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自由奔放なキメラ達  作者: 日和見兎
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交渉?

 今までほとんど口を挟まなかった子供が恐る恐る話しかけた。鰐は少々驚いた。話を聞くか迷ったが、このまま出ていっても結局森から出られないため、状況は改善しないだろう。他にすることもないため、仕方なく彼は胡坐を掻いて座った。黄金色の瞳を子供に向ける。猫の方にばかり視線を向けていたが、子供の方も改めて観察した。

 赤髪はボサボサで、ご飯をあまり食べていないのか腕や足は細い。青い瞳はまるで深海のようで、死んでいるようにも見えた。小汚い子供、第一印象はそんなところだった。


「天使っていうと、天国にいる天使か?」

「・・・そうなの?」

「いや、そうなのって聞いてるのはこっちなんだが・・・」

『貴方の知っている天使について教えなさい』

「突然命令形だな。あとお前は黙ってろ怒りが湧いてくる」


 やはり声を聞くと腹が立つようで鰐は猫を睨む。睨まれた猫は顔を背けた。子供の方は一瞬俯いた後に、覚悟を決めたのか少しずつ会話に参加するようになった。


「私は・・・えと、天使を探している」

「は?何?」

『女子の頼みぐらい引き受けようとは思わないのですか?』

「お前を殺してから仕切り直してもいいんだぞ?というか女の子か。すまん、気付かなかった」


 子どもの姿は艶のない長髪以外特徴が無いため性別が分かりづらい。多少余裕が出てきたのか猫は鰐男を煽る。猫に対する殺意が沸々と燃え上がりそうになるが、自分が痛い思いをするだけなので言うだけに止めておく。獅子の姿だけでも怖いのに、更に火で炙られるのは勘弁してほしかった。


「天使を、探してる」

『そうきましたか・・・』


 子どものお願いを聞いた瞬間猫は痛い体に鞭を打って立ち上がると、子供のぼろい服を引っ張る。しかし、重傷の体には限界だったのか、すぐに地べたに這いつくばった。子供は急いで猫を抱き上げると自分の膝に乗せた。鰐男は今なら猫を殺せるのではと思ったが、子どもの悲しそうな顔を見て諦めた。


『どうすればいいか分からず現状手詰まりなのは分かりますが外は危険ですよ?まだその判断は早計かと』

「ここにいても死ぬ。私でも分かる」


子どもは本気なのかそれとも諦めたのか分からない笑顔を猫に向ける。それが感情に任せたものではなく本人がしっかりと考えて出した答えだと分かった猫は溜息を吐いて答えた。


『鰐男、もし、一緒に天使を探すのを手伝ってくれるのであれば、森の出口を教えます』

「俺の報酬はそれだけか?」

『ええ、残念ながら私達には他に何もありませんから』

「随分と素直になったな。まあ、それは見れば分かる」


 鰐男は一度死ぬことで痛みから解放されているため、今の体に負傷している箇所は無い。だが、それに釣り合う価値が猫の提案にあるかというと正直微妙である。だが、この城にあるものは骨董品か破損して使えないものばかりで猫たちに差し出せる物は無い。物が無ければ価値があるのは情報しかなかった。


「確かに俺は情報が欲しい。だけどな、俺を殺した奴と取引すると思うか?」

『それは・・・そうでしょうね』


 鰐男は少し怒気を交えて話す。猫はやはり都合が良すぎたかと諦めの顔になっていく。森を抜けるだけなら、何度死ぬかは分からないが鰐にも出来る。どういうわけか死なない体を手に入れている彼なら時間は掛かり遠回りにはなるだろうが出来る。子供も話を聞いていて猫と同じ考えになったのか、顔が俯く。


『でしたら、貴方が私達に望むものは何ですか?もう一度戦いますか?私は協力した方が良いと思ったので言ったのです』

「なんでお前はそんな偉そうなんだ?」

『この性格は生まれつきです』

「口も悪くて態度も大きい猫とか聞いたことないぞ」

『私は精霊です。それで、貴方の望みは何ですか?』


 念のために聞いておく。鰐男にとっては旨味が少ないため、無茶な要求だろうと、ある程度は飲み込むしかないと思っていた。鰐男は正直に答える必要などないが、この時は何故か彼は嘘を言わなかった。


