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三国志演義

三国志演義・赤壁大戦~三江の大殲滅~【玄徳の章・中編】

作者: 霧夜シオン


声劇台本:三国志演義・赤壁大戦せきへきたいせん三江さんこう大殲滅だいせんめつ~【玄徳げんとくの章・中編】


作者:霧夜シオン


所要時間:約45分


必要演者数:最低6人

      (6:0:0)

      (5:1:0)



はじめに:この一連の三国志台本は、

     故・横山光輝先生

     故・吉川英治先生

     北方健三先生

     蒼天航路

     の三国志や各種ゲーム等に加え、

     作者の想像

     を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた

     め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事

     も多々あります。

     その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです

     。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい

     ております。何卒ご了承ください<m(__)m>


     なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。

     また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします

     。

     

     ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場

     合がありますので、注意してください。

     なお、古代中国において名前は 姓、諱、字の3つに分かれており、

     例を挙げると諸葛亮孔明の場合、諸葛が姓、亮が諱、孔明が字となりま

     す。古代中国において諱を他人が呼ぶのは避けられていた為、本来であ

     れば諸葛孔明、もしくは単に字のみで孔明と記載しなければならないの

     ですが、この三国志演義台本においては姓と諱で(例:諸葛亮)と統一

     させていただきます、悪しからず。

     なお、性別逆転は基本的に不可とします。



●登場人物


諸葛亮しょかつりょう・♂:あざな孔明こうめい

      臥龍がりょううたわれる賢人。

      かみ天文てんもんしもは地理をさとり、六韜三略りくとうさんりゃくを胸にたたみ、

      若いのに田舎に隠居して晴耕雨読せいこううどくの日を送っていた所を

      劉備りゅうび三顧さんこの礼を受けてその軍師となる。

      曹操そうそうに対抗するべく孫権そんけんと同盟を結ぶべくへ乗り込む。

      後に中国史上屈指の名宰相めいさいしょうとして名を残す事になる。


周瑜しゅうゆ・♂:あざな公謹こうきん

     前主ぜんしゅ小覇王しょうはおう孫策そんさくと同年代の若き英傑。

     孫策そんさく臨終りんじゅうの際に軍事をたくされる。

     今回の戦いにあたって水軍大都督すいぐんだいととくとして全軍を指揮、劉備りゅうび

     同盟を組んで曹操そうそう打倒にあたる。

     非常な美青年で美周郎びしゅうろうとあだ名される。

     妻に当時絶世の美女、江東こうとう二喬にきょううたわれた小喬しょうきょうをもつ。

     音楽にも堪能たんのうで当時の歌にも、「曲に誤りあり、周朗しゅうろう(周瑜)

     かえりみる」という歌詞があるほど。


魯粛ろしゅく・♂:あざな子敬しけい

     本格的に頭角を現したのは孫権そんけんの代から。

     周瑜しゅうゆ推挙すいきょされ孫権そんけんつかえる。演義では割と周瑜しゅうゆ諸葛亮しょかつりょうの間

     でオロオロしているイメージがあるが、正史せいしでは豪胆ごうたんかつ

     キレる頭脳を持つ。    


黄蓋こうがい・♂:あざな公覆こうふく

     孫権そんけんの父親、孫堅そんけんの代からつかえる最古参の将軍。

     周瑜しゅうゆとしめし合わせて苦肉くにくの計をみずから引き受け、偽りの降伏こうふく

     を曹操そうそうに申し入れる。


諸葛謹しょかつきん・♂:あざな子瑜しゆ

      魯粛ろしゅく推挙すいきょされ、孫権そんけんつかえる。

      演義ではあまり目立った活躍は描かれてないが、

      三国志の作者である陳寿ちんじゅに、

      「はその虎を得たり」と評されるほどの優秀な人物で、

      孫権そんけんの信頼も非常にあつかったという。

      諸葛亮しょかつりょうの実の兄。


劉備りゅうび・♂:あざな玄徳げんとく

     漢王朝の中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょう末孫まっそんを自称する。

     義兄弟の関羽かんう張飛ちょうひらと共に乱れた世をたださんと立ち上がり、

     混迷の乱世らんせを駆け抜ける。

     諸葛亮しょかつりょうの君主。


孫権そんけん軍兵士1・♂:今回はわりと登場が多い。

         (役の組み合わせによっては男女不問とします。)


孫権そんけん軍兵士2・♂:同じく出番が多い。

         (役の組み合わせによっては男女不問とします。)


ナレ・♂♀不問:雰囲気を大事に。



●配役例(他に良い組み合わせがあったら教えてください)

諸葛亮:

周瑜:

魯粛・黄蓋:

劉備・孫権軍兵士2:

諸葛瑾・孫権軍兵士1:

ナレ:


※演者数が少ない状態で上演する際は兼ね役でお願いします。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



ナレ:荊州けいしゅうへ使者として訪れた魯粛ろしゅくと共に、諸葛亮しょかつりょうへ単身乗り込

   む。孫権そんけん周瑜しゅうゆらに弁舌べんぜつを振るい、曹操そうそうとの決戦を決断させる。

   いっぽう周瑜しゅうゆは、諸葛亮しょかつりょうの才が将来のに災いをなす事を恐れ、

   ひそかに暗殺を画策かくさくする。

   しかし魯粛ろしゅくはこれに反対。むしろ諸葛亮しょかつりょうの兄・諸葛瑾しょかつきんに命じて、

   彼をに仕えさせるよう献策けんさく

   周瑜しゅうゆはこれをれて、諸葛瑾しょかつきんを説得に向かわせるのであった。


諸葛瑾:弟の孔明こうめいはいるだろうか。

    兄が訪ねてきた、と伝えてもらいたい。


    【二拍】


諸葛亮:なに、兄上が…?

    今日は出陣ののはず。

    一人でここへ来るとは、もしや…。


    【二拍】


    おお兄上、よくおいでくださいました。さあ、こちらへ…。

    先日は役目もあって挨拶あいさつもろくにできませんでした。

    どうかお許しを。


諸葛瑾:いや、それは私も同じことだ。

    しかし、お前と最後に会ったのはいつぶりだろうか…。

    ほんの子供の頃しか覚えておらぬが、本当に立派になったなぁ…

    。


諸葛亮:兄上こそ、の重臣としてご活躍なされていることは、

    遠く隆中りゅうちゅうの地にまで聞こえてきておりました。


諸葛瑾:そうか…こうしてお前と話していると、

    幼い頃に戻った心地ここちがする。


ナレ:久方ぶりの再会となった二人の話はきなかった。

   しかし周瑜しゅうゆから内密の依頼を受けていた諸葛瑾しょかつきんは、

   話の途切とぎれたおりを狙い、おもむろに本来の目的を切り出した。


諸葛瑾:ときにりょう、お前はいにしえの伯夷はくい叔斉しゅくせいの兄弟をどう思う?


