三国志演義・赤壁大戦~三江の大殲滅~【玄徳の章・中編】
声劇台本:三国志演義・赤壁大戦~三江の大殲滅~【玄徳の章・中編】
作者:霧夜シオン
所要時間:約45分
必要演者数:最低6人
(6:0:0)
(5:1:0)
はじめに:この一連の三国志台本は、
故・横山光輝先生
故・吉川英治先生
北方健三先生
蒼天航路
の三国志や各種ゲーム等に加え、
作者の想像
を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた
め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事
も多々あります。
その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです
。
なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ
て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい
ております。何卒ご了承ください<m(__)m>
なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。
また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします
。
ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、
または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場
合がありますので、注意してください。
なお、古代中国において名前は 姓、諱、字の3つに分かれており、
例を挙げると諸葛亮孔明の場合、諸葛が姓、亮が諱、孔明が字となりま
す。古代中国において諱を他人が呼ぶのは避けられていた為、本来であ
れば諸葛孔明、もしくは単に字のみで孔明と記載しなければならないの
ですが、この三国志演義台本においては姓と諱で(例:諸葛亮)と統一
させていただきます、悪しからず。
なお、性別逆転は基本的に不可とします。
●登場人物
諸葛亮・♂:字は孔明。
臥龍と謳われる賢人。
上は天文、下は地理を悟り、六韜三略を胸にたたみ、
若いのに田舎に隠居して晴耕雨読の日を送っていた所を
劉備の三顧の礼を受けてその軍師となる。
曹操に対抗するべく孫権と同盟を結ぶべく呉へ乗り込む。
後に中国史上屈指の名宰相として名を残す事になる。
周瑜・♂:字は公謹。
呉の前主、小覇王孫策と同年代の若き英傑。
孫策の臨終の際に軍事を託される。
今回の戦いにあたって水軍大都督として全軍を指揮、劉備と
同盟を組んで曹操打倒にあたる。
非常な美青年で美周郎とあだ名される。
妻に当時絶世の美女、江東の二喬と謳われた小喬をもつ。
音楽にも堪能で当時の歌にも、「曲に誤りあり、周朗(周瑜)
顧みる」という歌詞があるほど。
魯粛・♂:字は子敬。
本格的に頭角を現したのは孫権の代から。
周瑜に推挙され孫権に仕える。演義では割と周瑜と諸葛亮の間
でオロオロしているイメージがあるが、正史では豪胆かつ
キレる頭脳を持つ。
黄蓋・♂:字は公覆。
孫権の父親、孫堅の代から仕える最古参の将軍。
周瑜としめし合わせて苦肉の計を自ら引き受け、偽りの降伏
を曹操に申し入れる。
諸葛謹・♂:字は子瑜。
魯粛に推挙され、孫権に仕える。
演義ではあまり目立った活躍は描かれてないが、
三国志の作者である陳寿に、
「呉はその虎を得たり」と評されるほどの優秀な人物で、
孫権の信頼も非常に篤かったという。
諸葛亮の実の兄。
劉備・♂:字は玄徳。
漢王朝の中山靖王・劉勝の末孫を自称する。
義兄弟の関羽、張飛らと共に乱れた世を正さんと立ち上がり、
混迷の乱世を駆け抜ける。
諸葛亮の君主。
孫権軍兵士1・♂:今回はわりと登場が多い。
(役の組み合わせによっては男女不問とします。)
孫権軍兵士2・♂:同じく出番が多い。
(役の組み合わせによっては男女不問とします。)
ナレ・♂♀不問:雰囲気を大事に。
●配役例(他に良い組み合わせがあったら教えてください)
諸葛亮:
周瑜:
魯粛・黄蓋:
劉備・孫権軍兵士2:
諸葛瑾・孫権軍兵士1:
ナレ:
※演者数が少ない状態で上演する際は兼ね役でお願いします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
ナレ:荊州へ使者として訪れた呉の魯粛と共に、諸葛亮は呉へ単身乗り込
む。孫権や周瑜らに弁舌を振るい、曹操との決戦を決断させる。
いっぽう周瑜は、諸葛亮の才が将来の呉に災いをなす事を恐れ、
密かに暗殺を画策する。
しかし魯粛はこれに反対。むしろ諸葛亮の兄・諸葛瑾に命じて、
彼を呉に仕えさせるよう献策。
周瑜はこれを容れて、諸葛瑾を説得に向かわせるのであった。
諸葛瑾:弟の孔明はいるだろうか。
兄が訪ねてきた、と伝えてもらいたい。
【二拍】
諸葛亮:なに、兄上が…?
今日は出陣の儀のはず。
一人でここへ来るとは、もしや…。
【二拍】
おお兄上、よくおいでくださいました。さあ、こちらへ…。
先日は役目もあって挨拶もろくにできませんでした。
どうかお許しを。
諸葛瑾:いや、それは私も同じことだ。
しかし、お前と最後に会ったのはいつぶりだろうか…。
ほんの子供の頃しか覚えておらぬが、本当に立派になったなぁ…
。
諸葛亮:兄上こそ、呉の重臣としてご活躍なされていることは、
遠く隆中の地にまで聞こえてきておりました。
諸葛瑾:そうか…こうしてお前と話していると、
幼い頃に戻った心地がする。
ナレ:久方ぶりの再会となった二人の話は尽きなかった。
しかし周瑜から内密の依頼を受けていた諸葛瑾は、
話の途切れた折を狙い、おもむろに本来の目的を切り出した。
諸葛瑾:ときに亮、お前はいにしえの伯夷、叔斉の兄弟をどう思う?