「俺がしたいのは・・・分からん。何も目的が無いからな。正直なんでこの死なない体を俺が持っているのか。もっと必要としている人はいるだろうに・・・はは、鰐の見た目になるのは嫌か」

『森を出たくはないのですか?』

「どうだろうな。死にたくはないけど、生きたくもない」


 今の所、鰐男は不死身だ。その肉体を使って、もっと酒池肉林なことをしたいのかと思っていたのに、本人はずっと無気力で無欲なことに猫は少々面食らう。目の前にいる鰐は自傷気味に笑い、気分が沈んでいるのか俯いており、その姿は圧倒的上の立場にいる者とは思えない。


「俺には、ずっと幸せになってほしい人がいた。だけど、結局俺は何もしなかった。いや、むしろ不幸にした。俺は、殺されてもしかたない奴なんだ。なのに・・・なのに」

『事情は分かりませんが、ひとまず貴方には森を出てまで生きる目的は無いのですね?』


 鰐男から段々と負の気配が漂い、このままでは不味いと思った猫は話を逸らした。彼をそのままにしておくと何をされるか分からない。そういった危うさが鰐男にはあった。なので、猫は簡潔に話をまとめる。


『・・・であれば、そうですね。私達に協力してくれませんか?』

「お前、いや、とりあえず話を聞こう。天使を探すんだろ?理由とか諸々の説明を頼むぞ」


 猫は、ちらりと子供を見る。子供の表情は暗く、鰐男を時々見ては目を逸らすということを繰り返していた。その間も手は猫の背を撫でている。猫は勝手に話を進めても大丈夫なのか迷ったが、二人だけの生活も限界にきていたため、どうしてもここで鰐男を協力者にしておく必要があった。幸いなことに、今の鰐男にとって一番大事なのは、体を元に戻す方法を探すことでも、森を出て自分の現在地を知ることでもない。目的を見つけることの出来る環境のようである。猫にとってこれほど好都合な存在が現れたのは奇跡だった。子供に希望が必要なように鰐にも希望が必要だった。


『私達はここで人を待っていました。しかし、その人はいつまで経っても現れません。食料も無いのでどんどん彼女が弱っていくだけでした。しかし、そんな時に貴方が現れました』

「・・・外は虎とか一杯いるぞ?お前ならあいつらも狩れただろ。なんでこんな所でじっとしてたんだ?」

『私が出ようとすると、彼女も付いてこようとするので出来ませんでした。それに、泳いで疲れた後に戦闘などしたくありません』

「なるほどな。それで、待ち人っていうのがさっきから言っている天使か?」

『はい』

「・・・そうか、で、その天使はどんな見た目をしてる?」

『背中に白い鳥の羽、金色の髪、白い服を着ています』

「天使の頭に付いている輪とかは?」

『ありません』


 鰐男は少し猫の答え方に違和感を覚えたが、今それは話の本筋ではないため、後回しにする。聞いているだけだと姿は完全に天使である。それが迎えに来てくれない理由は分からないが、何か事情があるのだろう。なんとなくそう察した鰐男は、多少悩んだ末に猫に質問する。


「ちなみに、このまま待っていたらその天使さんが来る可能性は?」

『無いとは言えませんが、信じて待つにはまず食料と衛生面をどうにかしなくては』

「なるほど・・・食料は最悪どうにかなるかもしれんが、身体を洗ったりするものか。この城には無いのか?」

『無いから言っているのです』

「そりゃそうか」

『なので、森の近くの町か村に行って買い込む必要があります』

「で、ここに戻ってくるのか?」

『はい』

「・・・君もそうしたいのか?」


 子供は猫と鰐男の話を黙って聞いていた。彼女は弱いが馬鹿ではないため、状況は段々と良くなっているのに気づいていた。そんな時、突然鰐男が質問をしてきた。子供はどう答えるべきなのか迷ったが、せっかくなので自分の意見を言うことにした。


