21.三日目
それにより、男達の注意は穴から魔物の群れに向いた。
「キックレフト・・・・・・」
「あれも下手に近づくと食われるぞ」
「冗談でしょう」
半笑いで男が先程と同じような忠告をすると、怖れも昂りも含まない無感動な声で返す若い方の男。
アンデッド、キックレフトの両者が互いに向かい合う。
ここから熾烈な戦いが始まるのかと思った時だった。
突如爆弾でも落ちたのかと思うほどの衝撃が俺達を襲った。
凄まじい爆音と共に地響きが穴の中にまで轟く。
その後に続く魔物達の悲痛な断末魔。
やがて誰の悲鳴も聞こえなくなると、年長者の方の男は笑った。
「やるじゃないか新入り。一撃とは恐れ入ったぜ」
「もう2年目ですよ?いい加減その呼び方やめてください。俺にはライトヒルドって名前があるんですから。」
恐らく魔物を一掃したと思われる男が、ライトヒルドと名乗った。
「そりゃ失敬。ところで、俺の可愛いペットが巻き添えを食らって死んじまったぞ。見ろこの惨劇を。見事なまでのホットドッグじゃねぇか。次はもっと手加減した方がいいな」
「気をつけます」
男たちの足音が遠ざかっていく。
その中にマナドッグという四足歩行の生き物のものは聞き取れなかった。
足音がなくなり、当たりが静まり返って数分が経った頃、アリシアさんがゆっくりと隠れ家の蓋を開けた。
どうやらキックレフトの群れのお陰で俺達のことは忘れてくれたらしく、男達は立ち去ってくれたようだ。
俺達はアリシアさんに続いて地上に出ると、呆然としながら周囲を見渡した。
「お前・・・あんな奴らと戦おうなんて一瞬でも考えてしまった自分の脳ミソをもう少し疑った方がいいぞ・・・・・・。」
ヤリスさんは独り言にも聞こえるような声でアリシアさんに呟いた。
確かアリシアさんは一昨日、アンデッド相手に好戦的な姿勢を見せていたんだっけ。
すぐに反論するかとも思ったが、彼女は険しい顔で眼の前に広がる焼け野原を眺めた。
そこにあったのは、原型をとどめていない肉片が散らばっているのみ。
アンデッドのライトヒルド。
こんなパフォーマンスを見せつけられたことで、とんでもない危険人物として俺達の記憶に刻まれることとなった。
結局その日はヤリスさんを始め皆体力の限界だったため、俺達はアラクニドの巣穴の中で一泊することにした。
晩御飯として口にしたものは、道中で採集し囮として廃棄しなかったもの。
スカベカズラの実やキックレフトの死骸から取れた僅かな鶏肉や川から採った魚などだった。
ロクにご飯を食べられなかった分みんな後先考えずに食料を食い散らかしてしまったのだが、翌日になって後悔することになる。
「ダメだ。どいつもこいつも毒だらけでとても食えたもんじゃないぞ。見ろよこれ。」
逃亡生活3日目の朝。
アリシアさんは袖を捲くって二の腕を見せてきた。
その白い肌には、痛々しい赤紫色の斑点が浮かび上がっている。
俺達はアラクニドの巣穴を出発し、ラグジャラス山に向けての旅を再開していた。
「パッチテストだけでこれだ。食えそうなのはそこらに生えてた雑草と虫しかない」
色んな動植物を拾っては食べられるかどうか試していたが、望む成果は得られないようだ。
追われ続ける恐怖に加えて食糧難、戦闘と消耗が続いていた俺達スズランは、メンバー間の会話も著しく減ってしまっていた。
フランクさんによると目的地はもう近いようだが、この調子で大丈夫なのだろうか。
はじめのうちは活発にしていたアリシアさんもやがて食料の確保が難しいと結論付けると、大人しく歩くようになった。
何時間もただ森の中を歩き続ける時間を過ごした後、俺達は腰を落ち着けると休憩がてらに軽食を摂ることにした。
「飯がほとんどない!女神は私たちに餓死しろとお達しのようだ!」
「昨日取ったキックレフトの肉があるだろ。あれで十分なんじゃないのか?」
「それも君が大分食ったから、もう一食分くらいしか残ってないぞ?次の食い物が見つからないのならこいつの出番だ」
アリシアさんは虫の死骸がパンパンに詰まった白い袋を振る。
「そんな・・・・・・」
「2日分ぶりのご飯だったから仕方ないわね」
その時、俺はアリシアさんと目が合った。
すぐに逸れると思った視線だったが、彼女は何故かまじまじと俺の顔を見つめてきた。
それから胡座の姿勢を崩すと、物音を立てずにこちらへ接近し、無言で左頬をビンタしてきた。
「な・・・何を・・・・・・」
何故叩かれたのか、わけがわからない。
俺と目が合ったのが気に食わなかったのか。
それともこれまで犯してきた失態に怒っているのだろうか。
そもそもやっぱり俺が迷惑かけていることに腹を立てているのだろうか。
「・・・ごめんなさい」
「ギガモスだ。食うか?」
「え?」
アリシアさんは理解できないことを言って俺の頬に手を伸ばすと、何かを剥がしてみせた。
彼女の指先に摘まれていたのは、ゴルフボールほどの大きさはあろうかという巨大な蚊。
一連の行動はこれを仕留めるためのものだったのか。
「あ、いきなり叩いて悪かったな。声を掛けたら逃げられそうな気がしたもので」
アリシアさんはハンカチで俺の頬を拭うと、潰した蚊を食べるかどうか再度尋ねてきた。
満タンまで血を吸っていたのか、拭ったハンカチには俺の血が染み込んでいた。
「いえ、大丈夫です・・・・・・」
いくら食糧難とはいえ、自分の血を吸っていたものを食べる気にはならない。
ましてや蚊など、汚水から発生する虫だ。
どんな菌やウイルスを持っていることか。
「そうか。じゃあもらうぞ」
「えっ」
「フランク。酒借りるぞ!」
アリシアさんはフランクさんの鞄から水筒を取り出すと、蓋を開けた。
中には酒が入っているようだ。
漂ってきた匂いからして、度数はかなり高い。
アリシアさんは酒を垂らして蚊を消毒すると、なんの躊躇もなく自分の口に放り込んだ。
サバイバルとはいえ、さすがにそこまでするとは思わなかった。
「あの・・・美味しいんですか?」
「ん、まあ食えたもんじゃないな。羽も足も口の中に残るし。あ、でも君の血は旨いぞ」
まるでバンパイアのようなことを言うアリシアさん。褒められたのかよくわからない言葉を俺はかけられてしまった。