諸葛亮:え、伯夷に叔斉ですか…?
【つぶやくように】
やはり…そうか。
私を呉に仕えさせるよう、周瑜から頼まれてきたか…。
諸葛瑾:二人は互いに王の位を譲り合い、ついには二人して国を去った。
その後は餓死するまで離れること無く、その名は今に至るまで
残っている。
それに比べ、我らは幼少の頃に別れ、長じては別々の君主に
仕えている。
久方ぶりに会ったと思えば、お前は劉備殿からの使者、
片や私は呉の国の臣として、使者であるお前を迎えねばならず、
親しく語り合う事も出来ぬ。
伯夷兄弟の故事を思うと、人の子として恥ずかしくはないであろ
うか?
諸葛亮:いえ、兄上のお考えは事の一面のみを見ておられます。
兄上がおっしゃられるのは義理…
ですが、忠孝はそれより重いかと存じます。
諸葛瑾:確かに忠孝も大事だが、義理も忘れてはなるまい。
諸葛亮:兄上、我らは漢王朝に仕えた両親の子ではありませぬか。
我が君劉皇叔は、中山靖王の末裔にて景帝の玄孫にあたる御方。
もし兄上が呉を去って我が君に仕えれば、同じ漢王朝の臣として
忠義をまっとうする事になります。
諸葛瑾:むむ…しかし……。
諸葛亮:亡き両親の墓も北方にあります。
兄上がお帰りになられれば、兄弟で墓をお祀りする事も出来まし
ょう。
これこそ忠孝をまっとうする最善の方法です。
その時こそ諸葛の兄弟は、伯夷・叔斉に決して劣るものではない
と、世間の人々は言いましょう。
諸葛瑾:【つぶやくように】
こちらが言おうとしたことを、すべて先に言われるとは…。
諸葛亮:!あれは全軍参集の合図ではありませぬか?
兄上も呉の重臣、遅れてはなりますまい。
折を見て、またゆっくりと話そうではありませんか。
諸葛瑾:うむ…そうだな。
ではまた、いずれ会おう。
【三拍】
ああ…偉い弟だ。
呉の臣として私の立場は苦しいが、
一人の兄としてこれほど喜ばしく、嬉しいことは無い…。
諸葛亮:…帰られたか。
兄上、申し訳ありませぬ。
孔明は漢王室の、劉皇叔の臣にございます…。
ナレ:その後、諸葛瑾から事の次第の報告を受けた周瑜は、
いよいよ諸葛亮暗殺の決意を強固なものにする。
出陣の儀を終えた後、すぐに魯粛を遣わして諸葛亮を迎えた。
魯粛:都督、諸葛亮殿をお連れしました。
周瑜:おぉ参られたか。
まずはこちらへ。
【二拍】
…実は一度、お尋ねしてみたい事がありましてな。
諸葛亮:ほう、なんでしょうか?
周瑜:袁紹と曹操の争った、白馬・延津、そして官渡の戦についてです。
諸葛亮:これはまた唐突な話題ですな。
はるか北方の地で起きた事、私に何が分かりましょうか。
周瑜:あの戦いは兵力の少ない曹操が袁紹の大軍を打ち破った。
その際、勝利に大きく貢献したのは何であったか。
臥龍と名高い諸葛亮殿の軍学に照らして、
私に教えていただきたいのです。
諸葛亮:兵の士気や軍の運用、そして二人の気性の相違もありましょう。
しかし一番の要因は、曹操が袁紹軍の兵糧庫を焼き払った。
それがあの勝利を決定づけたと言ってよいでしょう。
周瑜:おお、やはり諸葛亮殿もそうお考えであったか。
此度の戦も相手は百万、こちらは数万。
官渡の戦いの折の曹操と同じ立場にあります。
それゆえ曹操軍の兵糧を断つ事が、この劣勢を覆す上策と考えてい
ます。
諸葛亮:なるほど…曹操軍の兵糧庫の所在は突き止めておられますか?
周瑜:それについては抜かりない。
曹操軍の兵糧はすべて聚鉄山にあるとの事。
諸葛亮殿は長く荊州に住み、あの辺りの地理には詳しいかと思う。
我が軍の決死の兵を千人をお貸しするゆえ、
夜の闇に紛れて敵地深く入り、兵糧を焼き払っていただけないだろ
うか?
おそらく諸葛亮殿をおいて、これを成し遂げられる人はいない。
諸葛亮:【つぶやくように】
…ふふふ、なるほど。
世間の目を欺く為、敵の手を借りて私を殺そうというわけか。
ならば…。
承知しました。
周瑜:!おお、やってくださるか!
感謝いたします!
魯粛:【つぶやくように】
な…聚鉄山を奇襲などと…そんな事がうまくいくはずが…!
諸葛亮:【つぶやくように】
おそらく魯粛は寝耳に水のはず…必ずや後を追って来よう。
では、さっそく戻って出立の準備にかかりましょう。
ナレ:諸葛亮は周瑜の本心を看破すると、
さも自信があるかのように快諾、その場を後にする。
あてがわれた部屋に戻って武装していると、
はたして魯粛が後を追ってきた。
魯粛:し、諸葛亮殿、
先ほどの話は何か必勝の策があって赴かれるのですか?
