プロローグ
迷宮
それは、人を喰らって成長する、この世界の資源である。
英雄譚、冒険譚、成り上がりの物語と話題に事欠かない場所ではあるが、迷宮に絡む最も有名な話は歴史書に記されている。
ヴィスタヴィラ共和国の前身、レーゼン迷宮国。その第八代国王≪狂王≫メラルクラム。彼が犯した、れーぜん迷宮国首都における蛮行。
当時は群雄割拠の世であり、人の命が安かった。法も今以上に緩く、敗戦国の流民、戦火を逃れた難民等で奴隷市場は賑わい、格安で奴隷達が叩き売られていた。
そんな中、迷宮を多く抱えるレーゼン迷宮国は戦力となり得る冒険者の数も多く、比較的平穏だった。
その平穏が、後に≪狂王≫と呼ばれる事になるほどの蛮行を、メラルクラムに犯させた。
大量の奴隷を、迷宮への生け贄として捧げたのだ。
千の贄を捧げる事で、三層しか無い出来たての迷宮が、翌日には五層にまで増えた。
更に千の贄を捧げる事で、翌日には六層まで増えた。
更に千。
だが、翌日は六層のままだった。
更に千。
翌日には、七層が増えた。
捧げた分増える階層に、メラルクラムは狂喜したと言われている。
時代さえ違ったのならば賢王として名を馳せただろうと言われる彼は、与えただけ育つ迷宮の魅力に狂った、
難民を救う為に確固たる資源を求めた筈の彼は、迷宮という魅力を前に、その難民所か、市民までをも犠牲にし始めた。
苦悩と共に送り出した筈の千名。それがいつしか五千に変わり、万へと至り。
関わる者の誰もが、いつしかその犠牲を当然だと受け入れるようになっていた。
彼の王が≪狂王≫と呼ばれる化け物へと変じていたように、名すら残らない多くもまた狂っていたのだ。
迷宮を我が子と呼び、奴隷を、難民を、民を捧げ続ける王。
その暴挙を止めたのは、皮肉にも難民を大量に輩出する元凶足る敵国だった。
そして、その敵国に最後まで抵抗したのは、生け贄に捧げられる事の無かった市民であり、冒険者であった。
迷宮という富に魅入られた者と、戦闘という暴力に魅入られた者。
狂い果てた時代の中で、レーゼン迷宮国は≪狂王≫を討ち取られ、だが迷宮だけは守り抜いた。
当時、総人口の半数を贄に捧げていたと言われながらも、守り抜いたのだ。
迷宮の魅力に取り憑かれていたのは、王だけで無く、その恩恵に与れていた者全て。
狂い果てた時代。冒険者達は『政冒関わらず』の精神すら捨てて戦争を主導し、迷宮を守り、都合の良い人物を祭り上げて新たな国を興した。
それがヴィスタヴィラ共和国。
祭り上げられた王は、凡人ではあるが、まともだった。
迷宮に干渉する事を拒み、首都を迷宮からは遠く離れた地へと移した。
善意では無く、過去を打ち消す為に、共和国と立ち上げた。
だが、冒険者の多くは、その恩恵に与れる者の殆どは、迷宮の近くに残った。
そして出来たのが、迷宮都市テザルム。
今なお人を喰らい成長する迷宮の為に存在する、冒険者達の都市である。