「私は、外に出たい。それに、天使は多分待っても来ない」

『そう思うのはなぜですか?』

「だって、私に言ったから・・・時が来たら迎えに来るって」

『私は彼女から貴方を守るようにと仰せつかったのですが、貴方も指示を受けていたのですね』

「うん、だから多分、ここにいても状況は変わらないと思う」

『・・・そうですか』


 時が来たらというのがいつなのか具体的な説明がないため分からない。軽く考えるには状況が悪いため天使の迎えは期待しないほうが良さそうだった。段々と意見が纏まりそうだったので鰐男は一つ、聞いてみることにした。今の自分に必要なものは何か、それは目的である。彼は自分を満たすために彼女たちを利用出来ないかと考え始めた。


「なあ、君は幸せになりたいか?」

「・・・何でそんな質問するの?」

「俺はさ、目的が欲しいんだ。君が望むなら俺は手を貸したい。だから、君の目的を教えてくれ」


 自分ではなく、他人の欲を満たす。そのために行動することがこんな自分を価値ある存在にしてくれるような気がして、彼は期待してしまった。突然の提案に子供は又もや驚かされたが、鰐男が本気で言っているのが真剣な眼差しから伝わったため、慎重に答えた。


「外を見てみたい。もっと一杯聞いたり触ったりしたい。ここは、狭すぎる」


 鰐男と猫はただじっと聞いていた。子どもの願いを一言一句間違いないように心に刻み込む。話が終わると猫と鰐男は自分たちに出来ることを考え始める。森を出た後のことも考える必要があるため鰐男は猫に一つ大事なことを聞いておく。


「俺みたいな体の奴は他にもいるのか?」

『人間以外であれば蛆虫のごとくいます』

「了解」


 鰐男は猫と打ち合わせを始める。子供はまだ鰐男が怖いからか部屋の隅で猫を抱いて座り込んでいる。大声でなくても話は出来るため問題ないが、一緒に行動するのであれば彼女は鰐男に慣れてもらう必要がある。


「正直俺も死ぬだけならいいが、こんな所で腐るのだけは嫌だからな。お前達に付いていくさ。一応の目標も出来たしな」

『目標?』

「ああ、そこの子供が大人になって、独り立ちしたときに、これまでの人生は幸せだったと言えるようにすることだ」

『これまた突然ですね』

「天使を探すの、手伝ってくれるの?」

「その人を見つけることが君の幸せに繋がるなら手伝おう。一応だけどな」

「・・・分かった。ありがとう」


 子どもは座りながら頭を下げてお礼を述べた。断るという選択など元より無いのだがそれでも、かなり自分たちにとって良い条件に猫は疑問が薄れない。この鰐は本当に偶然ここにたどり着いたのか、本当は天使と関係があるのではないか。すべてが謎だった。


『この方の安全は?』

「流石に一緒に行動している奴が死んだら心が痛むからな。守れるかは分からないけど頑張ってみるさ」


 本当に信用していいものなのかは分からないが、子供は鰐男の発言で少し気力が回復したようなので猫は茶々を入れたくなかった。今はこの意味不明で理解不能な鰐を頼るしかなかった。


『町までは、よろしくお願いします』

「え?やっぱり猫も来るのか?」

「一緒」

「冗談だ。俺一人じゃ荷が重いから頼んだぞ猫」


 怒りも恨みも多少あるが、望みを果たすためには必要な存在だった。仕方のないことだと腹を括る。警戒心が解けたことで、安心したのか急に疲れが押し寄せた。鰐はまだ聞いていないことがあるため、眠くなってきた目を擦りながら猫たちに聞く。


「で、二人の名前は?」

『名前?』

「流石にずっと猫とか君だと不便だろ」

「名前・・・無い」

『私もです』

「え?」


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