諸葛亮:ははは、勝算なき戦はしませぬ。
魯粛:しかし全軍の生命線とも言うべき兵糧庫、
曹操ほどの者が、その守りを疎かにするとは思われませぬが…。
諸葛亮:失礼ながらこの孔明、
水上の戦はおろか、騎馬戦、歩兵の平野山岳戦、
いずれにおいても極めぬものはありません。
魯粛殿、貴公や周都督が優れた将であることは認めますが…、
惜しい事に一つの事しかできませぬ。
魯粛:なっ…それはどういうことですか!?
諸葛亮:陸戦にかけては魯粛、水上戦においては周瑜ありとは、
呉の人からよく自慢に聞く事です。
しかし陸の覇者たる貴公も水上戦には暗く、
水上戦の名手たる周都督も、陸戦においては打ち上げられた魚も
同然、何の芸もありません。
これは、先ほどの事からでも明らかでしょう。
魯粛:諸葛亮殿…いくら何でも言葉が過ぎはしませぬか?
諸葛亮:いやいや、言いすぎという事はありますまい。
わずか千の兵で聚鉄山の兵糧庫を焼き払えるなどと、
そう信じて疑っておられないのでしたら…、
どう見ても陸戦に暗い証拠ではありませんか?
もし今宵、私が討ち死にでもしようものなら、
周都督は愚将だと、あまねく天下の笑いものになる事でしょうな。
魯粛:ッ、し、しばしお待ちあれ!
それがしからも都督を説得してみますゆえ!
ナレ:魯粛は慌てて周瑜の元へ戻ってありのまま報告した。
周瑜は激怒すると諸葛亮の出陣を止める。
兵を五千に増やし、みずから出陣準備に取り掛かった。
再びやって来た魯粛の口からそれを聞くと、
諸葛亮は声を立てて笑った。
諸葛亮:ふふふ…はっははは…!
五千なら五千、一万なら一万、
兵を増やせば増やすほど、ことごとく曹操の餌食となるでしょう
。
魯粛:お止めしたのだが…あのご気性だ。聞き入れて下さらん。
諸葛亮:魯粛殿、周都督は呉の至宝ともいうべき存在です。
むざむざ討ち死にさせてはなりますまい。
あくまで肝心なのは、我が君劉皇叔と呉が一体となって
曹操に当たることです。
魯粛:ええ、それがしもそう思っております。
諸葛亮:いま仲間同士で疑いあっていては、必ず曹操に付け込まれるでし
ょう。
もう一度、貴公から周都督を説得していただきたい。
思うにこの孔明、陸戦から始めるのは不利と考えています。
まずこちらの得意とする水上戦で曹操の出鼻を挫き、
敵の士気を落とすことです。
魯粛:いかにも。
我が呉の真骨頂は水軍にござれば。
諸葛亮:そこから我が君劉皇叔と組んで、
徐々に陸戦の機をうかがうべきです。
魯粛:おっしゃること、いちいちそれがしの思うところと一致しておりま
す。
急いでもう一度、出陣をお諫めして参りましょう。
周都督もまだお若く、血気にはやるところがありますゆえ。
諸葛亮:そうしてくだされ。
魯粛:では。
【二拍】
諸葛亮:…これで良い。だが周瑜は諦めぬであろう。
次はどう仕掛けてくるか…。
ナレ:その後、魯粛の説得もあって聚鉄山奇襲は取り消されたが、
周瑜はいよいよ殺意を固める。
それからしばらくして、岸辺を歩いている諸葛亮の耳に、
驚くべき内容の話が飛び込んできた。
孫権軍兵士1:なあ、今日は誰か客が来ているのか?
孫権軍兵士2:ん?ああ、陣中見舞いらしいぞ。
なんでも、同盟先の江夏から来てるんだと。
諸葛亮:【つぶやくように】
な、なに、江夏から!?
私には何も知らされていない…ッ周瑜、もしや我が君を…!
孫権軍兵士1:それにしちゃあ、ずいぶん本陣周りが厳重だな?
いつもより多く護衛が配置されているぞ。
孫権軍兵士2:大切な同盟相手の客人だからじゃないのか?
孫権軍兵士1:それでも数が多すぎると思うんだが…。
諸葛亮:【つぶやくように】
バカな!その兵どもは護衛ではない!
我が君を暗殺せんとする為の刺客…!!
ともかく様子を…。
【三拍】
あぁ我が君!ひとこと釘をさしておくべきであったか…。
しかし、関羽がああして傍に控えているのであれば、
周瑜もうかつに手出しはできまい…。
周瑜:かねてから劉皇叔の名をお慕いしておりました。
さあさあ、陣中ゆえ満足なもてなしもできませぬが、
さ、こちらへ。
劉備:これはねんごろなおもてなし、感謝いたします。
ナレ:酒がほど良く回っていく中、幕の外側から密かに様子をうかがって
いる諸葛亮はさすがに手に汗を握り、中では劉備がいかにも心安げ
に周瑜と会談を続け、杯を重ねていく。
その傍らには関羽が、さながら守護神の如く立ち続けていた。
周瑜:ところで、この度は貴国と共に曹操と戦う事となったわけですが、
貴国の軍備、作戦をうかがっておきたく存じます。
劉備:それならば、私より孔明にお聞きになられた方がよろしいかと。
そうだ、孔明もこの場に呼んでいただけませぬか?
