39.魔物の餌場
時刻は夜明け前。
俺達はラグジャラス山の広場に留まり、アリシアさんの提案した作戦を実行した。
アリシアさんが魔法を使って宝箱の解除を進める中、俺達は彼女を囲むように散開し魔物を迎撃する。
とはいえ、出血すると魔物を興奮させてしまう俺は戦闘を許されなかったため、アリシアさんの側で待機することとなった。
なので実質護衛はフランクさん、ヤリスさん、ミアさんの3人だ。
到着したばかりの時は真っ暗だった空が、段々と明るみを帯びていく中。
アリシアさんが作業を始めてすぐに、事態は動いた。
「マジかよ・・・・・・」
ヤリスさんが呟くと同時、身構える護衛の3人。
俺も周囲から向けられる殺気を感じ取り、杖を固く握りしめた。
広場の向こう、俺達を囲む林の暗闇に赤い目が光る。
1匹や2匹じゃない。
奴らは、それまで不気味なほど静かだった空間を食い破るように姿を見せた。
夜行性の肉食獣たちだ。
「クソ!気づくのが早い!」
「数は?」
「50はいると見ていいだろう」
「掃討は無理か」
ヤリスさんとフランクさんが短く会話を交わす。
今起きているものだけでも50体。
アリシアさんが念動力の魔法を発動させたことで、魔力を察知し狩りに現れたのだ。
「お前ら、気を引き締めろ」
パーティーリーダーの号令とともに全員が戦闘準備を完了させた。
フランクさんは右手で盾を構え、左手で杖を持つ。
ヤリスさんは左手に甲冑を装着し、右手で長剣を引き抜いた。
ミアさんが懐から2本の杖を出すと、両手に構える。
文字通りの完全武装。
これから20分に渡り、魔物50体との激しい籠城戦が幕を開ける。
俺も何か出来ることはないかと思い、ダメ元で匂い消しの魔法を展開した。
杖を向けた対象は自分自身とアリシアさん。
これにより俺達の匂いが奴らの嗅覚に引っかかることはないはず。
「あとは・・・・・・」
戦闘では基本的に使い魔か魔銃。
昨晩、杖を渡された時にそうミアさんに言われたことを思い出す。
俺は匂い消しの魔法に続き、使い魔であるレプタイルを召喚した。
あのトカゲのような恐竜のような風貌をした小型の魔物が数時間ぶりに顔を見せた。
「魔物を、ここに近づけさせるな」
もちろん、今度与えるのは正しい命令。
ただ、こいつは戦闘というより威嚇の方が得意だとアリシアさんに説明を受けたので、それに沿った指示を出した。
誰が合図するでもなく、魔物の群れは一斉に茂みを抜け出し広場に足を踏み入れた。
狼のような魔物、巨大な昆虫のような魔物、アメーバのような魔物。
様々な姿、形の捕食者が俺達を狙ってきたが、意外なことに我先にと飛びかかってくる者はいなかった。
こちらの様子を窺いながら抜き足差し足で徐々に距離を詰めてくる。
数の利を活かして一気に攻めることもできるはずだ。
だが魔物が行うのは、なるべくリスクを殺した狡猾な狩り。
間合いを詰めつつもすぐには襲わず、慎重にこちらの隙を伺う。
「迂闊に動くなよ」
フランクさんが武者震いするヤリスさんに忠告を投げかける。
魔物の群れに囲まれても能面のように表情を変えないフランクさんやミアさんと違い、ヤリスさんは怯えが表に出ている。
それを読み取った魔物がヤリスさんの周りに集まる。
貪欲に距離を詰めてきた魔物がそろそろ攻撃を始めようとした時、フランクさんは地面に足がめり込むほどの強力な踏み込みで威嚇した。
途端に魔物の包囲網はさっと後ろに引く。
ミアさんは両手に持った杖の先端同士を近づけ、スタンガンのように放電魔法をスパークさせた。
その音と光に驚き、そちらも魔物が後退する。
「なぁリーダー。こいつら雌だったりしないかなぁ?」
「お前にハーレムは早すぎるぞヤリス。まだ死ぬんじゃねえ」
「怖えよぉ・・・・・・」
だが2人と違って威嚇する手段を持たないヤリスさんは獣の群れにじりじりと追い詰められていった。
迫りくる魔物達を頭の中で擬人化して気を保っているようだ。
「レプタイル。ヤリスさんを援護しろ!」
俺の使い魔は彼の前に出ると、音波器官を震わせて敵を威嚇した。
それで何とか事態を持ち直すことに成功する。
「ありがとうヒイラギ・・・!」
重要なのは、奴らに「隙ができた」と思わせないこと。
こちらが劣勢なことには変わりないが、使い魔のおかげで時間稼ぎはできる。
だがいつまでも威嚇で乗り切れるわけもない。
膠着状態が続いて痺れを切らせば、突撃をかましてくる個体もいるだろう。
アリシアさんが作戦を始めてから約10分。
気性の荒そうな犬型の魔物がヤリスさんに飛びかかってきたのを皮切りに、俺達の死闘は始まった。
「はぁあっ!」
ヤリスさんの振り下ろす剣は最初の魔物を両断した。
そこまでは良かったのだが、振り下ろしの瞬間を狙っていた別の魔物が隙をついて2匹同時に襲いかかってきた。
ヤリスさんが戦闘を始めたことにより、撒き散らされる殺気と血の匂いに他の魔物達も興奮し一斉に攻撃を開始する。
ついに始まってしまった激しい戦闘。
俺の使い魔であるレプタイルは狼のような魔物にマウントポジションを取られると、早々に喉を食い千切られ殺されてしまった。
「嘘だろ・・・・・・」
アリシアさんの言う通りだった。
俺が戦ったのは本当に弱い魔物だったのか。




