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9.トラブル

「だーかーらー!大変だったんだぞ!」

「はいはい。アンデッドに追われて内陸まで足を踏み入れたけど全員無事に生還できたのね。」


朝食を終えて一度皆と解散した私は、行きつけの酒場まで来ていた。

流石に客はまだ少ないが、話し相手くらいは目の前にいる。

冴えないオッサンだが、こいつの出す酒は旨いんだ。


「けど、その後閻魔はどうしたのさ、アリシア?アンデッドから抜けたって話だろ?行く宛あんのかね?」

「さぁな。案外、この街にいたりするかもよ?」


私はカウンター席でワインをスワリングしながら答えた。


「冗談よせよ。そんなバケモン来たら街が消し飛んじまう」


最強パーティ『アンデッド』の元副隊長、閻魔。

本当は私達スズランと行動を共にしているが、それに気づく奴はいないだろう。

私もヒイラギと一緒に買い物をしてみたかったが、スズランとして顔が利く私と、閻魔として名が通ったヒイラギが共にいることはできない。

暇なので何時間か時間を潰していると、問題の男がやって来た。


「お前、スズランだろ?」


バーの入口を潜るなり、男は私に話しかけてきた。


「アンデッドから閻魔を奪ったんだって?」


このご時世に底辺パーティに用があるとすればそのくらいのものだ。

裏クエストが破棄されたとはいえ、海岸部での熱はまだ収まってないだろうからな。

私は予め用意していた答えを淡々と述べた。


「デマだ。アンデッドは既に私達をターゲットから外した。懸賞金は無効だぞ」

「そうかよ。それは残念だな」


だが、ならず者らしき男は引かなかった。

私の席の隣に座ると、顔を覗き込んでくる。

フランクと同等か、それ以上のガタイだ。


「ところで、弱小パーティーにしちゃいい体してんな、姉ちゃん。抱かせろよ」


意味不明な要求とともに、男がこちらの肩へと腕を伸ばしてくる。

私はその腕を左手で強く払った。

乱暴な所作。

荒い鼻息。

どう見てもまともな人間じゃない。


「気安く近づくな。菌がうつる」


男は汚く笑うと、突如平手打ちを放ってきた。

私は頭を低くして躱すと、カウンター席から立ち上がった。

すぐに追撃が来ると思ったので、男の顔に回し蹴りを叩き込んだ。

それで倒れると思ったが、奴は止まることすらなかった。

カウンター気味に拳が飛んでくる。

当たったら顔面が骨折しそうなパワーだ。

私は紙一重で避けると、一度距離を取った。


「お前、痛覚が飛んでいるタイプか。相当な量やってるな?匂いからしてアヘンか」

「いい蹴りだなあ。反応もいいし、活きが良いぜ」

「違法薬物は身を滅ぼす。そんな事もわからないのか、ケダモノめ」


薬物で頭がおかしくなっているのか。

それとも頭がおかしいから薬物に手を出したのか。

どっちにしろ、こんな奴の相手はしたくない。


「名前、なんていうんだ?姉ちゃん」

「言うわけないだろ」


冒険者をやっていれば、喧嘩なんて日常茶飯事だ。

だが、今日は勝手が違った。


「表出ろ、ここじゃ迷惑だ」


私は店の外に出るよう提案したが、奴は聞き入れなかった。


「ダメだ。俺はここから動かねえ」

「何?」

「お前、この店壊したくないんだろ?だったら俺はここで暴れてやる。もちろんお前が逃げたらここにいる奴等は全員殺す。俺はお前の嫌がることをしてやる」

「正気か?お前」


周りには一般客もいる。下手には動けない。

しかも少量とは言え直前まで酒を飲んでいたから、微妙に足元がフラつく。

奴はそんな私の気の迷いなどお構いなしに、躊躇なく攻撃を仕掛けてきた。

その凶暴性は、まさしくケダモノだ。


「フランクか!?早く来てくれ!アリシアが喧嘩してる!」


店内で起こった尋常じゃない事態に、マスターは外部へ助けを求め始めた。

なんとか四人席のテーブルや割れたグラスを利用して逃げ回ったが、狭い店内ではいつまでも相手の攻撃を避け続けられるわけがない。

私は堪らず奴に停戦を呼びかけた。


「何なんだ!?お前の目的は金じゃなかったのか!?私を狙ってもご利益はないぞ!」

「さっきまではな!お前がいい女すぎるからぶっ壊したくなった!」


理解不能な理屈を並べ立て、私を破壊しようとする拳足が次々に襲い来る。

私はとうとう頭を掴まれ、動きを止められてしまった。


「離せっ変態!」


奴の手を振りほどこうとしたが、そんな猶予も与えられず、額をカウンターテーブルに叩きつけられた。


「ガッ・・・・・・!」


首の骨が折れるかと思うほどの一撃。

力が抜けた私の体は、床に放り投げられた。

痺れる足を動かしてなんとか立つと、男は赤子を褒めるように煽ってきた。


「女にしちゃ頑丈じゃねえか。でももう一回やったら死にそうだな」

「・・・・・・」


悔しいがこいつの言う通り、今ので頭が割れた。

流れる血が左目の視界を防ぐ。

だが同時に、酔いは完全に覚めた。


「下衆が。調子に乗るなよ。流石にキレた」


私は席の足元に置いていたライフルを手に取った。

スライドを引き、弾を装填する。


「悪いなマスター。血の海にするぞ。修繕費はこのバカに請求してやる」


私はカウンターの端で震えているマスターに殺人を予告した。

男の襲撃から始まった喧嘩は、いつしか殺し合いに発展していた。


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