合縁奇縁
おれは迷っていた。
だが、七股をかけてこの高校を出るには、やはり〈彼〉の協力は必須だ。
ということで、幼なじみを手招きで呼ぶ。
「わ。シューちゃんじゃない。どしたの?」
(……)
高三の三月から高一の四月に飛び、こうしてこいつの顔をまじまじと見てみると――
(このころはまだ、あどけないんだな)
そんなふうに思えた。
背が伸びたとか髪が長くなったとかじゃないが、あきらかにちがう。
おかしいな。
ひとつ前、そのひとつ前の周回でも、結愛の顔を見たってこんな感想はもたなかったはずだ。
とすると、仮説としては、なにかしらの〈経験〉をしてこうなった……
「おーい。もしもーし?」おれの頭に向かってノックするジェスチャー。
「わからない」
「なにが?」
「ちょっと考えてたんだ。おまえが経験したのかどうか、またはそれが容姿に影響を与えうるのかどうかを」
「けっ…………」
あ。
いかん。
脳内でつくった文をそのまま声にだしてしまった。
「け、け、けけ」
「まあいいから、こっち来てくれよ」
「私に何する気ーーーっ!!!!???」
「何もしないから」
廊下のつきあたりまで移動して、おれは両手を合わせた。
「たのむユア。お願いがあるんだ」
「やっぱり何かするーーーーっ!!!!」結愛は体をかくすように両手をうごかした。
「おまえのクラスに勝呂くんっているだろ? おれ、彼と友だちになりたいんだ」
「……何事もないように話すすめないでよ。こっちがバカみたいじゃない」かくしていた手を、体のうしろで結んだ。「なんで?」
「それは、その、あの、えっと、だな」
「ちょっと。ここまでスムーズでなんでここにきてつっかえるわけ? まさかシューちゃん、そっち?」
「そっちとは?」
ふう、と結愛はため息をつく。
そして、ゆっくりとした足取りで自分の教室にもどり、
「いいよ。おれでよければ」
彼を呼んでくれて、連絡先の交換に成功した。
が、
「でもキミ、あんまりおれのこと好きじゃないみたいだね」
「えっ」
「ああ、気にしないで。おれも気にしてないよ。きっとキミには……きらいなヤツにでも頭下げなきゃならない、ふかい事情があるんだろ?」
そんなことを言われて、教室への帰り道でおれは鏡をみた。
(きらい? おれが? そんなに感情をあらわにしたおぼえは……)
心当たりはない。
なんなんだろうな。
まあ、四回も高校生をやらされたら、いらだちみたいなものは出るかもしれないが。
そして月日は流れ、だいたい半年後。
「アンタが白沢っての? ふーん」
「よろしく」
「とりまジュース買ってきてよ。リンゴ、もしなかったらみかんの……」
ドン、とおれはいきおいよくテーブルにたたきつけるように置いた。
すぐそこの食堂前の自販機で買った、紙パックのリンゴ100%ジュース。
「……」
「……」
なんだコイツは、の目。
おれは、それを受け流すようにシラっとした顔をしてる。
「………………! しかも冷えてるし……」
「さっき買ったばかりですから」
「へえ」彼女は足を組んだ。「どうせつまんない男かと思ったら、なかなかやるじゃん。前もって、私のために買ってきてくれたわけだ。ほんで、それがたまたま私の好みだった、と」
うんうん、と何度もうなずく。自分を納得させるように。
「一瞬、こうなるのがわかってたのかと思ったよ。超能力者みたいにさ」
「おれはふつうの男です」
「んなこと、自信満々にいうことじゃないでしょ」
「そうですか?」
ぷす、と差し込み口にプラスチックがささる。
「でアンタ、下の名前は?」ストローで吸いながら、上目でこっちをみてきた。
「周。まわった回数をかぞえるときの周です」
「まわりくどっ」
「ほかにいい伝え方がなくて」
高校一年の9月。
おれは勝呂くんから彼女を紹介してもらった。
理由は「なんとなく合いそうだから」とのこと。
学校も学年も同じだが、おれとも勝呂くんともちがうクラスで、今日までまったく接点のなかった女子だ。
