失恋と缶コーヒーから始まる恋
「これ……飲みなよ」
そんな言葉と共に先輩から差し出されたのは、自販機で売ってあるごく普通の缶コーヒーだった。
おそらく先輩が飲もうと思って買っていただろうそれを俺はそれを受け取り、開ける。プシュっという音が響いた。
俺と先輩がいるのは、高校の屋上。
昼間はここで弁当を食べる生徒がいたりするが、放課後の今は俺たち二人の他には誰もいず、とても静かだ。
空は夕暮れ色に染まっていた。
「君、一年生でしょ。どうしたの、何か嫌なことでもあった?」
「別に何でも」
先輩――花山穂乃果さんは、この学校で最も憧れを抱かれている存在だ。
女だてらにサッカー部のエースで、かなりの美人。今まで一度も言葉を交わしたことはなかったが遠目に見つめたことなら何度もあった。
「話してみな。私、聞いてあげるから」
「……今は一人にさせてください」
ここなら一人になれると思ったのに、後から先輩が屋上に来るからこんなことになっているのだ。
俺は必死で先輩を追い払おうとするが、まるで彼女は屈しない。それどころか俺の隣にどんと座り込むと、どこから取り出したのかもう一本新しい缶コーヒーを開けた。
「これ、先輩のじゃなかったんですか」
「ああ、そっちも私用。私いつも二本買うのよね」
そんなことを言いながら缶コーヒーを傾ける先輩は、「ほら飲みなって」と言って俺に促す。
俺もコーヒーを飲んだ。苦い。
まるで今の俺の心の中みたいだ。
俺は今日、ずっと好きだった子に告った。
同級生で手芸部の可愛い女の子。けど、あっさり振られた。「男の子として見られない」のだそうだ。
コーヒーの苦さでそれを思い出してしまった俺は、なぜか先輩にこのことを話した。
なぜかはわからない。だが、心のどこかで誰かに聞いてほしいと思っていたのだろう。
缶コーヒーを飲み干すと同時に俺の話を聞き終えた先輩は、「へーえ」と言ってから、なんでもないことのように笑った。
「実はさ、私もさっき、振られちゃったんだ」
「えっ、先輩が」
「うん。ずっと想ってた人がいたんだけど、その人、別の女の子が好きみたい」
しかし先輩は失恋話をしている人の顔とは思えない、明るい表情をしていた。
「でももう吹っ切れた。だって叶わない夢を追い続けても意味ないでしょ? 人生にはこの缶コーヒーみたいに苦いこともある。なんちゃってね。だから、さ」
――似た者同士、付き合ってみない?
悪戯っぽく笑った先輩は、まるで小悪魔のようで。
とても、可愛かった。