諸葛亮:え、伯夷はくい叔斉しゅくせいですか…?

    【つぶやくように】

    やはり…そうか。

    私をつかえさせるよう、周瑜しゅうゆから頼まれてきたか…。


諸葛瑾:二人は互いに王のくらいゆずり合い、ついには二人して国を去った。

    その後は餓死するまで離れること無く、その名は今に至るまで

    残っている。

    それに比べ、我らは幼少の頃に別れ、ちょうじては別々の君主に

    つかえている。

    久方ぶりに会ったと思えば、お前は劉備りゅうび殿からの使者、

    片や私はの国の臣として、使者であるお前を迎えねばならず、

    親しく語り合う事も出来ぬ。

    伯夷はくい兄弟の故事こじを思うと、人の子として恥ずかしくはないであろ

    うか?


諸葛亮:いえ、兄上のお考えは事の一面のみを見ておられます。

    兄上がおっしゃられるのは義理…

    ですが、忠孝ちゅうこうはそれより重いかと存じます。


諸葛瑾:確かに忠孝ちゅうこうも大事だが、義理も忘れてはなるまい。


諸葛亮:兄上、我らはかん王朝につかえた両親の子ではありませぬか。

    我がきみ劉皇叔りゅうこうしゅくは、中山靖王の末裔にて景帝の玄孫にあたる御方。

    もし兄上がを去って我がきみつかえれば、同じかん王朝のしんとして

    忠義ちゅうぎをまっとうする事になります。


諸葛瑾:むむ…しかし……。


諸葛亮:亡き両親の墓も北方ほっぽうにあります。

    兄上がお帰りになられれば、兄弟で墓をおまつりする事も出来まし

    ょう。

    これこそ忠孝ちゅうこうをまっとうする最善の方法です。

    その時こそ諸葛しょかつの兄弟は、伯夷はくい叔斉しゅくせいに決して劣るものではない

    と、世間の人々は言いましょう。


諸葛瑾:【つぶやくように】

    こちらが言おうとしたことを、すべて先に言われるとは…。


諸葛亮:!あれは全軍参集の合図ではありませぬか?

    兄上もの重臣、遅れてはなりますまい。

    おりを見て、またゆっくりと話そうではありませんか。


諸葛瑾:うむ…そうだな。

    ではまた、いずれ会おう。


    【三拍】


    ああ…偉い弟だ。

    の臣として私の立場は苦しいが、

    一人の兄としてこれほど喜ばしく、嬉しいことは無い…。


諸葛亮:…帰られたか。

    兄上、申し訳ありませぬ。

    孔明こうめいかん王室の、劉皇叔りゅうこうしゅくしんにございます…。


ナレ:その後、諸葛瑾しょかつきんからこと次第しだいの報告を受けた周瑜しゅうゆは、

   いよいよ諸葛亮しょかつりょう暗殺の決意を強固きょうこなものにする。

   出陣のを終えた後、すぐに魯粛ろしゅくつかわして諸葛亮しょかつりょうを迎えた。


魯粛:都督ととく諸葛亮しょかつりょう殿をお連れしました。


周瑜:おぉ参られたか。

   まずはこちらへ。


   【二拍】


   …実は一度、おたずねしてみたい事がありましてな。


諸葛亮:ほう、なんでしょうか?


周瑜:袁紹えんしょう曹操そうそうの争った、白馬はくば延津えんしん、そして官渡かんといくさについてです。


諸葛亮:これはまた唐突な話題ですな。

    はるか北方ほっぽうの地で起きた事、私に何が分かりましょうか。


周瑜:あの戦いは兵力の少ない曹操そうそう袁紹えんしょうの大軍を打ち破った。

   その際、勝利に大きく貢献こうけんしたのは何であったか。

   臥龍がりょうと名高い諸葛亮しょかつりょう殿の軍学に照らして、

   私に教えていただきたいのです。


諸葛亮:兵の士気や軍の運用、そして二人の気性きしょう相違そういもありましょう。

    しかし一番の要因は、曹操そうそう袁紹えんしょう軍の兵糧庫ひょうろうこを焼き払った。

    それがあの勝利を決定づけたと言ってよいでしょう。


周瑜:おお、やはり諸葛亮しょかつりょう殿もそうお考えであったか。

   此度こたびの戦も相手は百万、こちらは数万。

   官渡かんとの戦いのおり曹操そうそうと同じ立場にあります。

   それゆえ曹操そうそう軍の兵糧ひょうろうを断つ事が、この劣勢をくつがえ上策じょうさくと考えてい

   ます。


諸葛亮:なるほど…曹操そうそう軍の兵糧庫ひょうろうこの所在は突き止めておられますか?


周瑜:それについては抜かりない。

   曹操そうそう軍の兵糧ひょうろうはすべて聚鉄山じゅてつざんにあるとの事。

   諸葛亮しょかつりょう殿は長く荊州けいしゅうに住み、あのあたりの地理にはくわしいかと思う。

   我が軍の決死の兵を千人をお貸しするゆえ、

   夜の闇にまぎれて敵地てきち深く入り、兵糧ひょうろうを焼き払っていただけないだろ

   うか?

   おそらく諸葛亮しょかつりょう殿をおいて、これをげられる人はいない。


諸葛亮:【つぶやくように】

    …ふふふ、なるほど。

    世間せけんの目をあざむく為、敵の手を借りて私を殺そうというわけか。

    ならば…。


    承知しました。


周瑜:!おお、やってくださるか!

   感謝いたします!


魯粛:【つぶやくように】

   な…聚鉄山じゅてつざん奇襲きしゅうなどと…そんな事がうまくいくはずが…!


諸葛亮:【つぶやくように】

    おそらく魯粛ろしゅく寝耳ねみみに水のはず…必ずや後を追って来よう。


    では、さっそく戻って出立しゅったつの準備にかかりましょう。


ナレ:諸葛亮しょかつりょう周瑜しゅうゆの本心を看破かんぱすると、

   さも自信があるかのように快諾かいだく、その場を後にする。

   あてがわれた部屋に戻って武装していると、

   はたして魯粛ろしゅくが後を追ってきた。


魯粛:し、諸葛亮しょかつりょう殿、

   先ほどの話は何か必勝の策があっておもむかれるのですか?


