表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ウサギ沼に落ちた男の話

もしも無数のウサギたちが集まっていたら、私は迷わずその中に飛び込むだろう。

それが底なしの、ウサギ沼だとしても。

※本作は、ありま氷炎様主催の「第八回春節企画」参加作品です。

 ハムスターでも飼おうかと思って、ふらっと立ち寄ったペットショップ。

 そこが始まりだった。


 入口付近のケージには、三匹の仔ウサギがいた。


 ウサギかあ。

 そういえば、祖母ちゃん家で飼ってたな。

 白くてデカくて、鋭い歯をしてた。


 ケージの中の仔ウサギたちは、黒と茶色と灰色だった。

 掌に乗るくらいの大きさだ。


「可愛いでしょ? あんまり大きくならないですよ」


 寄って来た店員は、悪魔の一言を口にした。


「ちょっと、抱いてみますか?」


 結局、抱いた黒い仔ウサギと、ウサギ飼育セット一式を買って自宅に戻った。

 妻は呆れながらも、ウサギ用ケージのために部屋を片付けた。


 祖母の家で飼っていた頃のウサギには、その辺に生えていた野草と、いくつかの野菜クズを与えていたが、最近は違うようだ。

 餌は専用の固形飼料と牧草。水はいつでも飲めるようにしておくこと。


 ケージにそっとウサギを入れる。

 鼻をピクピクしながら、コロコロと糞をする。


「名前は?」


 妻に訊かれた。

 考えてなかった。


 ウサとか、ウーちゃんとか、ありきたりだよな。

 ケージの探索に飽きたのか、黒い仔ウサギは手足を丸めていた。


「クロスケ」

「クロスケ?」

「うん。黒いから。オスだし」


 我ながら安易だと思ったが、ケージの中の黒ウサギに呼びかけてみた。


「おいクロスケ。お前はクロスケ。ウチの息子」


 クロスケは耳をピクっと動かした。



 それからの生活は、ウサギ中心となる。

 ペットホテルにクロスケを預けるのは可哀そうだと、夫婦二人で泊まるような旅行は行けなくなった。

 ネットでウサギ飼育の情報を調べたり、近くの獣医さんに電話をかけて、ウサギを診ることが出来るか聞いたりした。


 基本はケージ飼いだが、妻か私が帰宅してから数時間は、室内で自由に遊ばせた。

 コード類には齧られても平気なように、テーピングした。

 フローリングだとウサギが滑るから、毛の短いマットを敷き詰めた。


 ウサギは単語を三十くらい覚えるそうだ。

 おはようやお休みの挨拶以外にも、「ご飯」「お水」はすぐに覚えた。


 一番早く覚えた単語は「可愛い」だ。

 夫婦二人で何度も何度も「可愛い」と言い続けたからだろう。

 店員が言った通り、成体になっても一キロ未満のクロスケは、世界一可愛いウサギだと思った。


 獣医さんにはお世話になった。

 爪切りを始め、少しでも食欲が落ちるとすぐに病院へ連れて行った。

 日本の獣医学部では、そもそもペットとしての小動物に関して、講義をしていないという。

 そこで獣医仲間と数人で、アメリカで刊行されていたウサギの疾病に関する本を、読み進めたのだという。


 人間は生体として長寿である。

 ペット(コンパニオン・アニマル)たちの寿命は、比較すれば短い。

 だから必ず、お別れの日は来る。

 自然の摂理は理解していた。


 それでも十年以上、四季折々を一緒に過ごした。

 クロスケが八歳を越えた頃から、一緒の布団で寝るようになった。

 クロスケを見送る時、私は泣いた。

 親の葬式でも、泣かなかったのに。


 月には、動物たちの天国があるという。

 飼い主であった人間が今生に別れを告げる時、かつてのペットが月から迎えに来てくれるそうだ。


 きっとクロスケも背中に小さな羽をつけ、迎えに来てくれるんだろうな。

 絶対、迎えに来てくれよ。

 ウサギ天使となったクロスケに、私はこう言うのだ。


「クロスケ、可愛いいいい!!」

補足です。

2017年に、ウサギの生態に関する専門書が出ましたので、最近の獣医さんは、ウサギの診察出来る方が多くなりました。

また、獣医学部でも、愛玩動物に関する講義など、組むようになってきたと思います。動物看護士が間もなく、国家資格になるそうですし。


高取個人の体験を基に書かせていただきましたが、創作です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 溢れんばかりのウサギ愛が、素敵です! 可愛いいいい!
[良い点] なんとも悲しい話なのに最後の「クロスケ、可愛いいいい!!」で緩和して、物悲しさを残しつつユーモアも忘れない高取様らしいお話しでした(*´ω`*) 自分こういうの好きです(●´ω`●)
[良い点] 「第八回春節企画」から拝読させていただきました。 ウサギ愛エピソードゼロでしょうか。 それだけ愛情を注いだのであれば、絶対に迎えに来てくれますね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