11 決闘〜前編
晴れ渡る空の下、王宮の練兵場に魔導大国エスバルの主だった貴族が集結させられた。練兵場に設けられた観覧席に爵位の順に座らされている。
デイルは大きく伸びをした。
すべて、母と自分の決闘に立ち会うための人々だ。
王族同士が魔術決闘を行う際の決まり事の1つだった。
「では、2人とも前へ」
審判を務めるのは筆頭公爵であるベルモンド公爵だ。ロディの実父でもある。
古来の作法にしたがって、デイルもネイリアも漆黒のローブを身に纏う。
「殿下、ご武運を」
セイナが衆目に緊張して縮こまりながらも力づけてくれる。
「あぁら、景品もちゃんと来てるのねぇ、感心感心」
練兵場の反対側には女王ネイリアが立つ。余裕を見せて、せせら笑うのであった。
ネイリアの傍らには妹のアミナがいる。こちらももう勝った気でいるのだった。セイナを見て舌なめずりだ。
(人の婚約者をじろじろ見るんじゃない)
この2人のみならず、すべての人々に対し、デイルは思うのだった。
今までは式典だろうとなんだろうと、ネイリアらによりみすぼらしい服装しか許されなかったセイナだが、今日はレースをあしらった水色のドレス姿である。
「あの令嬢は誰だ?」
若い貴族の誰かが言っているのが聞こえた。
「まさかセイナ嬢か?あのボロドレスの?」
別の者も言う。
「ガリガリに痩せていただろう?顔色も髪もボロボロだったし」
ここ数日でセイナの身だしなみも血色もかなり改善傾向にある。
そうなると、持って生まれた可愛らしさが際立つのであった。肩まで伸ばした黒色の髪が透けるような白い肌とともに人を惹きつける。
「セイナは物ではありません。景品でもなければ、見世物でもない」
デイルは誇らしくなって告げるのだった。
自分の未来の妻、セイナが言う通りになるなら、青褪めるのは2人のほうだ。
(今更、言い寄る男がいてもダメだ)
デイルの指にはセイナから貰った指輪が嵌められている。もう婚約指輪にしようと勝手に左手の薬指に、だ。
「では、ネイリア女王陛下は、セイナ嬢の生殺与奪、その全権を。デイル殿下は、即時の王位継承とセイナ嬢との結婚を賭けて、決闘に赴く。で、よろしいですね」
高くよく通る声でベルモンドが尋ねる。
「そのとおりよ」
ネイリアが頷き、足元を確認する。
魔術決闘においては、決闘者の立ち位置が直径2メイル(約3.6メートル)の円で描かれているのだ。
相手の魔術が当たって吹き飛ばされるか死ぬか。或いは怖気て自らこの円を出たほうが負けとなる。
当然、デイルは自ら出るつもりはない。当たって死なない限りは負けることはないのだ。自らにそう、言い聞かせる。
「俺も、そのとおりです。間違いありません」
デイルも頷き、母を睨みつける。そして自らの立つべき円の中に入った。
決闘に先立ってネイリアかアミナ、どちらかかがセイナに危害を加えるなら許さない。
(あの2人ならやりかねない)
どうやら2人も憎々しげにセイナを睨みつけていた。
セイナの華やかな服装に言いがかりの1つでも言いたいのだろう。
「分かりました、では」
ベルモンドが大きく息を吸った。
いよいよ始まるのだ。デイルも呼吸を整える。
練兵場全体も先ほどまでの雑談が止んで、水を打ったように静かだ。
「始めっ!」
掛け声とともに、巨大な火球が飛来する。
これまでにも何度か母ネイリアが魔術決闘をしたことはデイルも知っていた。
開始前に詠唱をしていたらしい。場馴れしている。
「きゃ」
セイナが可愛らしく叫び、その場に跪いた。ネイリアに刷り込まれた潜在的な恐怖による反射だ。
「吹き抜けろ」
デイルも既に詠唱を終えていたのだった。
考えることは同じだ。
「ウインドランス」
風の槍をデイルは飛ばす。火球をつらぬければ四散させられる。
だが目算は外れ、少し威力を削いだだけで逆に炎に飲まれてしまった。
容赦なく火球が迫ってくる。当たれば死ぬ。自分もセイナも、だ。
「くっ、グランドウォール」
なんとかデイルはすぐに詠唱を終える。巨大な土の壁で何とか防ぎきった。
(速さは互角、だが)
自分は母の魔術1つを防ぐのに、2つで対抗しなくてはならない。それぐらい一撃の破壊力には差があるのだった。
(先のは、ただのファイアーボールだろう。ただの初級魔術だが、なんて威力と大きさだ)
思い返すにつけて、肝が冷える。
自分は風と土属性の魔術を得意としていた。
だが悩む間もなく、また分厚い筈の土壁を、火球が消し飛ばした。
「やるわねぇ、じゃぁ、これは?」
ネイリアの声が聞こえてくる。
(もう少し、土壁で防げると思ったんだが)
デイルは額に汗を浮かべた。
「うねる炎のヘビ」
極太の炎が蛇の形となって、のたうち回りながら自分の方へと向かってくる。
ウインドランスでは狙いがつけづらく、グランドウォールでは横をすり抜けられるだろう。
「ぐ、うっ、ストーンブラスト」
デイルは土の弾丸を幾つも飛ばす。
直撃させたことで炎の蛇をある程度、削り弱らせることが出来た。
「ウインドプレス」
続けて上空から壁状の壁を落とす。
そうなると単純な魔力のぶつかり合いだ。
「うおおおっ」
デイルは思わず声を漏らしつつ押し切ることに成功する。だが、たった2発の攻撃を防ぐだけでかなりの魔力を消耗させられてしまった。
自然、息が切れてしまう。
(確かに素で当たれば、負けるのは俺のほうか)
その間もセイナの姿勢は揺るがない。精神を集中してくれている。
「あらぁ?」
ようやく母のネイリアが異状に気づく。
セイナの背後に水の白鳥が浮かぶ。彼女の宿す精霊だ。
(いつ見ても美しい。そして、本人は可愛らしい)
こんな時だというのに、細い背中の線や華奢な、今にも壊れそうな肩にデイルは目を奪われてしまう。
その背景に巨大な細首の白鳥である。
(誰か、誰か肖像画を描いておいてくれないかな)
あえて余裕を持って、デイルは思うのだった。
「なるほどねぇ」
ネイリアが追撃を放ってこない。
しばらく思案してから、ハッとしたように自らの装飾具、嵌めていた指輪を見る。
「存外、器用なのねぇ。魔力に関してだけは。さすがにホクレンの精霊術師。忌々しい、あの家系ね」
しみじみとネイリアが呟く。不思議と母も声がよく通るのだった。
感心というよりは呆れている様子だ。断固としてセイナを認めない。過去に何か軍事国家ホクレンとあったのだろうか。
「凄いな、あれがホクレンの精霊か」
誰かが感嘆している。皆、魔術師なのだ。
水白鳥からの魔力に驚いているのだ。
セイナの策は至って単純だった。
母ネイリアが自身の魔力を活用しようと貯蔵魔道具から引き出したところを、自身の身体に戻すという。
戻した魔力をセイナは、自身の精霊に流し込む。
いつもの勢いで魔術を行使した母である。だがいつもなら簡単に補充出来るところ、今日はいつものようには行かない。
自力の勝負となったところで、あとは自分が母ネイリアに勝てるかどうかだ。
「じゃあ、アミナ、あの娘を殺しなさい」
そしてセイナの目論見に気付いた母ネイリアは妹アミナに、冷酷に命じるのであった。