諸葛亮:ははは、勝算しょうさんなきいくさはしませぬ。


魯粛:しかし全軍の生命線とも言うべき兵糧庫ひょうろうこ

   曹操そうそうほどの者が、その守りをおろそかにするとは思われませぬが…。


諸葛亮:失礼ながらこの孔明こうめい

    水上のいくさはおろか、騎馬戦、歩兵の平野山岳戦へいやさんがくせん

    いずれにおいても極めぬものはありません。

    魯粛ろしゅく殿、貴公や周都督しゅうととくが優れた将であることは認めますが…、

    しい事に一つの事しかできませぬ。


魯粛:なっ…それはどういうことですか!?


諸葛亮:陸戦りくせんにかけては魯粛ろしゅく水上戦すいじょうせんにおいては周瑜しゅうゆありとは、

    の人からよく自慢に聞く事です。

    しかし陸の覇者たる貴公も水上戦すいじょうせんには暗く、

    水上戦すいじょうせん名手めいしゅたる周都督しゅうととくも、陸戦りくせんにおいては打ち上げられた魚も

    同然、何の芸もありません。

    これは、先ほどの事からでも明らかでしょう。


魯粛:諸葛亮しょかつりょう殿…いくら何でも言葉がぎはしませぬか?


諸葛亮:いやいや、言いすぎという事はありますまい。

    わずか千の兵で聚鉄山じゅてつざん兵糧庫ひょうろうこを焼き払えるなどと、

    そう信じて疑っておられないのでしたら…、

    どう見ても陸戦りくせんに暗い証拠ではありませんか?

    もし今宵こよい、私がにでもしようものなら、

    周都督しゅうととく愚将ぐしょうだと、あまねく天下の笑いものになる事でしょうな。


魯粛:ッ、し、しばしお待ちあれ!

   それがしからも都督ととくを説得してみますゆえ!


ナレ:魯粛ろしゅくあわてて周瑜しゅうゆの元へ戻ってありのまま報告した。

   周瑜しゅうゆは激怒すると諸葛亮しょかつりょうの出陣を止める。

   兵を五千に増やし、みずから出陣準備に取り掛かった。

   再びやって来た魯粛ろしゅくの口からそれを聞くと、

   諸葛亮しょかつりょうは声を立てて笑った。


諸葛亮:ふふふ…はっははは…!

    五千なら五千、一万なら一万、

    兵を増やせば増やすほど、ことごとく曹操そうそう餌食えじきとなるでしょう

    。


魯粛:お止めしたのだが…あのご気性きしょうだ。聞き入れて下さらん。


諸葛亮:魯粛ろしゅく殿、周都督しゅうととく至宝しほうともいうべき存在です。

    むざむざにさせてはなりますまい。

    あくまで肝心なのは、我がきみ劉皇叔りゅうこうしゅくが一体となって

    曹操そうそうに当たることです。


魯粛:ええ、それがしもそう思っております。


諸葛亮:いま仲間同士で疑いあっていては、必ず曹操そうそうに付け込まれるでし

    ょう。

    もう一度、貴公から周都督しゅうととくを説得していただきたい。

    思うにこの孔明こうめい陸戦りくせんから始めるのは不利と考えています。

    まずこちらの得意とする水上戦すいじょうせん曹操そうそう出鼻でばなくじき、

    敵の士気を落とすことです。


魯粛:いかにも。

   我が真骨頂しんこっちょうは水軍にござれば。


諸葛亮:そこから我がきみ劉皇叔りゅうこうしゅくと組んで、

    徐々に陸戦りくせんの機をうかがうべきです。


魯粛:おっしゃること、いちいちそれがしの思うところと一致しておりま

   す。

   急いでもう一度、出陣をおいさめして参りましょう。

   周都督しゅうととくもまだお若く、血気けっきにはやるところがありますゆえ。


諸葛亮:そうしてくだされ。


魯粛:では。


   【二拍】


諸葛亮:…これで良い。だが周瑜しゅうゆあきらめぬであろう。

    次はどう仕掛けてくるか…。


ナレ:その後、魯粛ろしゅくの説得もあって聚鉄山奇襲じゅてつざんきしゅうは取り消されたが、

   周瑜しゅうゆはいよいよ殺意を固める。

   それからしばらくして、岸辺きしべを歩いている諸葛亮しょかつりょうの耳に、

   驚くべき内容の話が飛び込んできた。


孫権軍兵士1:なあ、今日は誰か客が来ているのか?


孫権軍兵士2:ん?ああ、陣中見舞じんちゅうみまいらしいぞ。

       なんでも、同盟先どうめいさき江夏こうかから来てるんだと。


諸葛亮:【つぶやくように】

    な、なに、江夏から!?

    私には何も知らされていない…ッ周瑜しゅうゆ、もしや我がきみを…!


孫権軍兵士1:それにしちゃあ、ずいぶん本陣周ほんじんまわりが厳重だな?

       いつもより多く護衛が配置されているぞ。


孫権軍兵士2:大切な同盟相手の客人だからじゃないのか?


孫権軍兵士1:それでも数が多すぎると思うんだが…。


諸葛亮:【つぶやくように】

    バカな!その兵どもは護衛ではない!

    我がきみを暗殺せんとする為の刺客しかく…!!

    ともかく様子ようすを…。


    【三拍】


    あぁ我がきみ!ひとことくぎをさしておくべきであったか…。

    しかし、関羽かんうがああしてそばひかえているのであれば、

    周瑜しゅうゆもうかつに手出しはできまい…。


周瑜:かねてから劉皇叔りゅうこうしゅくの名をおしたいしておりました。

   さあさあ、陣中じんちゅうゆえ満足なもてなしもできませぬが、

   さ、こちらへ。


劉備:これはねんごろなおもてなし、感謝いたします。


ナレ:酒がほど良く回っていく中、幕の外側からひそかに様子ようすをうかがって

   いる諸葛亮しょかつりょうはさすがに手に汗を握り、中では劉備りゅうびがいかにも心安こころやす

   に周瑜しゅうゆと会談を続け、さかずきを重ねていく。

   そのかたわらには関羽かんうが、さながら守護神のごとく立ち続けていた。


周瑜:ところで、この度は貴国きこくと共に曹操そうそうと戦う事となったわけですが、

   貴国きこくの軍備、作戦をうかがっておきたく存じます。


劉備:それならば、私より孔明こうめいにお聞きになられた方がよろしいかと。

   そうだ、孔明こうめいもこの場に呼んでいただけませぬか?

