13 エピローグ
セイナが目を覚ましたのは魔術決闘の2日後だった。
今は母ネイリアの残した研究施設を2人で訪れている。
「大丈夫かい?」
何度目かの問いをデイルは発する。
「はい、すいません」
セイナが可愛らしく縮こまる。
魔力の過剰供給、あまりの激痛に気絶してしまったらしい。身体への負担があまりにも大きく、回復のため睡ってしまったのだという。
「もう、無理はしないでおくれよ」
デイルは華奢な肩にさりげなく手を置いて言う。
「はい」
セイナも頷く。
「殿下も、もう、あまり、危ない賭けは」
小声で頬を赤らめてセイナが続ける。この娘は自分を悶絶死させたいのだろうか。
とりあえず一安心することとする。
「しかし、凄いな。これらが全て、君の魔力が」
母ネイリアの奪ったセイナの魔力、その貯蔵庫だ。
数百もの魔石で出来た球体が転がっている。
「ざっと、魔術師数千人分にはなるでしょう」
魔石研究者ダミアンが説明する。白衣に蒼白な顔の痩せた男だ。研究のし過ぎで目も悪いとのこと。
無論、母ネイリアに仕えていた技術者たちは追放するか、責任を追及して罷免した。ダミアンを手配したのはデイルである。
「もし、この魔石球に魔力が満たされていて、そして暴発していたなら。王都そのものが消し飛んでいたでしょう」
恐ろしい分析をダミアンが披露する。
「そんな、その、すいません」
まったく悪くなくて、何の非もないセイナが縮こまって謝罪する。
「それだけ魅力的なんだよ、君は」
デイルは最早、何者にも憚ることなく、セイナを抱きしめる。
「私の研究はお二人の恋情を燃やす材料ではございませんよ」
じとりとした視線をダミアンから向けられる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
抱きしめられたままセイナが連呼する。
とりあえずセイナを謝罪させたので、何らかの罰をダミアンに与えねばならない。どのような刑罰をダミアンに与えるべきか、デイルは思案していた。
「いえ、素晴らしいご伴侶を陛下が得られたということで、私も1国民として嬉しいですよ」
結果が出る前に、しれっとダミアンに逃げられてしまった。
2人で新たなセイナの居室に戻る。
「ベルモンド公爵も、なんて人だ」
セレナを見つめてデイルは零す。
結局、16歳にセイナがなるまで、結婚をお預けとされたのだった。
「私は、君との即時結婚を確かに魔術決闘の条件に、私は入れていたはずなんだ」
苦笑いのセイナに、デイルは不服げに告げる。
「でも、決まりは決まりですから」
なだめるようにセイナが優しく撫でてくれる。
魔導大国エスバルの国法では、女性側の結婚可能年齢は16歳からであった。
「新しい国王自らが、法を破るのか、と言われたよ」
若干、拗ねてデイルは零すのだった。
ちゃんとしたドレスに身を包み、侍女に化粧も施されたセイナの可愛らしさをデイルは直視する。何度見ても、目を奪われてしまう。
「やはり、納得出来ない」
あまりの可愛らしさにデイルはこぼす。
「私は、王妃様になる教育もろくに受けられてませんし、作法とかも全然。頑張りますので、殿下にはその、待っていただくことに」
申し訳なさそうにセイナが告げる。
今までに母ネイリアとアミナのせいで、まったく王妃としての準備などさせてもらっていない。
「いや、幾らでも待つよ」
デイルは微笑んで告げる。
ベルモンド公爵の手配してくれた教育係のもと、セイナが身だしなみに作法、学問などを必死で学ぼうとしているところだった。
決闘で破った母ネイリアとアミナについては、王都の端にて魔力封じの魔道具を装着させた上、謹慎させている。
(本当は、心をへし折ってやった、あの2人など、何の脅威にもならないんだが)
魔術師にとって、心を折られるというのは致命的だ。
魔力精製の根幹には心の強さが深く関係する。
魔術決闘に敗れることの恐ろしさは、本当はそこなのだ。
どちらが上で下なのかを心に刻まれることとなる。
2人とも見る影もなく大人しくなっていた。話しかけても上の空である。
(絶対にもう、セイナには指1本、触れさせない)
デイルとしては、それでも確実に期したいから、魔力封じまでかけているのだが。
(あとは他の貴族にもセイナと私を認めさせないと)
少なくない数の貴族が母ネイリア側だった。
いまだにネイリアかアミナを推戴しようという水面下の動きを察知しては潰すことの繰り返しだ。
(毒のツルハシ兵団が味方についてくれたのは意外だったが)
セイナの侍女ミスティの暗躍があったらしいのだが、そこはデイルもよく知らない。
「殿下、いいえ、あ、デイル様」
セイナが恥ずかしそうに呼ぶので、デイルは我に返る。
「なんだい」
デイルも優しく耳元で囁く。
「本当にありがとうございます。今、こんなに幸せで。こんなの夢みたいで」
セイナが腕に手を置いて言葉を紡ぎ出す。
本当は無限にこうしていたい。だが実際のところ、デイルには政務が、セイナには授業が待っているのだ。
「絶対に、こんな日は来ないって、そう思っていて。私たちホクレンでは。でも、私はデイル様のおかげで」
一生懸命に話そうとする姿すら愛おしい。
(待てるわけないだろう、こんなの)
デイルはまたしてもセイナを抱きすくめたくなった。
「あっ、デイル様」
いや、抱きすくめている。
(あ、もういいか)
そこで理性が吹っ飛び、気がついた時にはロディとベルモンド公爵親子の二人に取り押さえられて、政務に励む羽目となっていた。
結局、そして呆れ果てたベルモンド公爵親子により、やはりお預けを食らってしまうのであった。




