6 侍女ミスティ
どれだけ戦い続けたのか。
ミスティは短い剣2本を手に思う。
(2回ずつくらい、太陽が沈んで、また昇って、を見た気がするけど)
つまり自分もセイナも丸2日は戦い続けているということだ。
途中、何度かは振り切って逃げられそうだったが捕捉されてしまった。魔導大国エスバルとの山岳戦ぐらい簡単に突破出来ると思っていたのだが。
(数が多過ぎるっていうのよ)
おそらく数百を下らない。そんな数に襲われるとは思ってもみなかった。
「女、いい加減、あきらめろ」
禿頭の若者がツルハシを手に告げる。筋骨隆々としていて動きも鋭い。
敵がエスバルの誇る傭兵団『毒のつるはし兵団』であることも途中から気付いていた。この禿頭の若者がドミニクと言い、若いながらその首領であることも。
「俺とここまで渡り合えるだけでも大したものだ。だが、お前の主人はもう終わっている。可哀想だが、一国の主に目をつけられた。運がなかったな」
余裕をすら見せて、ドミニクが言う。
(それは、余裕にもなるでしょうね)
セイナには自分しかいない。その自分がこのドミニク1人に引きつけられていて、セイナを1人にせざるを得なくなっている。
(かといって、こいつをセイナ様のところに行かせるのも危険)
セイナを守りながら、ドミニクと渡り合うのも危険だ。自分の雇い主は接近戦で武芸の達人級を相手取るのを苦手としている。
「でも、そのあんたの部下共も、セイナ様は打ち払ったのよ」
ミスティは胸を張って告げる。
既に200名ほどをセイナ一人で命を奪うことなく無力化していた。
「傷だらけで、しかも、増援はさらにここへ殺到しているんだがな」
動じることなくドミニクが返す。
おそらくは言う通りなのだろう。200名を倒してもまだ、数百人に追われ続けているのだから。
そしていつかはセイナの魔力も切れる。
「なぁ、あんた、俺と一緒に来いよ」
とんだ不意打ちが飛んできた。
「はぁ?」
呆れてつい、ミスティも間の抜けた声を上げてしまう。
「エスバルという国、丸ごと1つを相手取って、しかもここまで守り抜いた。誰もあんたを責めやしねぇよ。主人は多分、攫われて殺されるんだろうが。雇い主いなけりゃ、あんたは自由だ。新しい人生を俺と一緒に暮らさないか?」
照れ臭そうにドミニクが笑う。
「いやな、不覚にもあんたの姿、立ってても戦ってても綺麗で惚れた」
本気で戦った上で今、本気で口説いているのだ。
「私が見捨てたらセイナ様は?セイナ様はどうなるのよ」
先ほどドミニクに言われたとおりだとミスティは分かる。それでも尋ねた。
「あんたが見捨てりゃ、俺も捕らえに行く。見捨てなくても、押し寄せる俺の部下と今回のために合流させられた他の傭兵団の奴らと。数の力を前に最後は力尽きて捕まる。で、あとは雇い主次第だが、たぶん、ま、お察しだろうよ」
肩をすくめてドミニクがより詳しく説明してくれた。つまり差は追っ手にこのドミニクが加わるかどうかだけの違いなのだ。
「な、いずれにせよ、同じことなら。せめて、あんただけでも助かれよ」
本気で自分をドミニクが欲しているのだと、ミスティにも伝わってくる。
「俺等の。いや、雇い主の目的はセイナ嬢ただ一人だ。あんたなんか、どうでもいいのさ」
言われれば言われるほど、忠義立てなど馬鹿馬鹿しいのだ、とミスティにも分かる。
(そうよ。そもそも、守り抜いたとしたって。ホクレンに帰ればセイナ様は処断されるだけ。自由になろうって、私は誘ったのに聞き入れなかった。もっと前にあの騎士どもを突破するだけなら、出来たのに)
死なせるために守り抜いて何の意味があるのだ。
「本当に馬鹿な、損ばかりする子」
ミスティはこぼす。
軍事国家ホクレンから魔導大国エスバルに移った当初から、婚約者デイルに気を使ってされるまま。