   久方ひさかたぶりに会いたいのですが。


周瑜:いや、実は今、諸葛亮しょかつりょう殿にはいろいろと策をさずけていただき、

   その準備に多忙たぼうでございましてな。

   どうせ曹操そうそうとの決戦は目の前にせまっております。

   敵を破り、めでたく祝賀の会となった時にでも、

   お会いになられてはいかがですか?


劉備:【つぶやくように】

   主君が会わせよと言っているというのに、

   話をそらして会わせようとせぬ…。

   関羽かんうそでを引いて知らせて来ておるし、長居ながいは無用か。


   そうですな。

   では今日のさかずきも、これくらいでお預けしておきましょう。

   いずれ曹操そうそうを打ち破った後、改めて祝賀の席でいただくと致します。

   では、いずれまた。


周瑜:えっ!

   まぁまぁ、そう言わずに…。


劉備:いやいや、今は一刻いっこくを争う大切な時期ですからな。

   後日またゆっくりといたしましょう。

   では、これにて。


周瑜:!う、そ、そうですな。

   ではお見送りいたします。


劉備:それにしても見事な軍備でございますな。

   この玄徳げんとく、心強い限りです。


周瑜:ははは…お言葉、いたみいります。


諸葛亮:【安堵あんどの溜息】

    良かった。

    うまく席を立たれたか…。

    よし、先回りしてお伝えしておかねば…。


    【三拍】


    ご無事ぶじのお戻り、安堵あんどいたしました。


劉備:!!おお、軍師!

   そなたこそ無事ぶじであったか!


諸葛亮:我がきみ此度こたびの行動、軽率けいそつに過ぎます。

    どうか以後はおつつしみくださいませ。


劉備:しかし…そなたの身が心配でならなかったのだ。


諸葛亮:私は大丈夫です。

    傍目はためには虎の口の中にいるように見えるかと思われますが、

    しかしその安泰あんたいなること、そびえる山のごとしです。


劉備:そうか…わかった。

   以後はつつしもう。


諸葛亮:それよりも注意していただきたいのは、

    これからの我がきみの動きです。

    来たる十一月二十日、必ず趙雲ちょううんに命じて早船はやぶね一艘いっそう

    南屏山なんぴょうざん近くの川岸までむかえにつかわしていただきたく存じます。


劉備:十一月二十日?

   この日に何かあるのか?


諸葛亮:はい。

    その日をさかいとして数日間、風向きが変わります。

    いま帰らずとも、東南の風が吹き起こる日には必ず江夏こうかへ戻りま

    す。


劉備:軍師よ、どうして今から風向きの変わる日が分かるのだ?


諸葛亮:荊州けいしゅう隆中りゅうちゅうに十年住んでいた間、

    四季を長江ちょうこうの水や空の雲と共にながめ、風をはかって暮らしていたよ

    うなものです。

    それゆえ風向き程度ならば、ほぼはずれぬ程度の予測はつきます。


劉備:なるほど、分かった。

   十一月二十日、南屏山なんぴょうざん近くの川岸に、

   趙雲ちょううんを早船でつかわせば良いのだな?


諸葛亮:はい。

    さ、人目ひとめれぬうちに、

    早く江夏こうかへお戻り遊ばしませ。


劉備:うむ、今から帰りを心待ちにしておるぞ。


ナレ:その後、大戦の火蓋ひぶたは水上から切られた。

   初戦は周瑜しゅうゆの指揮の元、甘寧かんねいひきいる水軍部隊が蔡瑁さいぼうの船団相手に

   勝利を収める。

   しかし両軍ともそれ以降は動かず、謀略ぼうりゃくけ引きに終始しゅうししていた

   。


諸葛亮:【つぶやく】

    この膠着こうちゃく状態…

    さて、次なる一手はどこから打つべきか…?


孫権軍兵士1:おい、聞いたか?

       本陣じゃ宴会らしいぞ。

       将軍達が集まっていった。


孫権軍兵士2:いいなぁ…って、何かあったのか?

       最近ろくにいくさしてないだろ?


孫権軍兵士1:何でも、周都督しゅうととくの旧友がたずねてきたからだとかなんとか。


諸葛亮:【つぶやく】

    旧友…そういえば、ホウとう徐庶じょしょ息災そくさいだろうか…。


孫権軍兵士2:へえ、この戦争の最中さいちゅうにか。

       良いご身分だぜ…。

       どんな奴だった?


孫権軍兵士1:俺も見たわけじゃあねえ。

       そういう話があったってやつさ。

       あ、でも名前は聞いたな。

       ええーと…そうそう、蒋幹しょうかんとか言ってたな。


諸葛亮:【つぶやく】

    !!ほう…蒋幹しょうかんといえば、曹操そうそうの客になっていたはずだな。

    そうか…なるほど。


孫権軍兵士2:ふーん…ま、俺らには関係ねえやな。

       それより、見張りサボってると処罰もんだぜ。


孫権軍兵士1:おおっと、いけねえいけねえ。

       それじゃあ、交代だな。


孫権軍兵士2:おう、また後でなぁ。


諸葛亮:【つぶやく】

    おそらく周瑜しゅうゆも見破っているだろう。

    これが我らの次なる一手の糸口となるか…

    彼の手並み拝見といこう。


ナレ:その後まもなく、曹操そうそう軍の水軍首脳陣が入れ替わったといううわさが、

   長江ちょうこうの風に乗って伝わって来た。

   曹操そうそうに降伏した荊州けいしゅうの将のうち、水上戦を得意としていた蔡瑁さいぼう張允ちょういん

   水軍都督すいぐんととくを務めていたこの二人から、曹操そうそうの腹心である北国出身の

   于禁うきんもうカイに変わった、

   と言うのである。


魯粛:諸葛亮しょかつりょう殿、おられますかな?


諸葛亮:【つぶやく】

    …また周瑜しゅうゆに様子を見につかわされたか。

    よほど警戒されていると見える。

    さしずめ、蔡瑁さいぼう張允ちょういんの一件であろうな…。


    これは魯粛ろしゅく殿、いかがなされましたか?



