◇◆◇◆
それから三人でお風呂に入った(引きずり込まれた)後は、三人でベッドに入る。
「あのさ、二人に相談があるんだけど……」
「何かしら?」「何でしょうか?」
「いやさ、褒賞金っていう形でお金が入ったし、別々のベッドを買おうか……」
「「駄目!」」
両サイドから否定の言葉が飛んで来る、ついでに両腕が柔らかいものに沈み込む。
「飛翔はわかって無いわ! 本当にわかって無いわ!」
「そーです、妻が旦那様に『別の布団で寝よう』なんて言われたら愛を疑いますよ!?」
両隣からの猛抗議が耳を突く、蒼井さんはお嬢様みたいだしそんな仕来りがあるのはわかるけど……。
「そ、そこまでなのか? というか結婚してな……」
「はぁ?」「はい?」
「あ、はい……不躾な事言ってすみませんでした……」
そう謝りつつも、どことなく嬉しくなっている自分が居る。この世界の人にも元の世界の人にも、〝家族になろう〟とか〝家族だから〟とか言われた事無い、だからこうして家族と言ってもらえるのは凄く嬉しい。
(俺ってこんな、単純じゃない筈なんだけどなぁ……)
「わかったよ、それじゃあ狭いけど我慢してね」
「「はーい♪」」
嬉しそうな声を聴きながら眠りに落ちるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、日も昇った直後から俺と細野さんは市場に来ていた。
「えっと、奏から頼まれたのは……きゃっ……」
「おっと、危ない……」
走って来た荷車から細野さんを護る為に引き寄せる。
「あ、ありがとう、旦那様」
「大丈夫大丈夫、俺が周囲を見てるから問題無いよ」
努めて朗らかに笑う、むさいおっさんの笑い顔にならない様に……。
「た、助かります……」
なんかモジモジしてる……笑い方変だったかな?
「後は何だっけ?」
「えっと……後は粉篩が数個かな?」
「わかった、それじゃあ少し大きめの金物屋さんに行こうか」
手を取り人ごみを抜ける、表通りから住宅街へ抜けながら歩いてく。
「旦那様、私の事聞かないの?」
「え? 何が?」
「いや……だから……私の家庭の事とか、私がどうして夜のお店の知識が多いのかって事」
なんかそわそわしてたのはそういう事か。
「聞きたいような、別に構わない様な……」
「ふぅん……そんなに私には興味無いんだ……」
「いやいや!! トラウマだったり、聞かない方が良いかなぁ……と思っててさ!」
頬を膨らませてジト目で見てくる姿が、可愛らしく見えてくる。
(あれ? 昨日と変わらない筈なんだけど……どうしてだ?)
「そ、それでさ。どうして詳しかったんだ? 良かったら聞かせてよ」
「なんだろう、とってつけたように言われてる感があるわね」
そうは言っているが、視線は合わず唇の端が震えている。
「すまん、俺みたいな奴じゃ情けないよな。でも、話して細野……いや、恵さんの心が少しでもスッキリするなら聞かせて欲しい」
俺が名前を呼ぶと、視線が合う。それから程よく緊張が抜けたのか柔らかな笑顔になる。
「そうね。面白くない話よ……こっちに来て出会った頃。私、彼氏いるって言ったじゃない?」
「あぁ、何股かしてる酷い奴ね」
思わず、イラっとして声が硬くなる。
「そうね、その彼氏は大学生だったんだけど。その……いわゆるヒモって奴でね、沢山のお金をねだられたの。無論私は高校生だし、最初は普通のバイトをしてたんだけどね……その金額が段々と増えて行った……」
喋るうちに段々と涙を浮かべる恵さん、良かった……日本に居たらそいつぶん殴ってたかもしれない。
「それでね、沢山のお金が稼げるように……その……所謂〝夜のお店〟って言われるとこで働いたの……」
「それって……」
胸がじくじくと痛み始める、大変な境遇に置かれてた事に悲しくなる。
「あぁ、心配しないで、夜のお店って言っても身体を売るような事はしてないから。ガールズバーとかそんな所よ」
「でも、酷すぎる……」
「そう思うかもしれないけど、私は結構幸せだったんだ……『この人は私が養ってれば私の事を見てくれる』ってね……」
共依存と言う奴なのだろう……いやもしかしたら恵さんの方が一方的に依存していたのかもしれない。
「もう、そんな顔しないの……今は飛翔と出会って憑き物が晴れたっていうのかな? 凄くスッキリした気分なんだから」
「そうか、ありがとう」
「何言ってるのよ、わたしこそありがとうよ」
腕に手を絡めて引っ張っられる。
――ゴーン! ――ゴーン!
「やばっ、そろそろ戻らないと! 奏に任せっきりだ!」
「じゃあ、急いで買って帰らないとね」
そう言って腕を組みながら雑貨通りに出ると、ちょうど朝日が恵さんの笑顔を照らし輝かせたのだった。