久方ぶりに会いたいのですが。
周瑜:いや、実は今、諸葛亮殿にはいろいろと策を授けていただき、
その準備に多忙でございましてな。
どうせ曹操との決戦は目の前に迫っております。
敵を破り、めでたく祝賀の会となった時にでも、
お会いになられてはいかがですか?
劉備:【つぶやくように】
主君が会わせよと言っているというのに、
話をそらして会わせようとせぬ…。
関羽も袖を引いて知らせて来ておるし、長居は無用か。
そうですな。
では今日の盃も、これくらいでお預けしておきましょう。
いずれ曹操を打ち破った後、改めて祝賀の席でいただくと致します。
では、いずれまた。
周瑜:えっ!
まぁまぁ、そう言わずに…。
劉備:いやいや、今は一刻を争う大切な時期ですからな。
後日またゆっくりといたしましょう。
では、これにて。
周瑜:!う、そ、そうですな。
ではお見送りいたします。
劉備:それにしても見事な軍備でございますな。
この玄徳、心強い限りです。
周瑜:ははは…お言葉、いたみいります。
諸葛亮:【安堵の溜息】
良かった。
うまく席を立たれたか…。
よし、先回りしてお伝えしておかねば…。
【三拍】
ご無事のお戻り、安堵いたしました。
劉備:!!おお、軍師!
そなたこそ無事であったか!
諸葛亮:我が君、此度の行動、軽率に過ぎます。
どうか以後はお慎みくださいませ。
劉備:しかし…そなたの身が心配でならなかったのだ。
諸葛亮:私は大丈夫です。
傍目には虎の口の中にいるように見えるかと思われますが、
しかしその安泰なること、そびえる山のごとしです。
劉備:そうか…わかった。
以後は慎もう。
諸葛亮:それよりも注意していただきたいのは、
これからの我が君の動きです。
来たる十一月二十日、必ず趙雲に命じて早船を一艘、
南屏山近くの川岸まで迎えに遣わしていただきたく存じます。
劉備:十一月二十日?
この日に何かあるのか?
諸葛亮:はい。
その日を境として数日間、風向きが変わります。
いま帰らずとも、東南の風が吹き起こる日には必ず江夏へ戻りま
す。
劉備:軍師よ、どうして今から風向きの変わる日が分かるのだ?
諸葛亮:荊州の隆中に十年住んでいた間、
四季を長江の水や空の雲と共に眺め、風を測って暮らしていたよ
うなものです。
それゆえ風向き程度ならば、ほぼ外れぬ程度の予測はつきます。
劉備:なるほど、分かった。
十一月二十日、南屏山近くの川岸に、
趙雲を早船で遣わせば良いのだな?
諸葛亮:はい。
さ、人目に触れぬうちに、
早く江夏へお戻り遊ばしませ。
劉備:うむ、今から帰りを心待ちにしておるぞ。
ナレ:その後、大戦の火蓋は水上から切られた。
初戦は周瑜の指揮の元、甘寧率いる水軍部隊が蔡瑁の船団相手に
勝利を収める。
しかし両軍ともそれ以降は動かず、謀略の駆け引きに終始していた
。
諸葛亮:【つぶやく】
この膠着状態…
さて、次なる一手はどこから打つべきか…?
孫権軍兵士1:おい、聞いたか?
本陣じゃ宴会らしいぞ。
将軍達が集まっていった。
孫権軍兵士2:いいなぁ…って、何かあったのか?
最近ろくに戦してないだろ?
孫権軍兵士1:何でも、周都督の旧友が訪ねてきたからだとかなんとか。
諸葛亮:【つぶやく】
旧友…そういえば、ホウ統や徐庶は息災だろうか…。
孫権軍兵士2:へえ、この戦争の真っ最中にか。
良いご身分だぜ…。
どんな奴だった?
孫権軍兵士1:俺も見たわけじゃあねえ。
そういう話があったってやつさ。
あ、でも名前は聞いたな。
ええーと…そうそう、蒋幹とか言ってたな。
諸葛亮:【つぶやく】
!!ほう…蒋幹といえば、曹操の客になっていたはずだな。
そうか…なるほど。
孫権軍兵士2:ふーん…ま、俺らには関係ねえやな。
それより、見張りサボってると処罰もんだぜ。
孫権軍兵士1:おおっと、いけねえいけねえ。
それじゃあ、交代だな。
孫権軍兵士2:おう、また後でなぁ。
諸葛亮:【つぶやく】
おそらく周瑜も見破っているだろう。
これが我らの次なる一手の糸口となるか…
彼の手並み拝見といこう。
ナレ:その後まもなく、曹操軍の水軍首脳陣が入れ替わったという噂が、
長江の風に乗って伝わって来た。
曹操に降伏した荊州の将のうち、水上戦を得意としていた蔡瑁と張允。
水軍都督を務めていたこの二人から、曹操の腹心である北国出身の
于禁と毛カイに変わった、
と言うのである。
魯粛:諸葛亮殿、おられますかな?
諸葛亮:【つぶやく】
…また周瑜に様子を見に遣わされたか。
よほど警戒されていると見える。
さしずめ、蔡瑁・張允の一件であろうな…。
これは魯粛殿、いかがなされましたか?
魯粛:いやなに、最近しばらく軍務に追われて
お会いしていませんでしたからな。
お変わりないかと思いまして。
諸葛亮:こちらはいたって手持無沙汰でありましたが…、
今日にでも周都督にお慶びを申し上げようと思っていたところで
す。
魯粛:お慶び?