魯粛:いやなに、最近しばらく軍務ぐんむに追われて

   お会いしていませんでしたからな。

   お変わりないかと思いまして。


諸葛亮:こちらはいたって手持無沙汰てもちぶさたでありましたが…、

    今日にでも周都督しゅうととくにおよろこびを申し上げようと思っていたところで

    す。


魯粛:およろこび?

   一体、何のことです?


諸葛亮:周都督しゅうととくが貴公をここへつかわし、私の胸の内を探らせようとなさっ

    た…その事ですよ。


魯粛:!なっ…ど、どうしてそれを知っておいでなので…!?


諸葛亮:ははは。

    うまく蒋幹しょうかんあざむいて蔡瑁さいぼう張允ちょういん曹操そうそうに斬らせるほどの、

    周都督しゅうととくの英知ではありませんか。

    今に自然とお気づきになるでしょう。


魯粛:いや、そうまで申されてはもう一言もありません。

   さすがのご明察です。


諸葛亮:ともあれ、蔡瑁さいぼうらを曹操そうそう軍からのぞくことができたのは、

    まことに大成功と言うべきでしょう。

    後釜あとがま于禁うきんもうカイをえて士気の刷新さっしん調練ちょうれんを重ねている、

    と聞き及びますが…。

    あの二人は水上戦の将といううつわではありません。

    やがてみずから、破滅の道をたどるでしょう。


魯粛:諸葛亮しょかつりょう殿にそうまで言っていただけるとは、心強い限りです。


諸葛亮:それよりも魯粛ろしゅく殿。

    もし戻って周都督しゅうととくに問われても、

    私がこの事を知っていたという件はご内密ないみつに願いたい。

    また、この孔明こうめいの命を狙おうとなさるかもしれませぬからな。


魯粛:…し、承知しました。


ナレ:そう諸葛亮しょかつりょうと約束して去った魯粛ろしゅくであったが、

   周瑜しゅうゆにはやはり隠しておけずすべて話してしまう。

   いよいよ恐れを深めた周瑜しゅうゆは、今度は任務の失敗を利用して

   公然と処刑する方法に出る。

   ある日の軍議でのこと。


魯粛:諸葛亮しょかつりょう殿、そろそろ軍議が始まりますゆえ、共に参りましょう。


諸葛亮:ええ。

    そういえばさきの曹操そうそう軍との初戦しょせんは、

    甘寧かんねい将軍が大活躍されたとか。


魯粛:ええ、蔡瑁さいぼうらをおびき寄せて包囲し、一気に叩きました。

   あの時はまだ蔡瑁さいぼう都督ととくでしたが、今はそれよりおと于禁うきんもうカイ

   です。

   曹操そうそうの水軍も大したことはありませんな。


諸葛亮:とはいえ、おごりは破滅のもとです。

    気をゆるめてはなりますまい。


魯粛:いかにも。

   …さて、みなもう集まっておりますな。

   都督ととく、遅くなりました。


周瑜:おお、魯粛ろしゅく諸葛亮しょかつりょう殿、参られたか。

   諸将よ、では軍議を始める!


ナレ:中核ちゅうかくをなす将達しょうたち一同いちどう席に着くと、各部隊の配置や手配てはい

   策をっていった。

   やがて軍議も散会さんかいとなりかけた時、周瑜しゅうゆがふと何か思いついたよう

   に諸葛亮しょかつりょうへ話しかけた。


周瑜:ところで諸葛亮しょかつりょう殿、水上戦に用いる武器としては、何を一番多量に

   備えておくべきと思われますか?


諸葛亮:そうですな…。

    将来には特殊な武器が開発されるかもしれませぬが、

    現状ではいしゆみまさるものはありませぬな。


周瑜:むかし太公望たいこうぼう陣中じんちゅう鍛冶屋かじやともない、多くの武器を作らせたと

   聞きます。

   諸葛亮しょかつりょう殿、ひとつ我がの為に十万本の矢を

   作っていただけないだろうか。

   鍛冶屋かじや矢柄師やがらしなどはいくらでもお使いになってかまわぬ。


諸葛亮:陣中では今、それほど矢が不足しておりますか。


周瑜:いま貯蔵している量では、あっという間に使い果たす可能性が

   あるやもしれぬのです。


諸葛亮:なるほど…承知しました。


周瑜:十日のうちにできますかな?


諸葛亮:十日、ですか。

    【つぶやくように】

    なるほど、次はこの手で来たか…。

    周瑜しゅうゆもなかなか手の込んだことをする…。


周瑜:無理と言えば無理であろうがーー


諸葛亮:【↑の語尾に喰い気味に】

    いや、明日はどう変化するか分からぬのがいくさです。

    十日などといわず、三日で作り上げてご覧に入れましょう。


周瑜:なッなに三日!?

   諸葛亮しょかつりょう殿、冗談を言っているのではありますまいな?


諸葛亮:陣中じんちゅう戯言ざれごとなし。

    このような場でどうして冗談など言いましょうか。

    では、今日はこれにて…。

    【二拍】

    私の予想が正しければ、三日目の夜は…。


    【二拍】


魯粛:しょ、諸葛亮しょかつりょう殿、お待ちあれ!


諸葛亮:これは魯粛ろしゅく殿。

    …いや、あなたもおひとが悪いですな。


魯粛:それがしが?

   それはまた何故です。


諸葛亮:あれほど申し上げておいたのに、

    周都督しゅうととくに全てしゃべってしまわれたでしょう?

    おかげで難題を与えられてしまったではありませんか。

    もしできなければ…軍法ぐんぽうに照らして死罪でしょうな。


魯粛:しかし、都督ととくが十日と言われたのを、

   三日と期限をみずから切ったのは諸葛亮しょかつりょう殿ではありませぬか。

   それも諸将の目の前でですぞ。

   さすがにこればかりは、それがしにもどうにもなりませぬ。


諸葛亮:いや、何も周都督しゅうととくにお取り成しを頼みたいわけではありません。

    魯粛ろしゅく殿の配下の兵を五、六百人、それと船を二十艘にじゅっそうほど

    お貸し願いたい。


魯粛:え、それがしの配下の兵をですか?

   それに船を二十艘にじゅっそう…、一体どうされるおつもりで?


