EP.3 浴場
一面に鮮やかな夜空が広がる上空。
いきなり、そこに放り出された少年2人と赤い羽のゴースト。
ここで、彼らの真下の話をしましょう。
その地上には真っ白な宮殿が建っていました。
白く光る柱と金色の装飾に彩られた、とても美しい宮殿です。
宮殿の頂上には円形の穴がぽっかりと開いており、その中にはとある特別な空間が広がっていました。
透き通るようなお湯の流れる巨大な滝に、周りを囲むように生い茂る緑の植物たち。
湯気の立ち昇る泉のような浴場です。
その中心で流れる滝を浴びているのは、一人の少女でした。
「ハ〜ア……」
少女は透き通るような声でそう呟きます。
ライムグリーンの髪に、オレンジ色の瞳。
薄っすらと透けた体。
間違いなくゴーストです。
「何が悲しくて、朝から滝を浴びなきゃなんないのよ……!」
少女はそう言って、濡れた自身の前髪をかき上げます。
「城に来客ですって……知らないわよそんなこと!」
少女は怒りに任せるように水面を叩きました。
「人間なんて、大っきらい……!!もしも人間が来るなら、この手で絞め殺してやるわ!!」
話は戻り、そんな少女の遥か上空。
赤い羽を広げたゴーストと共に放り出された少年2人。
強い風に抗って薄目を開けたルイは、必死で目の前の包帯へと手を伸ばします。
自身に巻きついた包帯から抜け出るつもりです。
強い風のお陰でピンと伸び切った包帯。
こちらを見ていないゴースト。
この機を逃すわけには行きません。
ルイはそのまま歯を食いしばってゴーストと繋がった包帯を引っ張ります。
上空の風の力もあってか、包帯はすぐに千切れ始めました。
「あっ!てめぇっ……!」
すぐさま、赤い羽のゴーストがルイの方を振り返ります。
ゴーストの手が、ルイを掴もうと伸びてきたその時。
リックが、ゴーストの目に向かってキッチンナイフを投げつけました。
ナイフはゴーストの目を遮ってすり抜け、その間にルイの包帯が引きちぎれます。
ゴーストと繋がるものが何もなくなり、まっすぐ真下へと落ちて行くルイ。
そのルイを拾おうと、生き物のように動く包帯を伸ばすゴースト。
少年たちとゴーストは、そのまま真下の宮殿に向かって一直線に落ちて行きます。
「まずっ……!!」
ゴーストがそう叫んだ時には。
ルイの体は宮殿の頂上にポッカリと空いた穴の中へと飛び込んでいました。
バッシャーーーンッ!!
そんな音と共にルイが落ちたのは、温かいお湯の中です。
「っ!ぷはぁっ!!」
慌てて水面に顔を出し、包帯をはがして大きく息を吸います。
あたりには湯気が立ち込めており、爽やかなハーブの香りがしました。
どうやらここは、宮殿の中にある大きな浴場のようです。
ルイは慌ててあたりを見回します。
そこで、立ち込める湯気の先に人影があることに気が付きました。
(人だ……!ゴーストから助けて貰えるかもしれない!)
そう思った少年は、湯をかき分けて人影の方へと向かいます。
「誰かっ……!ゴーストが!」
湯気が開けたその先。
そこで、ルイはぴたりと立ち止まりました。
湯気の先に立つ一人の少女が目に入ったのです。
ライムグリーンの透き通るような髪に、ぱっちりとした大きなオレンジ色の瞳。
その少女はルイが今まで出会った女性の中でも、飛び抜けて整った美しい見た目をしていました。
少女の体が薄っすらと透けていることにも気がつかず、ルイの体は固まります。
「の……の、覗き魔!!城内に覗き魔が!!……誰よアナタ!!」
少女はすぐさま大声を上げて、自身の体を湯に付けました。
それからすぐに物凄い剣幕でルイの方を睨み、オオカミがこちらを威嚇するかのように歯を見せて唸ります。
そのギザギザと尖った歯に、ルイは目を見開きました。
「ひっ、人型のゴースト……!?」
ルイがそう言うや否や。
少女はルイへ飛びつき、その体を湯の中へと沈めます。
「人間……!!お前!人間ね!?」
首根っこを掴まれて湯の中へ沈められ、ルイはジタバタともがきました。
「……っ!!はなっ!!離っして!!息がっ!!」
「よくものこのこと!この城へやって来たわね人間!!私はティアナみたいに優しくは無いわ!!」
息ができずに遠くなる意識の中で、少女の声が響きます。
「人間と仲良くするだなんて!!あのバカ!!なんっっにも分かって無いんだから!!」
死ぬ。
このゴーストに殺される!!