一体、何のことです?
諸葛亮:周都督が貴公をここへ遣わし、私の胸の内を探らせようとなさっ
た…その事ですよ。
魯粛:!なっ…ど、どうしてそれを知っておいでなので…!?
諸葛亮:ははは。
うまく蒋幹を欺いて蔡瑁・張允を曹操に斬らせるほどの、
周都督の英知ではありませんか。
今に自然とお気づきになるでしょう。
魯粛:いや、そうまで申されてはもう一言もありません。
さすがのご明察です。
諸葛亮:ともあれ、蔡瑁らを曹操軍から除くことができたのは、
まことに大成功と言うべきでしょう。
後釜に于禁や毛カイを据えて士気の刷新と調練を重ねている、
と聞き及びますが…。
あの二人は水上戦の将という器ではありません。
やがてみずから、破滅の道をたどるでしょう。
魯粛:諸葛亮殿にそうまで言っていただけるとは、心強い限りです。
諸葛亮:それよりも魯粛殿。
もし戻って周都督に問われても、
私がこの事を知っていたという件はご内密に願いたい。
また、この孔明の命を狙おうとなさるかもしれませぬからな。
魯粛:…し、承知しました。
ナレ:そう諸葛亮と約束して去った魯粛であったが、
周瑜にはやはり隠しておけず全て話してしまう。
いよいよ恐れを深めた周瑜は、今度は任務の失敗を利用して
公然と処刑する方法に出る。
ある日の軍議でのこと。
魯粛:諸葛亮殿、そろそろ軍議が始まりますゆえ、共に参りましょう。
諸葛亮:ええ。
そういえばさきの曹操軍との初戦は、
甘寧将軍が大活躍されたとか。
魯粛:ええ、蔡瑁らを誘き寄せて包囲し、一気に叩きました。
あの時はまだ蔡瑁が都督でしたが、今はそれより劣る于禁や毛カイ
です。
曹操の水軍も大したことはありませんな。
諸葛亮:とはいえ、驕りは破滅のもとです。
気を緩めてはなりますまい。
魯粛:いかにも。
…さて、皆もう集まっておりますな。
都督、遅くなりました。
周瑜:おお、魯粛に諸葛亮殿、参られたか。
諸将よ、では軍議を始める!
ナレ:呉の中核をなす将達が一同席に着くと、各部隊の配置や手配、
策を練っていった。
やがて軍議も散会となりかけた時、周瑜がふと何か思いついたよう
に諸葛亮へ話しかけた。
周瑜:ところで諸葛亮殿、水上戦に用いる武器としては、何を一番多量に
備えておくべきと思われますか?
諸葛亮:そうですな…。
将来には特殊な武器が開発されるかもしれませぬが、
現状では弩に勝るものはありませぬな。
周瑜:むかし太公望は陣中に鍛冶屋を伴い、多くの武器を作らせたと
聞きます。
諸葛亮殿、ひとつ我が呉の為に十万本の矢を
作っていただけないだろうか。
鍛冶屋、矢柄師などはいくらでもお使いになって構わぬ。
諸葛亮:陣中では今、それほど矢が不足しておりますか。
周瑜:いま貯蔵している量では、あっという間に使い果たす可能性が
あるやもしれぬのです。
諸葛亮:なるほど…承知しました。
周瑜:十日のうちにできますかな?
諸葛亮:十日、ですか。
【つぶやくように】
なるほど、次はこの手で来たか…。
周瑜もなかなか手の込んだことをする…。
周瑜:無理と言えば無理であろうがーー
諸葛亮:【↑の語尾に喰い気味に】
いや、明日はどう変化するか分からぬのが戦です。
十日などといわず、三日で作り上げてご覧に入れましょう。
周瑜:なッなに三日!?
諸葛亮殿、冗談を言っているのではありますまいな?
諸葛亮:陣中に戯言なし。
このような場でどうして冗談など言いましょうか。
では、今日はこれにて…。
【二拍】
私の予想が正しければ、三日目の夜は…。
【二拍】
魯粛:しょ、諸葛亮殿、お待ちあれ!
諸葛亮:これは魯粛殿。
…いや、あなたもお人が悪いですな。
魯粛:それがしが?
それはまた何故です。
諸葛亮:あれほど申し上げておいたのに、
周都督に全て喋ってしまわれたでしょう?
おかげで難題を与えられてしまったではありませんか。
もしできなければ…軍法に照らして死罪でしょうな。
魯粛:しかし、都督が十日と言われたのを、
三日と期限をみずから切ったのは諸葛亮殿ではありませぬか。
それも諸将の目の前でですぞ。
さすがにこればかりは、それがしにもどうにもなりませぬ。
諸葛亮:いや、何も周都督にお取り成しを頼みたいわけではありません。
魯粛殿の配下の兵を五、六百人、それと船を二十艘ほど
お貸し願いたい。
魯粛:え、それがしの配下の兵をですか?
それに船を二十艘…、一体どうされるおつもりで?
諸葛亮:まず船ごとに兵を三十人ずつ乗せます。
船体は全て青い布と束ねた藁で覆い、更に多数の藁人形を
立てかけておいて下され。
さすれば、必ず十万本の矢を周都督の本陣まで運ばせましょう。
魯粛:むむ、確かにできなくはありませんが…本当にそれで十万本の矢を
作れるのでしょうな?
