第九話 屋敷に入るまで
やっと更新できました。本当に申し訳ありません。
「うーん.......確かここら辺に、あったあった。」
没落貴族であることを印象づける為によく使うボロボロのドレスを取り出し、ハイルの葉に魔法で火を付け、出た煙をそのドレスに当てる。
このハイルの葉は何かと便利で、燃やす温度によって良い匂いにも、物凄い悪臭にもなる。今回は、頑張って匂いを消そうとしたけど消しきれ無かった感を出すためにちょっとだけ強火で燃やす。
大体良い感じで匂いが染みつくまで待ってから着替えて、サンデリヌの乗合馬車の所まで歩く。貴族は馬車を持っていることが当然なのだが、秘密保持のため持たないことにしている。外から見ればお金が無いからと思わせることも出来るから都合が良い。
「ドレイン領までお願い。これ銀貨5枚」
ドレイン領の所まで行く御者のところまで言ってお金を出す。確か乗合馬車は4人揃ったら出発するシステムだったはず。
「嬢ちゃん、ドレイン領までなら4枚で行けるぜ。」
「あら、そう。でも5枚払わないと私がご主人様に怒られるからとっておいてちょうだい。」
「ええ.......まあじゃあありがたく貰っとくぜ。それより嬢ちゃん、あんた運が良いな。丁度あと一人だからすぐに出発だ。」
「本当?ありがたいわね。」
勿論、自分の領地なんだから4枚ということぐらい知っている。けれども銀貨1枚ぐらいなんとも思っていないことや、ご主人様と言うことで金持ちの商人の使用人とか、そんな人だと思わせることが出来る。そう思わせておいた方が変なトラブルに巻き込まれる可能性が少なくなる。
馬車に乗り込むと、予想通り既に三人乗っていた。頭には帽子をかぶって目元まで隠しており、大きな外套を羽織って体全体をすっぽり覆った人。それと腰に短剣全体的に軽めの格好をしている女性と、背中に大剣所々に防具があって腕とか足には包帯が巻かれている男性。この二人は互いに談笑しているから冒険者のパーティーだと思う。二人は並んで座っているから、私は必然的に外套の人の隣に座ることになる。
「それじゃあ出発するぜ。」
御者台からさっきの人の声がすると共に馬車が動き出す。
「ねえねえ、貴方聞いた?第一王子様が婚約者と別れたそうよ。しかもその婚約者って言うのがここの領主様らしいわ。」
女の人の方がこちらに話しかけてくる。乗合馬車というのは、女性が乗っていると基本的に世間話が繰り出される。男性だけだと全員喋らず気まずい雰囲気になるものだが、女性がいると乗っている時間は退屈にならない。だから遠距離の乗合馬車とかだと、わざわざ御者が女性をお金で雇って話して貰うこともある。その方が人気が出るから結局利益となり、やっている所は多い。
「あー、ごめんね。イデアはどんな人でも勝手に話出すんだ。僕はオキュルス、こっちがイデアで二人で冒険者をやってるんだ。良ければ話を聞いてくれない?聞き流すだけで良いから。イデアはこの話をしたくてしかたないらしくて、僕は朝からもう8回も聞いたよ。」
「そんなに喋ってないでしょ‼本当のところを言うとね、貴方の佇まいが貴族みたいだったから、何処かの貴族の使用人だと思ってね、そうなると何か知っていること無いかなぁと思って。とは言っても情報が命ってことは分かっているから言い値で買い取らせて貰うわよ。」
(ほう.......こんな人達もいるのか。結構実力が上の人達なのかな?)
