9 決裂〜決闘申し入れ
デイルはレンダル城から使者を出し、女王ネイリアに釈明の申し入れをした。すんなり受け入れられるだろうと読んでいたところ、3日後になって『了承』の返事が届く。
(あの人は強欲だからな)
密かに母をデイルは謗る。
政務を代行出来ている自分も、魔道具開発の実験台とも魔力の供給源とも出来るセイナのことも、毛頭手放すつもりはないのだ。
「殿下」
いよいよ王宮へ向かうに当たって、セイナがレンダル城の城門にまで見送りに来てくれた。
今回はセイナを伴わない。
まだ決闘が決まっていない段階で、わざわざあの2人の前に獲物であるセイナを晒すのは馬鹿げていた。
(あぁ可愛い)
数日をレンダル城で過ごし血色の良くなったセイナを見てデイルは惚れ惚れとする。着ているのもみすぼらしい灰色のドレスではない。色白の肌によく映える青い薄手のものだ。
精霊や魔眼のせいなのか。セイナ本人が青色を好むことをデイルは昔から知っている。
「見とれてる場合じゃないぞ。こっちはいちかばちかなんだ」
硬い顔でロディが告げる。
「あの人は俺を下に見てる。そういう相手の裏をかくのは容易い」
デイルは薄く笑って告げる。
「ミスティ、殿下をよろしくお願いね」
デイルに付き従う一団に混じった自らの侍女にセイナが懇願している。
「はい。いざとなれば、この命にかえても。ホクレン軍人の意地を見せてやります」
そしてこちらも悲壮な覚悟でミスティも頷いていた。今回の件で気になってセイナに尋ねたところ、ミスティの身分というのは、ホクレン軍人が侍女と密偵を兼任しているというものらしい。ややこしいのだった。
「では行ってくるよ」
デイルはセイナに微笑みかけ、硬い表情の頷きをもらってから出立する。
王宮までは1日半ほどの道のりだ。
(何も無し、か)
順調に街道の行程を消化しつつ、馬上でデイルは思う。
少しでもやり取りを優位にするため自分を捕縛するでも、不在のレンダル城を攻めるでもない。どちらも撃退する用意はあるのだが。
(やはりあの人は俺のことを下に見ている)
釈明も本当に釈明だと思っているだろう。
デイルとしては、ただ決闘の申し入れを適当には行えない。母が逃げられぬよう、廷臣たちの目の前で呑ませる必要があるのだ。
(だから、釈明なのさ)
母の視点からは自分のしたことは護送をそっちのけにした反抗だ。そして母と息子との実力差、立場の差を見せつけるため、釈明とこちらから言えば廷臣たちを集める。
今のところ、母ネイリアの動きはデイルの読み通りなのであった。
何事もなく王宮に到着する。
休む間もなく、すぐに母ネイリアから呼び出されて謁見となった。
「あぁら?どの面下げてあらわれたの?親不孝者が」
案の定、集められた廷臣たちの前で、挨拶も抜きでデイルをネイリアが詰る。
デイルは立たされたままだ。
このあと、自分は必死で釈明し許しを乞う。母ネイリアにとってはそういう流れなのだが。
「セイナを襲わせたこと、知らないとは言わせませんよ?」
デイルはネイリアを睨みつけて告げる。
この反抗は予想の外を行った。ネイリアが一瞬、目を見張る。
「知らないわねぇ。お気の毒に。あの小娘、襲われてたの?」
すぐに体勢を立て直してネイリアがとぼける。白々しくも紫がかった瞳でデイルの視線を受け止めた。
「現場にアミナもいて、襲ったのは『毒のツルハシ兵団』であると捕縛した者が吐いておりますが?」
デイルは強張った顔の妹にも視線を移して告げる。
「知らないわねぇ。で、そんなことがあったとして、あなた、無断で自分の城にあの娘を連れ込んでいるでしょう?何をしてるのかしら?下品な子に育ったもんねぇ」
逆にネイリアが問い詰めてくる。
なお、デイルは未だ諸々我慢しているので『下品な子』にはなっていないのだが。
あけすけな物言いに、中高年男性貴族の多い廷臣たちが居心地悪そうだ。
「護送するなんて嘘っぱちで、妾にでもするつもり?母さん、そういう、性に奔放な趣味は否定もしないけど、もう少しマシな娘を選んできてあげるのにねぇ。ちょっと痩せ過ぎでしょう?あの娘は」
母ネイリアと妹アミナが顔を見合わせてクスクスと笑う。