諸葛亮:もちろんです。
しかし、このことは周都督には黙っておいていただきたい。
あるいはお許しがないかもしれませぬからな。
魯粛:す、少し考える時間をいただきたい。
後ほどまた…。
ナレ:魯粛はまたしても周瑜にこれを相談、その結果やらせてみようと
いう結論に至る。
諸葛亮が注文したものはすぐに編成されて岸に繋がれ、
その時を待っていた。
そして期限のせまった三日目の夜。
魯粛:諸葛亮殿、期限まであと今宵限りですぞ。
諸葛亮:そうです。
ついに今宵限りとなりました。
ついては魯粛殿にもご足労願いたいのですが。
魯粛:え…どちらへ?
諸葛亮:長江の北岸です。
魯粛:?い、いったい…何をしに行かれるので?
諸葛亮:矢狩りです。矢狩りに参るのですよ。
さ、こちらへ…。
よし、船を出せ!
【三拍】
魯粛:それがしには、諸葛亮殿の考えとこの船団の目的がとんとわかりま
せん。
諸葛亮:はっははは…
この深い夜霧が晴れれば、自然とお分かりになりますよ。
魯粛:青い幕と藁で船をすべて覆ってしまうとは…、
まるで覆面の船団ですな、これは…。
諸葛亮:なるほど、それは面白い表現ですな。
まぁ、目的地に着くまで酒でもいかがですか?
魯粛:【つぶやくように】
一体何を考えて…このわずかな兵力で曹操軍と戦うはずもなし…、
も、もしやこのまま、私を手土産に江夏へ帰るつもりでは…!?
ナレ:不安な魯粛と悠然たる孔明。
船団はしばらく長江を北へ遡っていくと、やがて朧な灯りの列が
夜霧の向こうに見え始めた。
すなわち曹操軍の本隊の布陣している、北岸の要塞である。
孫権軍兵士1:諸葛亮様、敵陣が見えました!
諸葛亮:よし、出港前に伝えてはいたが、あらためて全船に申し渡す!
決して深く攻め込まず、敵の矢が届く距離を縦横無尽に行き来せよ。
船体にくまなく矢を射かけさせるのだ!
孫権軍兵士2:ははっ、かしこまりました!
魯粛:!!しょ、諸葛亮殿…ではこの船団の目的は…!
諸葛亮:ふ…さあ魯粛殿。
矢狩りと参りましょう。
合図を出せ!
ナレ:号令一下、諸葛亮の乗る旗艦を中心に、全ての船が一斉に曹操軍の
要塞に突撃するかのような構えを見せた。
それに対し北岸からは、波の音も消えるかと思われるほどの唸りと
共に、大量の矢が飛んできた。
魯粛:諸葛亮殿!
敵船団が出てくる恐れはないのですか!?
諸葛亮:ええ、この深い夜霧、それに敵の水軍を束ねるのは
水上戦に不慣れな于禁に毛カイ…
決して出てくることはありません。
【三拍】
よし、もうこれくらいで良いだろう。
全船に引き上げの合図を!
孫権軍兵士1:ははっ!
全船撤退!
孫権軍兵士2:!撤退の合図だ!
南岸に向けて全速前進だ!
【二拍】
諸葛亮:曹操よ、今宵のご好意を感謝する!
贈り物の矢は十分に頂戴した!
さらば!!
魯粛:【つぶやくように】
な、なんという…なんという知謀だ…!
敵から矢を奪うとは…!
諸葛亮:魯粛殿、この沢山な矢が数え切れますかな?
魯粛:いやあ…到底数え切れませぬ。
三日のうちにと言い出したのは、これを狙っての事でしたか。
諸葛亮:ええ。
十万本の矢を十日で、しかもこれ程のものをとなれば、
どれほど急ごうと間に合うものではありませぬ。
また、周都督が職人達の働きを妨げるでしょう。
なぜなら……
都督が欲しいのは、矢よりも私の命の方でしょうからな。
魯粛:うっ、そ、そこまでご存知で…!
諸葛亮:鳥や獣でさえ、身に迫る危険には敏感に悟るもの。
万物の霊長である人間が、己の命にどうして無関心でおれましょ
うか?
魯粛:それにしても、霧が発生することまで見通しておられたとは…。
諸葛亮:将たる者、上は天文、下は地理に通じていなければ大将の器とは
言えませぬ。
大地の気温や雲行き、風の速さで天候を予測する事は漁師にも
できます。
そうした予感があったからこそ、三日と期限を切ったのです。
これを周都督が意地悪く七日や十日先に言い出されたら、
私も困っていた事でしょう。
魯粛:…諸葛亮殿。
それがしからもう一度、都督に申しあげてみます。
どうか、今回の事も気を悪くしないで下され。
諸葛亮:ははは、気にはしておりませぬ。
さ、帰りましょう。
ナレ:諸葛亮の指揮する船団は一艘も失うことなく、
無事に本陣へと帰還する。
船の一艘につき、およそ六、七千本もの矢が立っていた。
総計十数万という数である。
それらの中から鏃が欠けたり、矢柄の折れたものは全て取り除き、
十万の矢は綺麗に積み上げられた。
周瑜:こ、これは…!