諸葛亮:まず船ごとに兵を三十人ずつ乗せます。

    船体せんたいは全て青い布とたばねたわらおおい、更に多数の藁人形わらにんぎょう

    立てかけておいて下され。

    さすれば、必ず十万本の矢を周都督しゅうととくの本陣まで運ばせましょう。


魯粛:むむ、確かにできなくはありませんが…本当にそれで十万本の矢を

   作れるのでしょうな?


諸葛亮:もちろんです。

    しかし、このことは周都督しゅうととくには黙っておいていただきたい。

    あるいはお許しがないかもしれませぬからな。


魯粛:す、少し考える時間をいただきたい。

   後ほどまた…。


ナレ:魯粛ろしゅくはまたしても周瑜しゅうゆにこれを相談、その結果やらせてみようと

   いう結論に至る。

   諸葛亮しょかつりょうが注文したものはすぐに編成されて岸につながれ、

   その時を待っていた。

   そして期限のせまった三日目の夜。


魯粛:諸葛亮しょかつりょう殿、期限まであと今宵こよい限りですぞ。


諸葛亮:そうです。

    ついに今宵こよい限りとなりました。

    ついては魯粛ろしゅく殿にもご足労そくろう願いたいのですが。


魯粛:え…どちらへ?


諸葛亮:長江の北岸ほくがんです。


魯粛:?い、いったい…何をしに行かれるので?


諸葛亮:矢狩やがりです。矢狩やがりに参るのですよ。

    さ、こちらへ…。

    よし、船を出せ!


    【三拍】


魯粛:それがしには、諸葛亮しょかつりょう殿の考えとこの船団の目的がとんとわかりま

   せん。


諸葛亮:はっははは…

    この深い夜霧よぎりが晴れれば、自然とお分かりになりますよ。


魯粛:青いまくわらで船をすべておおってしまうとは…、

   まるで覆面ふくめんの船団ですな、これは…。


諸葛亮:なるほど、それは面白おもしろい表現ですな。

    まぁ、目的地に着くまで酒でもいかがですか?


魯粛:【つぶやくように】

   一体何を考えて…このわずかな兵力で曹操そうそう軍と戦うはずもなし…、

   も、もしやこのまま、私を手土産てみやげ江夏こうかへ帰るつもりでは…!?


ナレ:不安な魯粛ろしゅく悠然ゆうぜんたる孔明こうめい

   船団はしばらく長江ちょうこうを北へさかのぼっていくと、やがておぼろあかりの列が

   夜霧よぎりの向こうに見え始めた。

   すなわち曹操そうそう軍の本隊の布陣ふじんしている、北岸ほくがん要塞ようさいである。


孫権軍兵士1:諸葛亮しょかつりょう様、敵陣てきじんが見えました!


諸葛亮:よし、出港前に伝えてはいたが、あらためて全船ぜんせんに申し渡す!

    決して深く攻め込まず、敵の矢が届く距離を縦横無尽じゅうおうむじんに行きせよ。

    船体せんたいにくまなく矢をかけさせるのだ!


孫権軍兵士2:ははっ、かしこまりました!


魯粛:!!しょ、諸葛亮しょかつりょう殿…ではこの船団の目的は…!


諸葛亮:ふ…さあ魯粛ろしゅく殿。

    矢狩やがりと参りましょう。

    合図を出せ!


ナレ:号令一下ごうれいいっか諸葛亮しょかつりょうの乗る旗艦きかんを中心に、すべての船が一斉いっせい曹操そうそう軍の

   要塞ようさいに突撃するかのようなかまえを見せた。

   それに対し北岸ほくがんからは、波の音も消えるかと思われるほどのうなりと

   共に、大量の矢が飛んできた。


魯粛:諸葛亮しょかつりょう殿!

   敵船団が出てくる恐れはないのですか!?


諸葛亮:ええ、この深い夜霧よぎり、それに敵の水軍をたばねるのは

    水上戦に不慣ふなれな于禁うきんもうカイ…

    決して出てくることはありません。


    【三拍】


    よし、もうこれくらいで良いだろう。

    全船ぜんせんに引き上げの合図を!


孫権軍兵士1:ははっ!

       全船撤退ぜんせんてったい


孫権軍兵士2:!撤退てったいの合図だ!

       南岸なんがんに向けて全速前進ぜんそくぜんしんだ!


       【二拍】


諸葛亮:曹操そうそうよ、今宵こよいのご好意を感謝する!

    おくり物の矢は十分に頂戴ちょうだいした!

    さらば!!


魯粛:【つぶやくように】

   な、なんという…なんという知謀ちぼうだ…!

   敵から矢を奪うとは…!


諸葛亮:魯粛ろしゅく殿、この沢山たくさんな矢が数え切れますかな?


魯粛:いやあ…到底とうてい数え切れませぬ。

   三日のうちにと言い出したのは、これを狙っての事でしたか。


諸葛亮:ええ。

    十万本の矢を十日で、しかもこれほどのものをとなれば、

    どれほど急ごうと間に合うものではありませぬ。

    また、周都督しゅうととくが職人達の働きをさまたげるでしょう。

    なぜなら……


    都督ととくが欲しいのは、矢よりも私の命の方でしょうからな。


魯粛:うっ、そ、そこまでご存知ぞんじで…!


諸葛亮:鳥や獣でさえ、身にせまる危険には敏感にさとるもの。

    万物ばんぶつ霊長れいちょうである人間が、おのれの命にどうして無関心でおれましょ

    うか?


魯粛:それにしても、きりが発生することまで見通みとおしておられたとは…。


諸葛亮:将たる者、かみ天文てんもんしもは地理につうじていなければ大将のうつわとは

    言えませぬ。

    大地の気温や雲行くもゆき、風の速さで天候を予測する事は漁師りょうしにも

    できます。

    そうした予感があったからこそ、三日と期限を切ったのです。

    これを周都督しゅうととく意地悪いじわるく七日や十日先に言い出されたら、

    私も困っていた事でしょう。


魯粛:…諸葛亮しょかつりょう殿。

   それがしからもう一度、都督ととくに申しあげてみます。

   どうか、今回の事も気を悪くしないで下され。


諸葛亮:ははは、気にはしておりませぬ。

    さ、帰りましょう。


ナレ:諸葛亮しょかつりょうの指揮する船団は一艘いっそうも失うことなく、

   無事に本陣へと帰還きかんする。

   船の一艘いっそうにつき、およそ六、七千本もの矢が立っていた。

   総計十数万という数である。

   それらの中からやじりが欠けたり、矢柄やがらの折れたものは全て取りのぞき、

   十万の矢は綺麗きれいに積み上げられた。


周瑜:こ、これは…!


