12 決闘〜後編
「アミナ、あの娘を殺しなさい」
もう一度、ネイリアが告げる。
「はい」
アミナが素直に頷き、無造作に強力な雷属性の魔術を展開する。
「サンダーアロー」
続けて雷の巨大な矢を放つ。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて。セイナを公然と攻撃出来るのが嬉しくてならないようだ。
「くぅぅっ」
セイナが苦悶の声をあげる。
雷の矢を受けたのだ。だが青い光が目から生じて全身を覆う。
サンダーアローで受けた傷を治しているのだ。まともに受けたので、本来、場合によっては死んでいる。
この期に及んで痛めつけてから殺そうというアミナの嗜虐心が幸いした。
「生意気ね」
アミナがニタリと笑う。楽しみがまだ続くと勘違いしているのだ。
「このっ!このっ」
アミナが続けざまに電撃を浴びせにかかる。
デイルも助けてやれない。まだネイリアがいる。
隙を見せては自分も討たれてしまう。
(大丈夫、落ち着け)
デイルは自らに言い聞かせる。
最初のは不意を突かれたから、セイナも攻撃を受けてしまった。
「水白鳥、お願い」
セイナが跪いた姿勢のまま呟く。
水の翼が包み込むようにしてセイナを守る。雷を受けても破れない。
「さぁて、いつまで保つかしらねぇ。アミナも使い手なのよぉ?」
ニヤニヤと笑ってネイリアが言う。
「いけっ、火球ゴンゴーズ」
先よりもはるかに巨大な火球が迫りくる。
受け損ねてはセイナすらも焼かれかねない。
「吹き抜けろっ!ウインドランス!」
風の槍1本でデイルは火球を貫いて四散させた。
「腕を上げたわねぇ」
感心した様子でネイリアが言う。
「つまり地力でなら勝てると?この私に?でも、どうかしらねぇ。その娘はアミナに殺される。私は無尽蔵の魔力を得て、あなたを瞬殺。それで元通り」
ネイリアが言葉で揺さぶりをかけてくる。
「その娘で私は技術を確立した。次はそうねぇ。またホクレンから男の子を買おうかしら?アミナの婿って名目でねぇ」
ニタニタと笑ってネイリアが言う。
頭に血が上りかける。セイナなど簡単に替えの利く物であると言われているようなものだ。
「母上、あなたは1つ、勘違いしていますよ」
静かにデイルは告げる。
地力同士でも、自分がネイリアに勝てるかは微妙なところだ。そこまでデイルも自惚れてはいない。
ここまでの魔術のぶつかり合いでも、母の詠唱の速さには舌を巻いている。
「あらそう?もっと研究して、その娘からは力を絞りたかったわよぉ?確かにね。まぁ仕方ないわよねぇ。あなたの入れ知恵で逆らうことを覚えたんなら、もう要らない」
クスクスと、また下劣な笑みを母ネイリアが零す。
自分との論点のズレになど気づいていないようだ。
「貴方がたは前提が間違っている」
たやすくアミナの攻撃を防いでいる自身の婚約者セイナを見て、確信とともにデイルは告げる。
「セイナの方がアミナよりも強い。そして、セイナの力は彼女自身のもの。貴方がたのものじゃない」
デイルは硬い声で言う。
その間もアミナの攻撃は続いている。いくら撃とうとも何一つ通用しない現状にアミナの焦りが見えていた。
「そう?炎の輪」
ネイリアが放つ炎の輪。先ほどの迫力はない。
「ウインドプレス」
風で容易く潰してやった。
互角である。速度ではもちろん、威力も対等に近付いてきた。
「殿下もこれほどとは」
観戦している貴族の誰かが呟く。
「いや、それよりもセイナ嬢だ」
最初に気付いたのは誰なのか。
「あ、あぁっ」
アミナも気付いて、恐怖のあまり魔術の乱発を止めた。顔が強張っている。