最後はミスティの行ってきた諜報活動のせいで、そのデイルにまで捨てられた。ミスティがセイナには無断で、祖国のために行ってきたことだ。その罪もセイナが勝手に一人で背負っている。
「なんで、あんなに馬鹿なのかしら?」
嘲りを籠めてミスティはもう一度呟く。
「そうだろ、だから」
ドミニクが笑う。笑う権利など、この男には無い。
自分も既に一度、セイナを裏切っているのだ。
「そう、だから、せめて私は見捨てない。あんたを倒して、助けに行くわ。一人では死なせない」
捕らわれればセイナには、あれ以上の苛烈な時間とその果ての死が約束されている。
(せめて、この手で。捕まる前の自決ぐらいは手伝ってあげられるでしょ)
セイナの能力では自決が難しいだろう。
「おいおい、正気かよ。何でそうなる」
ドミニクがため息をつく。
「あんたが思っている以上に、あの子は可哀想で、損ばかりさせられているからよ」
にべもなく、ミスティは答えるのだった。
そもそも身体能力1つ取っても損をさせられていたのだ。莫大な魔力を有する精霊術師はその影響もあってか、人並み外れた身体能力を有することが多い。
生まれる際の危険性は極めて大きいものの、生まれてしまえば強さが約束されている、そんな存在だ。
(それなのに、あの子は)
軍事国家ホクレンの精霊術師には、武芸に長じた者も多い。
だがセイナについては早くに魔導大国エスバルに婚約と言う名目で売られたため、長く虐げられて鍛えることも出来ず、人並みにしか動けない。
(あの苛烈な虐待を思えば、人並みに動けるだけでも、大したものだけど)
今回も、みすぼらしいドレス姿のまま山道を登りきってしまった。
足腰立たず、もっと軟弱であってもおかしくはない。ミスティの見る限り、女王ネイリアたちの与えてきた苦痛は、それほどのものだ。
(今回の、この戦いをみる限り。セイナ様は筆頭将軍家でも屈指の使い手になっていたかもしれないわね)
2日間、精霊術のみで戦い抜いて、200名を無力化している。
武芸も習得し、身体も鍛えていたのなら、セイナの実力はこんなものではなかっただろう。
性格がおとなしすぎたのだ。
(本当にセイナ様は損ばかり)
思いつつミスティは振り下ろされるツルハシの一撃を躱す。
ドミニクが手強い。
ミスティは剣で切りかかるも、ツルハシの柄で容易く受け切られた。
霧は目眩ましぐらいにしかならない。霧に乗じても仕掛けたところで斬撃を受けられてしまう。
正面切って戦うしか無いのだが、打ち勝とうにもミスティの細腕では力が足りない。
(そして、グズグズしているうちに増援がセイナ様のところにたどり着いてしまう)
2日間、その繰り返しだった。
今にもまた、殺到する軍勢の雄叫びが聞こえてくるのではないか。
ジワジワと焦り始める。
「セイナッ!」
しかし、代わりに響いたのは、聞き覚えのある声だった。
魔導大国エスバルの王太子デイルだ。
「殿下っ!こちらです!」
ミスティは信じられない思いとともに叫ぶ。
だがすぐに気づいて言い直す。
「違いましたっ!あちらですっ!セイナ様はあちらの小屋ですっ」
自分とセイナは分断されているのである。
「分かった!」
離れた山道を、デイルがたった1騎で駆け上がっていく。王太子自らの登場に動揺し、敵が気付いたものから撤退を始めた。
「くくっ、そこで言い間違うかよ。あんた、可愛いな」
笑みをこぼしてドミニクが言う。
敵に言われたいものではない。ミスティは睨みつける。
「王太子殿下までは、手にかけていいか。その話は無かったからな」
ドミニクがため息をつく。
「情報の整理が必要だ。また会おうぜ」
ドミニクがツルハシを担いで逃げていく。なんとなく愛嬌のある姿だった。
今頃、セイナとデイルがあの小屋で情熱的な再会でもしているのだろうか。
なんとなく損した気分でミスティは先ほどまで死守しようとしていた山小屋の方を見上げるのであった。