諸葛亮:都督ととく、十万本の矢、しかとお渡しいたしましたぞ。


周瑜:…恐れ入りました。

   この深謀遠慮しんぼうえんりょ、とても私の及ぶところではありません。


諸葛亮:いやいや、この程度は小細工こざいくにすぎませぬ。

    それをめられてはかえって面映おもはゆゆい。


周瑜:世辞せじではありません、まことに心服しんぷくしました。

   諸葛亮しょかつりょう殿、まずはこちらへ…。

   幕舎ばくしゃ一献いっこんさしあげながら、これからの事についてお知恵を借りた

   い。


魯粛:どうぞ、諸葛亮しょかつりょう殿。


諸葛亮:【つぶやくように】

    これでしばらくは手を出してこないだろう…。


    わかりました、では…。


    【二拍】


周瑜:実は我がきみからお使いが参り、このままむなしく兵馬へいばをとどめて

   何をしているのかとおしかりがありました。

   諸葛亮しょかつりょう殿も昨夜ご覧になられたと思うが、

   曹操そうそう軍の要塞ようさいはすべて水軍の法にかなったもので、とても近づけま

   せん。

   正直な所、いかがすればよいか悩んでいる次第しだいです。


魯粛:あの大軍であの規模きぼ要塞ようさい構築こうちくされては、まず手が出せませぬ。

   諸葛亮しょかつりょう殿、何か策はございませぬか?


諸葛亮:ふむ…。

    あることはありますが、しかし都督ととくも全く無策むさくではございますま

    い。


周瑜:それは…確かに、最後の一計いっけいがないわけではないが…。


諸葛亮:では互いに手のひらに策を書き、一致いっちしているか試してはみませ

    ぬか?


周瑜:なるほど、それは面白おもしろい。


魯粛:ではすずりと筆を…。

   さ、どうぞ。


   【三拍】


周瑜:よろしいか、諸葛亮しょかつりょう殿?


諸葛亮:ええ、いざ。


ナレ:二人は同時ににぎった手を開いて見せあった。

   互いの手に書かれていたのは、火、の一文字。


周瑜:おお、これは…!


魯粛:まるで、を合わせたようですな!


諸葛亮:胸中きょうちゅう秘策ひさく、同じでございましたな。


周瑜・諸葛亮・魯粛:はっはははは……!


ナレ:三人は秘策ひさく一致いっちしていたことを大いに喜び、

   さかずきかかげて前途ぜんとを祝った。

   それからしばらくして、孫権そんけん軍本陣近くを歩いている諸葛亮しょかつりょうの耳に

   、兵士達の雑談が飛び込んできた。


孫権軍兵士1:なあ、曹操そうそう軍から二人の将が降伏してきたぞ。


孫権軍兵士2:へえ、そいつは俺たちが有利になってきてるってことなの

       か?


諸葛亮:【つぶやくように】

    ほう…このような現状の中で降伏者こうふくしゃとは…。

    もしや…。


孫権軍兵士1:そうなんじゃないか?

       敵が減って味方が増えるわけだからさ。

       都督ととく様も喜んで迎えてたぜ。


孫権軍兵士2:だよな!

       で、何て名前なんだ?


孫権軍兵士1:えーとたしか…蔡仲さいちゅうと…蔡和さいか、だったな。

       兵だけを数百人ばかりつれて逃げてきたみたいだぞ。


孫権軍兵士2:ふうん、なるほどねえ…っておい、上官じょうかん殿が来たぞ!


孫権軍兵士1:やべえ!

       【二拍】

       はっ、異常ありません!


諸葛亮:蔡瑁さいぼうおいか…。

    兵だけで家族を連れてきていないという事は、

    偽装投降ぎそうとうこう埋伏まいふくの毒か…!

    おそらく周瑜しゅうゆも見抜いていようが…さて、どうする…?


魯粛:諸葛亮しょかつりょう殿!ここにおられましたか。


諸葛亮:おお魯粛ろしゅく殿、いかがなされました?


魯粛:すでにお耳に入っているかもしれませんが、

   実は先ほど曹操そうそう軍から、蔡瑁さいぼうおい蔡仲さいちゅう蔡和さいか降伏こうふくしてきたので

   す。

   それがしは止めたのですが、周都督しゅうととくはまったく疑わずに受け入れて

   しまわれて…。

   さすがに軽率けいそつではないかと思うのです。


諸葛亮:はっははは…。

    魯粛ろしゅく殿、それはいらぬ心配というものです。


魯粛:い、いらぬ心配ですと?

   なぜです?


諸葛亮:蔡仲さいちゅう蔡和さいか降伏こうふくは明らかにいつわりです。

    本当に曹操そうそうから逃げてきたのであれば、家族もともなっていなくては

    なりません。

    でなければそれらの者が罪に問われ、処刑されてしまいます。


魯粛:あっ、な、なるほど!

   では、それを承知で都督ととくは!?


諸葛亮:ええ、周都督しゅうととくもすぐ見抜かれたであろう。

    しかし今はたがいに動くに動けない状況です。

    そんなおりに向こうから仕掛けてきたのを絶好ぜっこうの機会として、

    逆に一泡ひとあわ吹かせようとお考えなのでしょう。

    どうです?

    笑いたくはなりませんか?


魯粛:いえ…笑えません。

   どうしてこう、それがしは人を見る目がにぶいのであろうか…。


ナレ:そんなやり取りがあった翌日。

   孫権そんけん軍の陣中でひとつの事件が起きた。

   の国に三代にわたってつかえている譜代ふだいの老将、黄蓋こうがい

   大都督周瑜だいととくしゅうゆの命令に突然さからったのである。


周瑜:近く、我が軍は大きな行動に出るであろう。

   諸将はそれぞれ、三か月分の兵糧ひょうろうを船に積み込んでおくのだ。


黄蓋:なに?今、何か月分と言われた。


周瑜:三か月分と申したが、それがどうかしたのか。


黄蓋:無用なご命令じゃ。

   三か月どころか、三十か月あろうと曹操そうそう軍を打ち破れはせぬわ!

   今の内に降伏こうふくしたほうが良かろうて!


周瑜:なッ何ッ!?

   開戦に先立さきだって我がきみおおせられた事を忘れたか!

   二度と降伏こうふく)を口にする者は、この剣をもって斬り捨てて良いと言わ

   れた事を!!