ネイリアも黙って息を整えようとしていた。もう魔力の供給など、疾うの昔に途絶えているのだ。
「くぅぅぅぅっ」
セイナが苦悶の声をあげる。
アミナの雷撃によるものではない。
「なに?なんなのよ、それは」
さすがのネイリアも娘の恐怖に気付き、凍りついた。
巨大な水白鳥。あり得ない大きさになっている。既に背後に見える王宮よりも大きい。
どれほどの質量の水が詰まっているのか。想像することすら恐ろしい。こんな練兵場など容易く水で埋まるだろう。
「んんっ」
また魔力が流れ込んできたのか。セイナがまた声をあげる。
魔力の過剰供給で痛みが走っているとのこと。
あらかじめ聞かされていなければ、デイルは心配のあまり勝負を放り出して円から飛び出しかねない状況だ。
(心配は心配なんだが)
セイナの苦痛は自分の苦痛である。
(奪われる際にも激痛が走り、無理矢理、戻すのにも、おそらくは)
ただ想像するしかないのだが。
「なんなのよ。なんなのよ、その化け物はぁっ!」
巨大な雷の球をアミナが発射した。
誰であれ、当たれば消し炭になるような一撃だ。
だが、水白鳥が翼でただ叩き落とすだけであえなく消し飛んでしまう。
「うそ、そんな、うそ」
アミナがうわ言のように繰り返す。ついにとうとう心が折れて、セイナへの攻撃が止んだ。
「殿下っ、殿下っ!」
セイナが無心に繰り返す。
デイルはそっと左手薬指の指輪に触れた。魔道具を起動させる。
ミスティが母の部屋から盗み出してきた。それをデイルは自らの薬指に嵌めたのである。
母ネイリアと同じ、セイナの魔力を行使するための魔道具だ。
「んんっ」
セイナが身を震わせて応じる。
自分に膨大な魔力が流れ込んできた。痛みを、デイルは覚悟する。
(セイナ、君は)
しかし覚悟していた激痛が来ない。セイナが加減してくれたからだ。
「ありがとう」
デイルは愛しさのまま礼を言う。
風が自分と母の間で渦を巻く。
砂を巻き上げて黒黒とした竜巻となった。デイルの扱える風属性と地属性の2属性魔術だ。
「なっ、なに、それはデタラメな出力の魔術は」
ネイリアが円の中で棒立ちしたまま目を見張る。
「あなたが散々、酷使してきた力ですよ」
デイルは叫び、魔力を放出する。
「ダークトルネードッ!」
強大な竜巻がネイリアに向かっていく。
「いけっ、炎の竜!」
先ほどの炎の蛇よりもさらに巨大な炎の竜をネイリアが作り出した。
だがダークトルネードに触れるやあっけなく千切れて消えてしまう。
突き進む黒い竜巻。
「あっ、あぁっ」
ネイリアが呆然として、ただ声をあげる。
デイルは竜巻を直前で上方へと操作した。結果、ネイリアをかすめて空の彼方で消える。
「あぁっ」
後には無様に尻餅をつき、円の外へと出てしまった、ネイリアの姿が残されていた。
「殿下の、デイル様の勝ちだっ!」
誰かが叫ぶ。
「いや、それはそうだが、あれは、あれはどうなるんだ?」
まだ終わりではない。
セイナの背後、王宮よりも大きい水白鳥のことだ。美しさがかえって悍ましい。
「心配は要らない。皆、私の妻の力を、その愛らしさをその目に焼き付けるんだ。セイナッ!」
デイルは声を張り上げた。
「はい」
セイナが答えて、立ち上がった。
「ありがとう、行って」
さらに自らの精霊をみあげて微笑む。
真っ直ぐに水白鳥が飛び立った。
どこまでも高く飛んで、上空で飛散する。
「おおっ」
どれだけの魔力が蓄積されていたのか。
上空で飛び散った水が雨となって降り注ぐ。
「殿下、大好きです」
あまりに可愛らしく笑顔のセイナが水を被ってしまう。
「あぁ、私もだ」
告げてデイルはそのままふらりと気絶したセイナを抱きとめるのであった。




