EP.2 ほんとに出た
月明かりに照らされる寂れた館の中庭で、ゴーストを呼び出す”儀式”を行ったルイとリック。
今現在、少年2人が見つめるのは、目の前に見える薄っすらと透けた青白い体です。
ルイは自身の見ているものが、とても信じられませんでした。
ぼんやりと光る透けた体。
間違いなく”ゴースト”です。
「ゴースト大辞典にのってた……『人型』だあ……」
ルイは思わず、そんなことを呟きます。
"ゴースト大辞典"とは、ルイの兄の部屋に並んだゴーストの種族について書かれている分厚い図鑑のことでした。
兄が良く熱心にその本を読んでいたのです。
それによれば目の前のゴーストは、『人型』に間違いありません。
人間の男のような姿をしています。
「リッ……リリ、リック……」
ルイは、震える声で隣の少年の服を掴みました。
無理もありません。
目の前のゴーストは、ただの男の姿ではなく。
とても不気味な見た目をしていたのです。
頭からズタボロの黒いマントを被っており、顔はよく見えず、体のあちこちに包帯が巻かれています。
その隙間から見えるのは、焼けたような淡い赤色の肌です。
おまけに、背中には真っ赤な翼が見えました。
「……ロウソク投げ込んだヤツ……だ〜〜れだ?」
赤い羽のゴーストはそう言って少年2人の方を指さします。
フードの下から覗く口元がニタリと笑い、鋭いギザギザの歯が見えました。
『ぼく、このまま食べられるんだ』
ルイの頭には、すぐさまそんなことが浮かびます。
何故なら兄が良く言っていたのです。
歯がギザギザに尖っているゴーストは危険だと。
人間を食べるのだと。
とくに、子供の血と肉が大好きだと。
地面の草を踏みしめ、こちらへと近付いてくる赤い羽のゴースト。
ルイの体は恐怖で動きません。
「おいっ!……こっちに来んな……!」
そこでリックが叫びました。
いつの間にか、火のついたルイのマッチを握っています。
しかし、ゴーストは足を止めません。
リックはすぐさま、火のついたマッチをゴーストへと投げつけました。
火はそのまま、ゴーストの体をすり抜けて地面へと落ちます。
「人間の血の匂いがすっから来てみればぁ、ラッキ〜だったなあ!」
ゴーストはしっかりとした人間の言葉でそう喋りました。
「ルイ!走れっ!」
リックの声に、2人は中庭の外へ出ようと走ります。
「マジで出るなんて聞いてないだろ!」
リックがそう叫んだ次の瞬間。
ゴーストの体から伸びてきた包帯に、ルイの足は絡め取られました。
ぐるぐると巻きつく透けた包帯に掴まれて、ルイの体が宙へと浮きます。
「うあっ、うわああああっ!」
ルイの叫び声にリックが止まりました。
「何だよコレ!はなせっ!!」
リックはキッチンナイフで包帯を切りつけますが、それは又もやすり抜けます。
「はあっ!?」
そう叫んだ所で、リックの体も宙へと浮きました。
伸びた包帯に両足を絡め取られたのです。
「ッシャア!覚悟しな人間のガキども!今日が最高の夜になるなァ!!」
ゴーストはそんな不穏な言葉を放ちながら、井戸の方へと歩き始めました。
ルイとリックは宙に浮いたまま、包帯と繋がるゴーストの方へ引き寄せられます。
リックが包帯をほどこうと暴れますが、効果はありません。
ルイの方も、すっかり包帯に覆われて身動きがとれませんでした。
ゴーストは包帯の絡みついた少年たちと共に、井戸を跨ぐようにして立ちます。
そして次の瞬間。
迷うことなく中へと飛び下りました。
少年2人は一緒に井戸の中へと吸い込まれ、館の中庭には何事も無かったかのように風が吹きます。
残念ながら、見ていた者は誰もいません。
そうして真っ暗な井戸の中を落ちる間、少年2人は不気味な笑い声を聞いた気がしました。
『ゴーストワールドへようこそ!』
そんな声です。
これもゴーストの仕業でしょうか。
それからずいぶんと真っ暗な空間が通り過ぎた後。
少年2人の目の前には、果てしなく青い夜空が広がりました。
奇妙な形の星が瞬く、一面の夜空です。
中央には、ひときわ大きな満月が見えます。
2人はその景色に思わず目を奪われました。
とても美しいと思ったのです。
ルイもリックも、こんなにも広い鮮やかな夜空を見たのは初めてでした。
井戸の先にこんな世界が広がっているだなんて。
誰が想像したでしょうか。
続いて物凄い風圧を感じ、2人はぎゅっと目を閉じます。
ルイとリックの体は赤い羽のゴーストと共に、上空の夜空へと放り出されていました。
ゴーストが赤い羽を広げるのが見えます。
その時、ルイの頭にはこんな考えが浮かびました。
(今ならこの包帯から、抜け出せるんじゃないか?)
強い風のお陰でゴーストと繋がった包帯がバタバタと暴れ、今にも千切れそうなのです。
(目の前のゴーストは飛ぶのに夢中でぼくらの方を見ていない)
ルイが必死に目を開ければ、真下には何やら白い大きな宮殿が見えました。
少年はそろりと、ゴーストと自身を繋ぐ包帯へ手を伸ばします。
このまま包帯に絡まっていては何もできません。
ゴーストが地面に降り立ってしまえば、なすすべがないと思ったのです。
抜け出るのなら空中にいる今。
今しかありません。