諸葛亮:都督、十万本の矢、しかとお渡しいたしましたぞ。
周瑜:…恐れ入りました。
この深謀遠慮、とても私の及ぶところではありません。
諸葛亮:いやいや、この程度は小細工にすぎませぬ。
それを褒められてはかえって面映ゆい。
周瑜:世辞ではありません、まことに心服しました。
諸葛亮殿、まずはこちらへ…。
幕舎で一献さしあげながら、これからの事についてお知恵を借りた
い。
魯粛:どうぞ、諸葛亮殿。
諸葛亮:【つぶやくように】
これでしばらくは手を出してこないだろう…。
わかりました、では…。
【二拍】
周瑜:実は我が君からお使いが参り、このまま空しく兵馬をとどめて
何をしているのかとお叱りがありました。
諸葛亮殿も昨夜ご覧になられたと思うが、
曹操軍の要塞はすべて水軍の法にかなったもので、とても近づけま
せん。
正直な所、いかがすればよいか悩んでいる次第です。
魯粛:あの大軍であの規模の要塞を構築されては、まず手が出せませぬ。
諸葛亮殿、何か策はございませぬか?
諸葛亮:ふむ…。
あることはありますが、しかし都督も全く無策ではございますま
い。
周瑜:それは…確かに、最後の一計がないわけではないが…。
諸葛亮:では互いに手のひらに策を書き、一致しているか試してはみませ
ぬか?
周瑜:なるほど、それは面白い。
魯粛:では硯と筆を…。
さ、どうぞ。
【三拍】
周瑜:よろしいか、諸葛亮殿?
諸葛亮:ええ、いざ。
ナレ:二人は同時に握った手を開いて見せあった。
互いの手に書かれていたのは、火、の一文字。
周瑜:おお、これは…!
魯粛:まるで、割り符を合わせたようですな!
諸葛亮:胸中の秘策、同じでございましたな。
周瑜・諸葛亮・魯粛:はっはははは……!
ナレ:三人は秘策が一致していたことを大いに喜び、
杯を掲げて前途を祝った。
それからしばらくして、孫権軍本陣近くを歩いている諸葛亮の耳に
、兵士達の雑談が飛び込んできた。
孫権軍兵士1:なあ、曹操軍から二人の将が降伏してきたぞ。
孫権軍兵士2:へえ、そいつは俺たちが有利になってきてるってことなの
か?
諸葛亮:【つぶやくように】
ほう…このような現状の中で降伏者とは…。
もしや…。
孫権軍兵士1:そうなんじゃないか?
敵が減って味方が増えるわけだからさ。
都督様も喜んで迎えてたぜ。
孫権軍兵士2:だよな!
で、何て名前なんだ?
孫権軍兵士1:えーとたしか…蔡仲と…蔡和、だったな。
兵だけを数百人ばかりつれて逃げてきたみたいだぞ。
孫権軍兵士2:ふうん、なるほどねえ…っておい、上官殿が来たぞ!
孫権軍兵士1:やべえ!
【二拍】
はっ、異常ありません!
諸葛亮:蔡瑁の甥か…。
兵だけで家族を連れてきていないという事は、
偽装投降、埋伏の毒か…!
おそらく周瑜も見抜いていようが…さて、どうする…?
魯粛:諸葛亮殿!ここにおられましたか。
諸葛亮:おお魯粛殿、いかがなされました?
魯粛:すでにお耳に入っているかもしれませんが、
実は先ほど曹操軍から、蔡瑁の甥の蔡仲・蔡和が降伏してきたので
す。
それがしは止めたのですが、周都督はまったく疑わずに受け入れて
しまわれて…。
さすがに軽率ではないかと思うのです。
諸葛亮:はっははは…。
魯粛殿、それはいらぬ心配というものです。
魯粛:い、いらぬ心配ですと?
なぜです?
諸葛亮:蔡仲・蔡和の降伏は明らかに偽りです。
本当に曹操から逃げてきたのであれば、家族も伴っていなくては
なりません。
でなければそれらの者が罪に問われ、処刑されてしまいます。
魯粛:あっ、な、なるほど!
では、それを承知で都督は!?
諸葛亮:ええ、周都督もすぐ見抜かれたであろう。
しかし今は互いに動くに動けない状況です。
そんな折に向こうから仕掛けてきたのを絶好の機会として、
逆に一泡吹かせようとお考えなのでしょう。
どうです?
笑いたくはなりませんか?
魯粛:いえ…笑えません。
どうしてこう、それがしは人を見る目が鈍いのであろうか…。
ナレ:そんなやり取りがあった翌日。
孫権軍の陣中でひとつの事件が起きた。
呉の国に三代にわたって仕えている譜代の老将、黄蓋が
大都督周瑜の命令に突然さからったのである。
周瑜:近く、我が軍は大きな行動に出るであろう。
諸将はそれぞれ、三か月分の兵糧を船に積み込んでおくのだ。
黄蓋:なに?今、何か月分と言われた。
周瑜:三か月分と申したが、それがどうかしたのか。
黄蓋:無用なご命令じゃ。
三か月どころか、三十か月あろうと曹操軍を打ち破れはせぬわ!
今の内に降伏したほうが良かろうて!
周瑜:なッ何ッ!?
開戦に先立って我が君が仰せられた事を忘れたか!
二度と降伏を口にする者は、この剣をもって斬り捨てて良いと言わ
れた事を!!
者ども、その老いぼれをひっ捕らえよ!
黄蓋:黙れィ、周瑜!!
