16.底なし沼
なんと頼もしい言葉だろうか。
ともかくヤリスさんが魔物を相手に何秒持つかわからない以上、早くアリシアさんをなんとかしなければ。
こちらの戦力が増えれば、きっと皆の生存率も上がるはず。
俺はアリシアさんの救助方法を考えていると、遠くの光る果実が視界に入った。
それにしてもなんであの果実は光っているのだろうか。
まるで、チョウチンアンコウが触覚から放つ光みたいだ。
そう考えた途端、俺の中でおぞましい仮説が浮かび上がる。
あの植物、もしかして果実で獲物をおびき寄せて湖に沈めることが目的なんじゃないだろうか。
だとしたら、この異様に甘い香りにも納得がいく。
そうやって誘われた動物たちは今のアリシアさんみたいに生きたまま湖の底へと引きずり込まれ骸にされるのだ。
誰の目にも見つかることなく、暗く惨めな汚泥の底で永久に。
そう思うと身の毛がよだった。
ふと、アリシアさんの目が俺の姿を捉える。
「よかった!ヒイラギ!君はフリーなんだな!だったらすぐに・・・・・・」
「今助けます!」
俺はとっさにアリシアさんの近くに飛び込んで、自分の愚かさを呪った。
「あ、しまった!」
「バカッ!なんで飛び込んでくるんだ!ツタを使って引っ張り上げるとか、他に方法はあっただろ!」
「す、すみません!」
昔プールで溺れた人を助けたことがある。
思わずあの時と同じ感覚で飛び込んでしまった。
万が一にも奇跡が起きていないかと足を持ち上げようとしたが、案の定俺の足はしっかり湖の底に捕まっていた。
少し湖に潜って確かめてみると、湖の底は黒く粘り気の強い泥で満たされている。
これか俗に言う、底なし沼という奴だ。
俺達が自力で抜け出す方法は多分ない。
どうしていいかわからずヤリスさん達の方を見ると、2人は戦闘中だった。
ミアさんの召喚した鷹が鋭い鉤爪で攻撃を仕掛け、ライオロスの気を引いている間にヤリスさんが足を斬りつける。
いくらか切り傷を与えてはいるようだが、いずれも決定打とはなっていない。
「うーん。」
アリシアさんは手に持っていた竹筒をじっと見つめると、俺の方に差し出してきた。
「どうするヒイラギ。これ君が使うか?」
この竹筒は、万が一顔が水面の下へと沈んでしまった時のための生命線。
おいそれと簡単に受け取っていいものじゃない。
「そんなことしたらアリシアさんが死んでしまいます!」
「私が使ったら君が死ぬぞ」
2人とも自分が死にたくはないし、相手に死んでほしくない。
2人で一緒に助かるには・・・・・・
「パキって折れませんか?こう、手で」
俺は竹筒を二等分することを提案した。
俺がジェスチャーで伝えた通りにアリシアさんは竹筒を折る。
だが、事態は俺達の思惑通りには運ばなかった。
「うーん。」
険しい顔で眉をひくつかせるアリシアさんに、俺は何と言葉をかけていいかわからなかった。
それもそのはず、竹筒はかなり偏りのある大きさに折れてしまったからだ。
長さ20センチほどあった筒が、5センチと15センチに。
なんて不器用なんだろうか。
きっとこの人は割り箸を綺麗に割れないタイプの人なんだろうな。
「使うか?」
そう言って彼女が差し出してきたのは長い方。
これでは先程と状況が同じだ。
むしろ筒の長さが短くなった分、状況は悪化していると言える。
「俺がやります!」
アリシアさんには任せていられないと判断した俺は長い方の筒を受け取ると、両端をしっかり持って力を込めた。
集中して、今度こそ均等に分割する。
「あっ・・・・・・」
綺麗に真っ二つ。
だが筒は折れたのではなく、縦に割れた。
新鮮な空気を運んでくれるはずだった竹筒は、長いかまぼこのような形に変わってしまっていた。
「おい!これじゃ使い物にならないじゃないか!どうやったらこんなに綺麗に割れるんだ!」
「すみません!」
アリシアさんの怒声を受け謝ることしかできない俺。
気づけば水位はもう胸のあたりまで達していた。
体に纏わりついてくる黒い泥は粘り気が強く、本当に抜け出せそうにない。
「この沼を一瞬にして吹き飛ばす魔法とか、なんかそういうのないんですか!?」
「そんなものがあればアンデッド対応に苦労しない!」
この世界には魔法という便利なものがあるが、何でもできるわけではないらしい。
モンスター交戦組の方を見ると、散々ヒットアンドアウェイの戦法で怒り狂ったライオロスがヤリスさんに飛びかかるところだった。
間一髪のところでミアさんの放った衝撃波がヤリスさんを吹き飛ばし、その狂牙から逃した。
2人とも捕まらないように上手く立ち回っているようだが、モンスターにダメージはあまり入っていないようだ。
そしてついに自分をかき乱してくる厄介な敵を判別したのか、魔物は攻撃目標をミアさんに絞った。
「おい化け物!こっちだ!」
ヤリスさんが叫んで気を引こうとするが、ライオロスは見向きもしない。
連続して跳躍し、ミアさんを襲う。
初めの数回は紙一重で躱せていたミアさんだったが、避ける体勢が悪かったのか、やがて足がもつれて転んだ。
「くっ!!」
その隙を逃さず一気に距離を詰めるライオロス。
「ミア!!」
確実に躱せない体勢で襲われた時、アリシアさんはそれまでにない叫びを上げた。
ミアさんが殺される。
そう思ったが、ライオロスは何かにぶつかり突進を防がれた。
「やり過ぎだミア。制限しろとは言ったが、魔法も使わずに逃げられるほど甘い相手じゃないぞ。」
ライオロスの突進を止めたのは、狩りのために別行動を取っていたフランクさんだった。
その右手に掲げる鋼鉄の盾は、魔物の牙や爪を相手に傷一つ付く様子がない。
「リーダー!」
ヤリスさんがヒーローの登場を嬉しそうに叫ぶ。
フランクさんは盾で相手の顔を激しく殴打すると、柔術のような要領でライオロスの体をひっくり返した。
体長が倍以上はあろうかという猛獣が地面に叩きつけられる。
そして盾の表面に設けられていた3つの穴のうちの1つが眩い光を放つと、辺りは轟音と土煙に包まれた。
視界が晴れると、フランクさんの足元では顔を撃ち抜かれて動かなくなったライオロスが倒れていた。
~キャラ紹介~
〇柊レイジ
本作主人公。前世で死んだら『閻魔』というチートキャラに転生した。黒髪に赤目が特徴的な魔族の少年。引っ込み思案で臆病。自意識過剰すぎて五感が鋭い。自由が好き。人生に絶望している。不器用すぎる。
●海岸部ギルド冒険者パーティー1381番『スズラン』
〇アリシア・ワルツ
猟銃を背負った赤髪の少女。好奇心旺盛。破天荒で遠慮のない言動。自由人。イタズラ好き。後先考えず行動するため危なっかしい。好戦的。人間。
〇フランク・バースタイン
鋼鉄の盾で武装する大男。責任感の強い常識人。『スズラン』の隊長。人間。
〇ヤリス・カイザー
長剣で武装する少年。ビビりの常識人。虫が苦手。人間。
〇ミア・クラウゼ
杖を大量に持つ少女。寡黙でマイペース。人間。