ルイがそう思ったその時。
湯に沈められたルイの体は、物凄い力で引き上げられました。
「っはあ!!……っは……!はあっ!!」
ルイは湯から出されて、必死で外の空気を取り込みます。
飲み込みかけていたお湯も吐き出しました。
「お取り込み中、ど〜も失礼。人間を1匹落としちゃって……ライム様が湯浴み中だとは」
頭上でそんな声が聞こえました。
薄目を開けて見れば、ルイの右手を掴んで湯から引き上げているのは赤い羽のゴーストです。
その脇には、ぐったりとしてピクリとも動かないリックが抱えられています。
「その人間を離して。そして今すぐ出て行って。お前、この浴場への侵入は許可されてないわ」
少女は腕を組み、ルイの方を鋭く睨みつけながらそう言い放ちました。
赤い羽のゴーストは、困ったようにポリポリと頭をかきます。
「ティアナ姫からのご命令で、この人間2人は生かして広間まで連れて行くことになってるんすよ」
赤い羽のゴーストの言葉に、少女は首を横に振ります。
「ティアナの考えなんてしらないわ」
地を這うような低い声と共に、少女はびしゃびしゃに濡れたルイの服を掴みました。
そこで赤い羽のゴーストが口を開きます。
「ライム様のために言ってるんすよ?……実はここ最近の人間の子供は、それはそれは大量の菌を持ってるらしくって……ゴーストの女性が触れると、全身からニキビが噴き出るらしいって」
次の瞬間。
すぐさまルイの服から少女の手が離されます。
そのまま自身の手とルイを交互に見た少女は、わなわなと震えだしました。
「さいっあくっ!!何で早く言わないのよ!!……もう一度滝を浴びてくるわ!!さっさとそいつをつまみ出して!!」
そのままバシャバシャと中央の滝へ走っていく少女を見送り、赤い羽のゴーストは浴場の外へ出ました。
そして、浴場の扉がゆっくりと閉じた後。
「あっっぶね〜〜……あんの姫サマの湯浴み場になんか落ちやがって……!」
ゴーストはそう言って、ルイとリックを床へ下ろしました。
ルイは慌ててリックの方へ駆け寄ります。
「リック……!リック!」
息はしているようですが、その目は開きません。
「ソイツ気い失ってるだけだから」
赤い羽のゴーストの言葉に、ルイは顔を上げます。
「こ、ここって一体……どこ?」
ゴーストは自身のマントの裾からお湯を絞りながら答えました。
「ゴースト界に決まってんだろ。この城の姫サマが人間に用があるらしくてね」
「ゴースト界……」
ルイは茫然とした顔で、ゴーストの言葉を繰り返します。
『いいか?ルイ。ゴーストの住む世界と俺たちの暮らす世界は、全く別々の場所にあるんだ。この地球のどこかにゴーストだけの世界が必ずある。俺たちゴースト特務機関の目標の一つは、その世界への到達でもあるんだ』
頭の中で思い出されるのは、ゴースト特務機関に所属している兄の言葉です。
(嘘だろ、ぼく……ゴーストの世界に到達しちゃった……ってこと……?)
そのまま放心した様子のルイの側で、赤い羽のゴーストがフードに隠れた鼻を擦りました。
「お前、ゴースト特務機関の連中の匂いがプンプンする。身内に特務機関のヤツがいるな?」
にやりと笑みを浮かべたゴーストのフードの下からは、ギザギザの歯が覗きます。
「お前、このままいくと死んじまうぜ?」
「えっ……」
ルイの口からは情けない声がこぼれ、浴場を出た先に広がるピカピカの廊下に響くのでした。