挙げ句、可愛らしいセイナの容姿を誹りだすのだった。もう、デイルは限界である。ふざけた腹の探りあいに長く興じるつもりもないのであった。
「母上、いや、現女王陛下」
改まってデイルは呼びかける。
もう茶番は終わりだ。
「あら、何かしら?」
母ネイリアが余裕たっぷりに返す。すべてが裏目に出るとも知らずに。
「私は確かにセイナ・クンリー嬢との婚約は破棄しました」
デイルは切り出した。
「ええ、知ってる。最高の見世物だったわよ、あれは」
ネイリアがニタァと笑って頷く。
「本当、あのチビ娘の無様さってなかったわよね、お母様」
アミナも同調して2人でまたクスクスと笑う。
廷臣たちは繰り広げられる身内のやり取りに呆れ始めている者もいた。だが結局のところは女王ネイリアの手前、誰も発言は出来ない。
「ゆえに、もう婚約関係には無いので、すぐにでも、今ここで私は彼女と結婚し、妻とします。認めていただけますね?」
婚約関係にないのなら、もう結婚すればいい。デイルのたどり着いた、至って単純な結論だった。
それほどまでに愛おしいのである。
ただ実際のところは、そもそもセイナをレンダル城に置いてきたのだから、この場で妻に、は難があるのだが。
「はぁ?認めるわけがないでしょう?ここまでのやりとりのどこにそんな要素があったのかしら?」
呆れ果てた顔でネイリアが言う。
だがどこか面白がるようなところもあった。子犬に噛み付かれて可愛い。デイルの反抗など、その程度だと言わんばかりだ。
「つまり認めないと?」
低い声でデイルは念を押す。
「えぇ、そうよ」
あっさりとネイリアが頷く。
「それは長年、彼女を魔道具開発や術式の的として使ってきた。その道具に過ぎないからですか?」
デイルはさらりと曝露した。自分にとっても身内の恥だ。
「あなた、何を言っているの?」
ようやくネイリアの顔が険しくなった。自分も本気だと、勝つつもりだと分かったのだろう。
場もざわめく。
世間的にはセイナの不遇は人質としての価値が薄いからだ。不当な扱いもその程度だと思われてきた。
他国の令嬢を、いかに軍事国家ホクレン出身とはいえ、実験台にして非人道的な扱いまでしていたのでは、ネイリアに対する印象が変わる。
(無論、今まで言わなかったのは、決闘がなければ、この後が続かないからだ)
デイルとて暴露という手段はずっと前から考えていた。揉み消されて終わりだから、取らなかったのである。
「言うに事欠いて、ありもしないでっち上げを。あなたが国母に相応しくない女に肩入れしている。その言い訳のダシに妙なデマを流さないでちょうだい」
ネイリアが冷淡に言い放つ。
「そもそも彼女を我が国へ招き入れたのは母上でしょう?それとも人質どころか最初から、ご自身の研究で使い捨てにするつもりだった。それだけのためだったのでは?」
負けじとデイルも言い返す。水掛け論になりつつあった。
「もういいわ。話にならない」
ネイリアが見切りをつけた。
「忘れたの?私にはまだアミナがいる。この国は王位に就く男女の別はない。あなたが不適当なら、このアミナを世継ぎとするだけよ」
ニタリと笑ってネイリアが告げる。
「あんたなんか、面倒くさい書類仕事だけを一生、やっていなさい」
最後通牒のつもりなのか。ネイリアが言い放った。
場が急な展開にどよめく。
「やった!じゃあ、私、お兄様を好きにして良くって。あの女もなぶり殺しにしていいの?お兄様の目の前で?」
雰囲気を顧みず、アミナがはしゃぐ。
どう見てもこの愚かな妹のほうが不適当だ。
「ええ、そうよ」
ネイリアも微笑んで勝手に了承していた。
「では、母上。私は貴方に魔術決闘を申し入れます。ここにいる臣下すべてがその証人にして立ち会い人です」
高らかにデイルは宣言した。
「はぁっ?」
さすがのネイリアも驚いて固まった。
アミナも同様である。
「ここは魔導大国エスバルです。最後は母上、古来の作法に則り、魔術の技でもって白黒をつけましょう」
こうまで来れば、女王ネイリアといえども拒否は出来ない。
渋々、ネイリアが頷き、デイルは母に挑むことが決まったのであった。