EP.1 少年
それはほんの出来心だった。
一ミリも信じてなかったんだ。
本当に出てきてしまうだなんて。
砂漠の端に位置する、美しい海の街。
ここに一人の少年がいます。
少年の名は音鳴詩ルイ。14歳
黒い髪に垂れた瞳の少年です。
彼にはとても大きな夢がありました。
『ゴースト特務機関』の一級隊員になることです。
何を隠そう、少年の兄がそうでした。
少年はそんな兄を誇りに思い、自分もその跡を継ぎたいと考えていたのです。
そんなある日。
少年は数人のクラスメイトに、その夢を”本気じゃない”とバカにされました。
「なれるワケねえだろ!お前は兄貴じゃないんだから!」
「ムリムリぜ〜〜ったいムリい!」
彼らは少年の大きな夢が鼻についたのでしょう。
羨ましかったのかもしれません。
学校の帰り道に少年を囲んで、ひどく追い詰めます。
「ゴーストとか、見たこともないんだろ!」
「俺はあるぜ?隣町で、台風みたいなゴーストが暴れた時!」
「めっちゃやばかった!お前なんかが勝てるワケないって」
口々にそう言われて、少年は口をつぐみます。
「ほんとになれると思ってんならさあ……ホンモノに会ってないとムリだね」
少年たちの中でも、特に目つきの鋭い少年が言いました。
「ホラ、砂漠の館の古井戸!今夜あそこで”儀式”してこいよ!」
「儀式!儀式!」
「じゃないとお前は、ぜ〜〜ったいゴースト特務機関には入れねえ!!」
しばらく黙っていた少年は、ブルブルと拳を震わせて顔を上げます。
「今夜だろ?絶対やるよ!やれるに決まってる!!」
少年としては悔しさで思わず口から出た言葉でしたが、もう後には引けません。
こうして少年はその日の夜、町外れにある寂れた無人の館の前に立っていたのです。
あたりに人の気配はなく、空には月が昇っています。
「待ってて、すぐに終わるから……!」
少年は隣の人物へと声をかけました。
そう、少年の隣にはもう一つ人影が見えます。
「早くしろよな……」
白いパジャマに茶色いサンダルの少年です。
いかにも眠たそうなその少年は、いきなり連れ出されたようでした。
少年の名はリック。
黒い髪のルイとは正反対に、薄い金色の短い髪の少年です。
2人は、隣に住む幼馴染同士で、兄弟のようなものでした。
「ホントにやんのかよ?」
リックは半開きの目を擦りながらそう言います。
「だって……ごめん。やるって言っちゃったんだ……」
そうやって少年2人が館を囲む柵を乗り越えれば、その先の中庭に一つの古井戸が見えました。
街の人間は誰も近寄りません。
良くない噂があるからです。
それは、井戸がゴースト特務機関によって『第一級警戒スポット』なるものに指定されているという噂でした。
2人の少年は井戸の前に立ち、恐る恐る中を覗きます。
何もありません。真っ暗です。
月明かりがあるのにも関わらず井戸の底は真っ黒でした。
ルイは恐る恐る、ポケットから何か取り出します。
蝋燭とマッチに小さなキッチンナイフです。
「火を付けて……自分の血と一緒に投げ込む……」
それが儀式の手順なのでしょう。
少年は蝋燭を井戸の淵に置いて、小さなナイフを自分の小指の腹へと当てます。
滲み出てきた赤い血を蝋燭へ垂らし、マッチを擦ると。
古井戸の前に、小さな明かりが一つ灯ります。
「え〜〜と……リック、儀式の言葉ってなんだったっけ?」
「いるんなら現れてみろ、とかじゃね」
リックはそう言って、ルイの持っていた蝋燭をさっさと井戸へ投げ入れます。
一刻も早く、このアホらしい"儀式"とやらを終わらせたかったのでしょう。
眠くてたまらなかったのかもしれません。
蝋燭はそのまま、カコンと音を立てて暗闇に吸い込まれていきます。
ルイは何が起こるのかと、目を見開いて井戸の中を見つめました。
ビョオオオッと大きな風が吹いて。
何も起こりません。
あたりの草木が揺れるだけです。
ルイはほうっと息をついて、胸を撫で下ろします。
怖かったのです。
本当に出てきたらどうしようと思っていました。
「さっさと帰んぞ」
リックの言葉に、ルイはマッチとキッチンナイフをポケットにしまって、中庭を出ようと井戸に背を向けます。
その時です。
後ろがピカッと光りました。
雷でも落ちたのかと思って、2人は振り返ります。
しかし雨も降っていないのに雷が落ちるわけがありません。
不思議に思ったその瞬間。
井戸の中から伸びてきた白く透けた手が、井戸の淵を掴みます。
「……っ」
少年たちの体は動きません。
目の前で起きたことが信じられなかったのです。
井戸の中から出てきた青白く透けた体。
それが、少年2人がはじめて見たゴーストでした。