   者ども、その老いぼれをひっ捕らえよ!


黄蓋:黙れィ、周瑜しゅうゆ!!

   なんじは日ごろから我がきみ寵愛ちょうあいをかさに着て、

   しかも今日までほとんど無策むさくに過ごしているではないか!

   我ら三代の宿将しゅくしょうに何も策をはからず、必勝のあてもない命令を発し

   たとて、なんでいいだくだく々としたがえようか!

   いたずらに兵を損ずるのみだわぃ!!


周瑜:ぬううう言わしておけば!

   兵をまどわし士気を下げるれ者め!

   その首を斬らねば、どうして軍律ぐんりつただようか!!

   ええい者ども、なぜその老いぼれにいつまで物を言わしておくか!


黄蓋:ひかえろ周瑜しゅうゆ

   なんじごときはせいぜい先代せんだい討逆とうぎゃく将軍、孫策そんさく様以来のしんではないか! 

   国祖こくそ孫堅そんけん様以来、三代の功臣こうしんたるこのわしを縛れるものなら縛って

   みィ!!


周瑜:き、斬れェッ!

   彼奴きゃつを斬り捨てィッ!!


諸葛亮:【つぶやくように】

    黄蓋こうがいは当初から決戦派だったはず…。

    それに周瑜しゅうゆとは普段親しいと聞いている…。


周瑜:ええいどけッ!

   彼奴きゃつを斬らねばならん!!


魯粛:お、お待ちを!

   老将軍は国の功臣こうしん、それに年も年です。

   なにとぞ、あわれみを!


諸葛亮:【つぶやくように】

    なるほど…これが周瑜しゅうゆの次の一手いってか。

    譜代ふだいの重臣である黄蓋こうがい苦肉くにくの策ならば、

    曹操そうそうあざむけるやもしれぬが…。


周瑜:はぁっ…はぁっ…!!

   ッそれほどまでに言うなら一時、命は預けておく!

   だが、軍法ぐんぽうたださねばならん!

   棒叩ぼうたたき百回の上、陣中に謹慎きんしんを申しつける!!

   それッ兵ども、その老いぼれから衣装甲冑いしょうかっちゅうをひっぱいで棍棒こんぼうで打ち

   すえろッッ!!


孫権軍兵士1:は、はッ!


孫権軍兵士2:【声を落として】

       老将軍、申し訳ございませぬ…。


周瑜:打てッ、打てッ!!

   ためらう奴は同罪だぞ!!


孫権軍兵士1:1ッ!


孫権軍兵士2:2ッ!


孫権軍兵士1:3ッ!!


孫権軍兵士2:4ッ!!


黄蓋:【1~4の間でタイミングをはかって】

   う、うぐぐぐ…!!!


孫権軍兵士1:7ッ!


孫権軍兵士2:8ッ!


孫権軍兵士1:9ッ!!


孫権軍兵士2:10ッ!!


黄蓋:【7~10の間でタイミングをはかって】

    ッッぐァァァッッ!!!


ナレ:棍棒こんぼうを持った獄卒ごくそつは、容赦ようしゃなく左右からはだかかれた黄蓋こうがいの背を

   打ちえた。皮膚ひふはあっという間に破れ、鮮血は流れて白髪しらが

   染める。

   百近くになる頃には、打ちえる兵達もへとへとになるほどであっ

   た。


孫権軍兵士1:きゅうじゅう、さんっ…!


孫権軍兵士2:きゅう、じゅう、よんっ…!


黄蓋:っ……ッ……!


孫権軍兵士1:きゅう…じゅう、はち…っ、


孫権軍兵士2:きゅうじゅうっ…きゅう…!


孫権軍兵士1:ひ、ひゃく…っ…!


孫権軍兵士2:はぁ、はぁ…はぁ…!


黄蓋:ぅ…ぐ…っ…。


周瑜:ッふん、思い知ったか…!!!


   【二拍】


魯粛:い、急いで介抱かいほうするのだ!


諸葛亮:【つぶやくように】

    さすがに見るにえないものがあったが…

    そう思わせる程でなくては苦肉くにくの計は成功せぬ。

    さいわい…蔡仲さいちゅう蔡和さいかの両名も見て信じたようであるし…。


   【二拍】


魯粛:諸葛亮しょかつりょう殿、お待ちを!


諸葛亮:どうされました、魯粛ろしゅく殿?


魯粛:はぁ、はぁ…っ。

   なぜ先ほどの刑罰けいばつを止めて下さらなかったのですか!?

   の臣でない諸葛亮しょかつりょう殿に取りしてもらえたらと…、

   それがしだけでなく、他の将達も等しく思っていたのですぞ。


諸葛亮:魯粛ろしゅく殿。

    敵をはかるにはまず味方からと申しましょう。

    お二人があれほどまでに必死に皆をあざむかんとしているのです。

    それを止めるなどと、余計な事はしてはなりませんな。


魯粛:えッ、都督ととく黄蓋こうがい殿が!?

   という事は…!


諸葛亮:ええ。

    あれは蔡仲さいちゅう蔡和さいか、ひいてはその後ろで糸を引いている曹操そうそうに、

    我々が結束けっそくいていると見せる為の計…苦肉くにくの策でしょう。

    ですが今の私の考え、どうか周都督しゅうととくには黙っておいていただきた

    い。

    私に見破られるようでは、とあきらめるかもしれませぬゆえ。


魯粛:わ、分かりました。

   しかしなるほど、そういうことであったのか…!

   それにしても、なんという謀略ぼうりゃく応酬おうしゅうだ…!

   ともあれそれがしは、それとなく諸将をなだめておくことにします。

   では…。


諸葛亮:…さて、こちらの策は整いつつあるが…まだ足りぬものがある。

    あの日までにすべての石を盤面ばんめんに打ち終えられるであろうか…?


ナレ:敵をはかるにはまず、敵の知謀ちぼうの度合いを見定みさだめる。

   周瑜しゅうゆらが仕掛けた苦肉くにくの計は、見事に蔡仲さいちゅうらをあざむきおおせた。

   しかし曹操そうそうを討ち倒す決定的な一手にはまだ遠い。

   諸葛亮しょかつりょうは駆け去る魯粛ろしゅくの背を見ながら、次なる策に思案をめぐらす。

   そんりゅう連合軍と曹操そうそう軍の対峙たいじは、いよいよ佳境かきょうに差し掛かろうとし

   ていた。




END【後編に続く】




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