汝は日ごろから我が君の寵愛をかさに着て、
しかも今日までほとんど無策に過ごしているではないか!
我ら三代の宿将に何も策をはからず、必勝のあてもない命令を発し
たとて、なんで唯々諾々と従えようか!
いたずらに兵を損ずるのみだわぃ!!
周瑜:ぬううう言わしておけば!
兵を惑わし士気を下げる痴れ者め!
その首を斬らねば、どうして軍律を正し得ようか!!
ええい者ども、なぜその老いぼれにいつまで物を言わしておくか!
黄蓋:ひかえろ周瑜!
汝ごときはせいぜい先代討逆将軍、孫策様以来の臣ではないか!
国祖孫堅様以来、三代の功臣たるこのわしを縛れるものなら縛って
みィ!!
周瑜:き、斬れェッ!
彼奴を斬り捨てィッ!!
諸葛亮:【つぶやくように】
黄蓋は当初から決戦派だったはず…。
それに周瑜とは普段親しいと聞いている…。
周瑜:ええいどけッ!
彼奴を斬らねばならん!!
魯粛:お、お待ちを!
老将軍は国の功臣、それに年も年です。
なにとぞ、憐れみを!
諸葛亮:【つぶやくように】
なるほど…これが周瑜の次の一手か。
譜代の重臣である黄蓋の苦肉の策ならば、
曹操を欺けるやもしれぬが…。
周瑜:はぁっ…はぁっ…!!
ッそれほどまでに言うなら一時、命は預けておく!
だが、軍法は正さねばならん!
棒叩き百回の上、陣中に謹慎を申しつける!!
それッ兵ども、その老いぼれから衣装甲冑をひっぱいで棍棒で打ち
すえろッッ!!
孫権軍兵士1:は、はッ!
孫権軍兵士2:【声を落として】
老将軍、申し訳ございませぬ…。
周瑜:打てッ、打てッ!!
ためらう奴は同罪だぞ!!
孫権軍兵士1:1ッ!
孫権軍兵士2:2ッ!
孫権軍兵士1:3ッ!!
孫権軍兵士2:4ッ!!
黄蓋:【1~4の間でタイミングをはかって】
う、うぐぐぐ…!!!
孫権軍兵士1:7ッ!
孫権軍兵士2:8ッ!
孫権軍兵士1:9ッ!!
孫権軍兵士2:10ッ!!
黄蓋:【7~10の間でタイミングをはかって】
ッッぐァァァッッ!!!
ナレ:棍棒を持った獄卒は、容赦なく左右から裸に剥かれた黄蓋の背を
打ち据えた。皮膚はあっという間に破れ、鮮血は流れて白髪を
染める。
百近くになる頃には、打ち据える兵達もへとへとになるほどであっ
た。
孫権軍兵士1:きゅうじゅう、さんっ…!
孫権軍兵士2:きゅう、じゅう、よんっ…!
黄蓋:っ……ッ……!
孫権軍兵士1:きゅう…じゅう、はち…っ、
孫権軍兵士2:きゅうじゅうっ…きゅう…!
孫権軍兵士1:ひ、ひゃく…っ…!
孫権軍兵士2:はぁ、はぁ…はぁ…!
黄蓋:ぅ…ぐ…っ…。
周瑜:ッふん、思い知ったか…!!!
【二拍】
魯粛:い、急いで介抱するのだ!
諸葛亮:【つぶやくように】
さすがに見るに堪えないものがあったが…
そう思わせる程でなくては苦肉の計は成功せぬ。
さいわい…蔡仲・蔡和の両名も見て信じたようであるし…。
【二拍】
魯粛:諸葛亮殿、お待ちを!
諸葛亮:どうされました、魯粛殿?
魯粛:はぁ、はぁ…っ。
なぜ先ほどの刑罰を止めて下さらなかったのですか!?
呉の臣でない諸葛亮殿に取り成してもらえたらと…、
それがしだけでなく、他の将達も等しく思っていたのですぞ。
諸葛亮:魯粛殿。
敵を謀るにはまず味方からと申しましょう。
お二人があれ程までに必死に皆を欺かんとしているのです。
それを止めるなどと、余計な事はしてはなりませんな。
魯粛:えッ、都督と黄蓋殿が!?
という事は…!
諸葛亮:ええ。
あれは蔡仲・蔡和、ひいてはその後ろで糸を引いている曹操に、
我々が結束を欠いていると見せる為の計…苦肉の策でしょう。
ですが今の私の考え、どうか周都督には黙っておいていただきた
い。
私に見破られるようでは、と諦めるかもしれませぬゆえ。
魯粛:わ、分かりました。
しかしなるほど、そういうことであったのか…!
それにしても、なんという謀略の応酬だ…!
ともあれそれがしは、それとなく諸将をなだめておくことにします。
では…。
諸葛亮:…さて、こちらの策は整いつつあるが…まだ足りぬものがある。
あの日までに全ての石を盤面に打ち終えられるであろうか…?
ナレ:敵を謀るにはまず、敵の知謀の度合いを見定める。
周瑜らが仕掛けた苦肉の計は、見事に蔡仲らを欺きおおせた。
しかし曹操を討ち倒す決定的な一手にはまだ遠い。
諸葛亮は駆け去る魯粛の背を見ながら、次なる策に思案を巡らす。
孫・劉連合軍と曹操軍の対峙は、いよいよ佳境に差し掛かろうとし
ていた。
END【後編に続く】