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不審者はかく語りき

 不審者とは。不審な者と書いて不審者と読む。不は下の言葉を否定するため、審という漢字に不審者の真価が込められているわけだが。正しさをはっきり見分ける、という意味のあるこの漢字を否定するわけだから、不審者とは正しいか見分けられない人間、というわけだ。


 ……まぁつまり。何が言いたいかというと。


「また君?」

「……みたい、ですな」


 マスクにサングラス姿の私は、他者から見て正しい人間が見極められなかった、ということだ。

 すっかり顔なじみとなった警官は、マスクの下で苦笑いを浮かべる私をじとっと睨みつけ、ため息を吐いた。


「今月寄せられた不審者情報のうち八割くらいは君が占めてるんじゃないの」

「……平和で、良いことですね」

「そうだね、君が仕事増やさなきゃね」


 警官は行った行った、と手を払った。どうやらもう職質も面倒になったようだ。それは警官としてどうかと思うが、時間をとられないのは私としてもありがたい。私は警官に頭を下げ、交番を出た。


 遠くでセミの声が聞こえる。じわじわ暑くなってきた時季だというのに、私はサングラスにマスク姿で毎日出歩いている。……これも、私の体質が悪いのだが。まあそれは今はどうでもいい。急がねば、またあいつの嫌味を浴びせられることになる。私はこちらを指差す子どものことなど目もくれず、早足で歩き出した。




「遅い」

「……これでも急いだんだがな」

「僕が遅いって言ってるんだから、君は遅れたんだよ」


 ……相変わらず横暴な奴め。カフェに入り待ち合わせていた男の前に座るなり、男はその美貌を微動だにしないままそう言い放った。


 こいつは、美坂(みさか)という。私の腐れ縁で、幼い頃からの付き合いだ。こいつはまぁ美しく、幼い頃から何度も……それは数え切れないほど芸能界からスカウトを受け、その度無碍にしてきた。興味がない、と言っておきながら今芸能プロダクションを立ち上げているのだからまったく意図が読めない男だ。


 美坂は心なしか頬を赤く染めたウェイトレスが持ってきたコーヒーを受け取り、ありがとう、とよそ行きの笑を浮かべた。それだけで店員は顔を一気に真っ赤にしてパタパタと去っていった。


「罪な男だ……」

「何のこと?」


 きっとウェイトレスは今のやりとりを同僚に嬉々として語るのだろう。あのイケメンに微笑まれた、えぇー良いなぁ、と。しかし酷なことに、美坂は一度行った店は二度と行かない主義の男だ。つまり、彼女と美坂の接点は奇跡でも起きないかぎりもう消えてしまった、ということだ。今もこうして美坂が来店するのを心待ちにする女の店員がどこかに何人もいると思うと、彼女たちを憐れみそうになる。……私の前にお冷も何も置かなかったことも、今だけは許してやろう。今だけは、な。


「それで、(うた)

園江(そのえ)先生と呼べ。今の私は立派な文筆家だぞ」

「ちょっと、それ僕のお冷なんだけど」

「お前にはコーヒーがあるんだから別にいいだろ」


 私は美坂がまったく口をつけていないお冷を口にした。お冷はよく冷えていて、夏に近づいてきた日差しのもと歩いてきた私の体を一気に駆け巡る。あぁ、生き返るとはこのことか。ふぅ、とようやく一息つけた私を美坂はじっと見ている。


「なんだ」

「今日もその格好で来たんだ。暑くないの?」

「暑いに決まってるだろ」

「そんなだから不審者って呼ばれるんだよ」

「……仕方ないだろ」


 私だって、好きでこんな格好してるわけじゃないんだから。そう言う前に言葉を切れば、美坂はふぅん、とどうでも良さそうに返した。……お前から振っておいてなんだその態度は。食ってかかっても良いがどうせこいつに噛みついたところで時間の無駄だ。さっさと本題に入ることにする。


「それで?私を呼んだ用事というのは何だ」

「あぁ、それなんだけど。僕が今芸能プロダクションの社長やってるのは知ってるよね」

「まぁな。お前がそんな芸能界に興味があるとは知らなかったが」

「君に問題児たちの面倒見てほしいんだよ」


 ……今、こいつはなんと言った。


「はぁ?」

「君、どうせ暇でしょ?」

「暇ではない。昨日も編集者に次回作の構想はまだかと電話を入れられたところだ」

「そう。じゃあ長谷川さんに僕が話を通しておくよ」

「やめろ!」


 私の担当編集者……長谷川さんは、美坂にたいそう甘い。彼女なら、美坂のお願いであればどんなものでもハイ、と頷いてしまうだろう。それこそ、私の意志など放っておいて。むしろ彼女は私を美坂と自分を繋ぎ留めるものとしか見ていないだろう。打合せの時、私の小説のダメ出しは放っておいてそれより美坂さんは、と聞いた前科のある女だ。……思い出しただけでむかむかしてきた。近々担当を変えてもらおう。


「と、とにかく!私はその問題児とやらの面倒は見ない!」

「良いの?みんな美少年だよ」


 ……美少年。


「そ、そんなもので私が釣られると思ったか!」

「美青年もいるよ?」

「そういう問題ではない!……はぁ、お前には付き合ってられん。私は先に帰るぞ」


 私が席から立ち上がり、美坂の横をすり抜けようとした時。突然後ろから誰かに羽交い締めにされた。


「は?」


 振り向くと、やけにガタイの良い男が私の動きを押さえている。近くの席に座っていた客だ。ずいぶん体格の良いな、と思ってはいたが……まさかと思い、美坂の方を見ると。やつはにっこり微笑んだ。


「やだなぁ、詩。僕は本気だよ」

「おっ、お、お前ーっ!!」


 腐れ縁だけあって、私はこいつをよく知っている。美坂はとても狡猾なやつで、自分の意見をどうしても通したい時は予め手を回しておくのだ。そして、こいつは今金がある。なにせ芸能プロダクションを立ち上げるほどだ。私を無理やり連行できるほどの金など、こいつにとっては端金なのだ。


「あ、マスクとサングラスは触らないであげて。それこの人にとって大事なものらしいから」

「イエッサー、シャチョウ」

「その配慮ができるならもっと私の気持ちを汲め!!」


 カタコトの外人が私をずるずると引っ張っていく。あぁ、もうどうにでもなれ。私は目を閉じて流れに身を委ねることにした。

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