第17話:第三王子-アラテシア-②
「い、今何と?」
突然の言葉に俺の汗が噴き出る、努めて冷静に、動揺を見せない様にしているのだが呼吸も早くなる。
「うん、君の名前だよ。タカトリ・ツバサ君、異世界人の名前的には【ツバサ】が名前になるのかな?」
上機嫌に言う第三王子、笑ってはいるが視線は俺に縫い付けられている。
「な、何を言ってるかわからないのですが……」
冷や汗が滲み頬を伝う、虹色に輝く目の奥が俺を射抜いてく。
「誤魔化さないで良いよ、以前君を見た時から僕は〝全部〟知ってたから」
「以前見た……、拝謁した事も無いのですが……いったいどこで?」
「あぁ、兄様が3年前にとある令嬢の護衛依頼を出したじゃん? その際に裏から少し見学させてもらってね」
そう言われ思い出す、3年前にとある男爵家へ嫁ぐ伯爵令嬢の護衛を受け持ったのだった、それにあの護衛任務は俺の大きな転機でもあった。
「その時にね、僕の眼は君の事を〝異世界人〟と認識したんだ。そしてそこで君を通して異世界を視たんだ」
そう言って立ち上がり俺の顔を抑え覗き込む第三王子、見た目は小柄なのだがものすごく大きな魔力の圧を感じる。
「アラテシア様、あまり近付き過ぎない様。ホウショウ様は耐性がありませんので気をやってしまいますよぉ~」
ミレディさんが涼しげな顔で言う、あんなもの慣れる物じゃないぞ……。
「あぁ、ごめんごめん。それで僕の眼についてなんだけどね」
「ちょちょっと待って下さい! 軽く話を続けようとしないで! それって相当な秘密ですよね!?」
「あー……そうなの?」
「はい、アラテシア様の眼について知っているのは王家の者と私くらいです~。本質的な部分を知っているのは私とアラテシア様本人だけですよ~」
「そっかー、まぁいいか。それでね、話の続きなんだけど……」
構わず話を続けようとする第三王子、止めて欲しいと慌ててミレディさんを見ると諦めて下さいといった感じで大きく首をふる。
「それでね、僕の眼についてなんだけど。この眼はオラクル・オクルス(神託の眼)って呼ばれててね、この眼で見ると何でも見えちゃうんだ」
「何でもですか?」
「うん、過去も未来も生も死も、嘘も誠も心も思考も僕が見たいと思った事は全部見れるんだ」
「つまり、俺の過去を見て異世界の事を知ったんですね……それで、俺をどうしようっていうんですか?」
到底逃げられるものでも無いが、相手の狙いによっては何かしら取引が出来るかもしれない。
「ん? どうもしないよ?」
「へっ?」
身構えていた答えとは裏腹にあっけらかんとした顔で答えられる。
「んーっと、僕とお父様やお兄さまとの考えは別でね。お父様達は勇者達を魔族や魔物を殲滅する為の道具として使いたいと思ってるんだ。でも、僕の目的は君達を全員無事に送還させる事、その時に共に異世界へと行きたいんだ」
ニコニコとしながら口々に日本の事を想像して話す第三王子、何というか夢物語に憧れる子供のようにしか見えない。
「い、異世界にですか?」
「そう! この世界だと僕は道具としか扱われない。生涯この眼を政治的に利用されてこの狭い世界で飼い殺しにされる。城を出たって、この世界に居る限り僕は永遠に追われるか殺される。だったらいっその事、異世界に逃げちゃおうと思ってね」
そう言って第三王子は悲しそうな笑顔をした。
「そう、だったんですか……」
「だから君の事は必要以上にお父様達に報告しないし、むしろ協力したいと思ってるよ」
そうは言われても、まだ彼等に対して信用が無いんだよなぁ……。
「そうだよね。いきなりこんなこと言われても信用無いよね……」
悲しそうな顔をする、そういった顔には弱いんだよなぁ……。
「うぐっ……第三王子様の能力とか、教えてもらいましたし信用はしていないという訳では無いのですが……」
「何が、駄目なんだい?」
「アラテシア様~恐らくホウショウ様は色々と情報がお出しされて困惑してらっしゃるのかと~」
「あ、そうだね! 僕としたことが自分勝手にしゃべり過ぎちゃったよ。ホウショウ殿は何か僕に聞きたい事はあるかな?」
そう言って舌を出す、所謂てへぺろって奴だ。
「では……第三王子も必要になるであろう、送還魔法について教えてもらいたいです」
「いいよ~ただ、先に結論を言わせてもらうと。送還魔法はこの国にある本の記載からは消えているんだ」
「そんな……」
クラスメイトや蒼井さん、細野さんさんの顔がフラッシュバックする。
(俺は昔から覚悟してたけど……他の人達は……)
「あぁ、気に病まないで! 僕が知る範囲ではという事なんだ。それに意図的に消された様な文章も存在してるし、僕の知り得ない何かを隠してると思う」
「つまり、送還方法自体は存在するって事ですか?」
「うん、確実に存在する。アークフォート聖王国の建国史には勇者は元の世界に還ったって記載がいくつかあるんだ、ミレディ」
第三王子の指示でミレディさんが書棚から数枚の写しを取り出し手渡してくれる。中身を見ると勇者が帰還した部分の抜粋や召喚魔法、その魔法陣の写し等々彼が調べたであろう情報がまとめられている。
「じゃあ皆は帰れるんですね……」
「うん。でも、方法やどこから帰れるとかの情報は失われてるんだ。恐らく過去に召喚された勇者が逃げられない様にしてたんだと思う、勇者の中には魔法魔術に長けた人物も居たから……」
そうなのか……でも〝送還魔法〟っていうのが存在してる事を確認できたのは収穫だろう。
「第三王子これは貰っても?」
「うん、持って行って」
「ありがとうございます、一応日本語で写しをした後、原本はギルドマスターに言ってギルドの貸金庫に預けておきます。もし俺に何かあればそこから徴収して下さい」
「わかった、ごめんね巻き込んで。お詫びと言ってはなんだけど、君に眠ってる勇者の力、その一端を解放するね」
「はっ?」
何かとんでもない事を、さらりと言うのだった。