冒険者は人間に害をなす獣、通称魔物の討伐を引き受ける職業のことだ。薬草の採集だとか、未開拓地の探索だとか色々とあるがやはり魔物の討伐が多い。
で、冒険者は基本的に言っちゃ悪いが馬鹿ばっかだ。魔物の弱点とか、薬草の種類に対する知識量。撤退の判断や武器、ポーション等の値切り交渉に関しては、素晴らしい。だが、世界の情勢については疎い。彼らにとって必要のない物だから仕方ないと言えば仕方ないが。
だが、この二人はお金を払ってまで聞きたいと言って来た。私の佇まいが貴族みたいだと見抜いたのも、情報を手に入れようとするのもこんな冒険者もいるのかと新鮮な気分になる。
実力が上の冒険者と言うのは戦争に利用される可能性が高いので、私はこの二人が名の知れた冒険者なのでは無いかと思ってる。冒険者というのは本名では無く、二つ名で出回ることが多いので分からないが。
「そうですね、では.......」
私はある条件の代わりに、彼らに情報を与えた。
「では、またいつか会う機会があれば。」
「ええ、またね。」
「ありがとう御座いました。」
私は乗合馬車から降りる。あの二人はここより先へいくらしいので、ここでお別れである。あまり私の利益とならないと思ったので、大した情報は上げていない。
左ポケットに収益表、右ポケットに招待状、袖の下に護身用の短剣があるのを確認して、屋敷へ向かう。傘下の貴族の家へ向かうときに招待状などいらないのだが、こんな格好なので貴族と思われる訳がない。勿論スクルビアの人間だと証明することも出来るが、無駄なトラブルは避けたいため招待状を持って行くことが多い。
「はい、これ招待状。」
屋敷の前まで来て、招待状を門番に渡す。この屋敷は多分私の屋敷よりでかい。理由は縁を切ったあと私が自分で屋敷の一部を壊したからなのだが。
「はっ、確認をとって参ります。」
門番の一人が門の中へ引っ込む。あの招待状は私しか貰っていないので、当主はすぐに誰が来たのか分かってくれるはずだ。
(まずは当主に会って、それからあのゴミに会って.......)
そんなことを考えていたら周りが騒がしいことに気付く。門の前の道に人が誰も居なくなり、その代わりに二つの馬車がゆっくりこちらに近づいてくる。
「形からして貴族用の馬車ね。何処の家かしら.......」
それぞれの馬車に描かれてある家紋を見て、私は思わず空を仰いでしまった。本当はレイラに任せていた案件だが、こんな形で直面するとは思っても見なかった。
「.......さて、どうしたものかしら。」
新たに浮上してきた問題がどう転ぶか、考えることが一気に増えてきた私は門番の返信を待たずにこっそりと屋敷へ入った。
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「先生、『悲しき姫』は生存欲でしたよね。」
「ええ、そうですよ。」
「知識欲とか、独占欲とかではありませんよね。」
「ええ。」
「.......そうですか、分かりました。ありがとう御座いました。では、戻りますので先生もお気を付けて。」
「はい、さようなら。」
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「あれ.......ここは?」
気付けば真っ白い天井を見上げていた。全てが訳が分からなくて、頭が思考を放棄している
「私は.......あっ、うう」
記憶が一気にフラッシュバックする。
血塗られた道と血で真っ赤に染め上げられたドレス。沢山の部下の裏切りと犠牲。あちこちから火の手があがり赤子の泣き叫ぶ声と、怒号。最後の最期で自分の胸をえぐった剣の感触。
「死んだんだった。」
胸をえぐられた感触は生々しく残っており、あれで生きているなどとは到底考えにくい。思い出すだけで体から痛みが思い出されるし、先程から身震いが止まらない
もう、何も考えたくなくて目を瞑っていると、人の気配がする。そっと目を開けると私と容姿が似ている女性が3椅子に座っていた。
「お目覚めですか?王女様。」
茶目っ気たっぷりに一番左の女性が言う。
「こらー、あの人はまだフラッシュバックの段階でしょ。そっとしておきなさいよ。」
真ん中の人が言う。
「どうぞ、気持ちの整理がついたらこちらに。」
そういって空いている椅子を勧めてきたのは一番右の人だった。
「あの.......皆様は一体誰です.......。」
誰ですかと聞こうとした時点で気付いた。彼女らは他ならぬ「私」である。私は彼女たちであるし、彼女たちも私だ。
「そうそう、合ってる合ってる。やっぱり物わかりが良いなぁ。流石、王女様。とりあえずこっちきて全部話してあげるから。」
断る理由が無かった私は、吸い込まれるようにそちらに向かった。
読んでいただきありがとう御座いました。
新規登場人物
・イデア
・オキュルス
・???(王女?)
・???
・???
・???