そして季節は秋のはじまりにして夏服。
白い半袖シャツに赤いリボンタイ、シャツの胸のあたりにうっすらと透けてリボンと同系色の何かが見える。
(負ける気がしない……おれには圧倒的なアドバンテージがあるからな)
―― 一周目 一切の接触なし
―― 二周目「ジュース買ってきてよ」→「どうしてですか?」の流れで撃沈
―― 三周目 おとなしくジュースを買い、従順な態度を示せば好感度が上がることが判明
あとわかっているのは、この子は〈つねにかまってほしいタイプ〉。
そして性格はロマンチスト。より正確にはロマンチシスト。
少しやりすぎなセリフでも、効果を発揮することはすでに確認した。
ならば、
「アンタもさぁ、じつはがっかりしてんじゃない? 紹介されたのが私みたいなので……」
「いや!」
急に強まったおれの語気に、彼女の肩がびくってなった。
「おれは、この出会いははっきりいって運命だと思ってます!」
「…………」
最初にアクセルを思いっきりふみこんで、
その勢いのまま、告白にまでこぎつける。
それが彼女―――
三条利奈に対する戦略だ。
外見は、伸びかけのショートヘアで毛先は外ハネ。色は、先生におこられない程度にほんのり栗色だ。
背はちょっと結愛より高い――150センチ台の後半といったところだろう。
革靴のカカトをつぶした履き方が気にはなるが、まあ、ゆるせる範囲だろう。
「あーあ、学校ってつまんないなー」
と、三条さんは空を見上げた。
場所は、放課後の屋上。
「ほんとくだらないよ。勉強は面白くないし、ずっと座っておしりも痛くなるしさ」
「そうですか」
「仲いい子も、あんまいないんだよね~。うわべだけで友だちっていうのは何人かいるけどさ」
「なるほど」
「ほんと学校ってヤだ」
そうグチる三条さんの至近距離に、フカモリさんが腕を組んで立っていた。
心なしか、彼女をするどくにらんでいるように見える。
(きらいなのかな、こういう人)
しかし、そんなことは関係ない。
おれはおれのタスクをこなすだけだ。
「ね。周」
「はい」
おれを親しく名前呼びするほど、彼女との仲は進展していた。
「明日さ、学校サボってどっかいかない?」
「え?」
「おたがい制服着てさ、街をブラブラしようよ!」
にひっ、という感じで彼女は笑ってみせる。
更衣期間中でおれは冬服にシフトしているが、彼女はまだすずしげな夏服のままだ。
夕日で、シャツの下の下着が、うっすら赤く透けていた。
「なんだよぅ。ノリわるいじゃん」
「おれは……」
「ふーん。ズル休みするの、びびってるんだ?」
返事がわりに、おれはメガネのブリッジの部分を指先でぐいっと押し込んだ。
いいだろう。
こんな流れは予想外だったが、今のおれにはことわるという選択肢はない。
(しょうがないな……。それにのんびりやってるわけにもいかん。彼女は――――)
「決まりっ! さっすが周!」
(一年目で、自主退学してしまうからな……)
そして翌日になった。
空はどんよりとした曇り。
こういう天気だからというわけじゃないが、おれはなんだかイヤな胸さわぎをおぼえていた。
人生初の学校の無断欠席ということにも、つよく不安を感じている。
「よし。じゃ、いこっか!」
「はい」
平日であまり人のいない駅周辺を二人で歩いた。
手をつなぐ、というレベルまではまだ達していない。
「たまにはいいモンでしょ、こういうのも」
「そう、ですね」
「そろそろ敬語つかうのやめなよ」
「わかった」
言うと、彼女はクスクスと笑った。
「いいよ。私もお金、半分出すよ」
「そうで……おお、そうか、わるいな」
「ぎこちないでやんの」
ひじで、かるく体を押された。
「これが、おれの顔なのか……?」
「あー、周、こういうの誰かとしたことないんだ」
「ないぜ」
「あははっ。アンタ、そんなキャラじゃないじゃん!」
とあるゲーセンに入ってプリクラをとったあと、
「おい。おまえらどこの高校?」
見るからに不良としか呼べないような三人組の輩に、声をかけられた。